2009年10月25日

可愛い教え子たち−サイパンでの日本語教師

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    教え子を連れ、空港でアンケート調査

左からレオナ、マリソル、マリーナ、そしてエレノア。私の可愛い教え子たちである。この四人姉妹のような子たちは本当に仲良かった。

友達同士で問題を抱えた時など、「先生、自由時間ください。宿題は多くても構いません。」などと私の授業の時間を自分たちの相談事に使うこともあった。

四人とも出来の良い子たちだったので、私は随分自分の授業の時間を自由時間にしてあげた。ところで、残りの子供たちはどうしたかって?全然問題無し!残りの半数はあまりやる気の無い子たちだったのだ。

エレノアは学期末になると必ず通人簿を私に見せに来て、自分の夢を語っていた。数年前にサイパンを尋ねた時、彼女がマリアナ病院で働いていると聞き、連絡したことがある。僅か一年の赴任だったが、彼女は私のことを覚えていてくれた。

日本から若い根っこの会が島にやってきた時はエレノアにスピーチをさせた。彼女は良い経験ができたと嬉しがっていたのを今でも覚えている。通常の日本人の先生は日系の学生にスピーチをやらせるケースが慣例だったようだが、私はそうはしなかった。日系の学生の方が日本語が上手だという理由からだったようだが、それでは意味が無いというのが私の考えだった。

観光局からの依頼で日本人旅行者にアンケートを取りに空港へ出かけた。毎回、違う生徒を連れていくのだが、酷い時は私が運転する車の中でタバコを吸う生徒もいた。「おいおい、吸うなと言っても隠れて吸うのだろうが、私の運転する車の中では遠慮してくれよ。」というと笑いながらタバコを消すのであった。

高校生は自我の意識をはっきり持つ年頃である。私は命令調の話し方は好まなかった。あくまでも理屈できちっと説明した。

日本語教師を辞めることになった時もすでに生徒たちは噂でそのことを知っており、皆、心配してくれた。

「先生、何で辞めてしまうの?」の問いに私が「判るだろう?」というと全員、「やっぱり給料が安すぎるんでしょ」と理解を示してくれた。本当に可愛い教え子たちだった。

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posted by ラッキー at 10:17| バンコク 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイパン日本語教師時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

海がもっときれいだったら素敵なサイパン

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    海鼠もうじゃうじゃいるでよ!

日本語教師と観光局の通訳としてサイパンに一年ほど住んだことがある。旅行とロングステイの違いを嫌というほど知った体験になるとは思わなかった。

サイパンは本当に素敵なところだ。特にのんびりした所が格別である。若い人向きではないかも知れないが年配者には適した人もいるだろう。

当時、私はまだ30代だったので一年という期間は長かった。人口5万人程度の国で小豆島より小さい115平方キロmしかない島である。基本的には島の西側にある南北を通るビーチロードがメインロードで、その一本で生活は間に合ってしまうのだ。

年取った年配者がのんびり何もしないで暮すのには適しているが、若い世代には無理であろう。

私はサイパンの海の美しさは「世界一」と折り紙を付けたいほど気に入っているが、残念ながらビーチはそれほどきれいではない。珊瑚礁から外に出るとコバルト・グリーンの美しい海が見られるが、珊瑚礁から内側に入るとなまこは多いし、きれいとは言えない。

ビーチがもっときれいだったら寛げるし、眺めも最高なはずである。少し、残念な気がする。

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    珊瑚礁の沖に出ると美しい海

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posted by ラッキー at 11:58| バンコク ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | サイパン日本語教師時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月09日

世界で一番きれいな色の海

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    世界で一番美しい色の海

サイパン赴任中に何度か船で沖合いに出た。世界で一番日中の温度差が少ないとされるサイパンの陽の光は本当に強い。そして、その光が海面を照らすとき素晴らしい色彩を見せてくれる。

濃い色合いではなく、本当にエメラルド色というか実にきれいなブルーとグリーンの淡く混じった色合いを見たとき、「世界一」と感じた。

インドネシアのバリ、ワイキキ、沖縄の海、さらにホアヒンなどいろんなビーチを訪ねたことがあるが、海の色で言えばここサイパンの海の色は格別である。

ただ、残念なのはこの色を見るためには、船で沖合いに出なければならないことだ。サイパン島の方から見る姿だけを見れば他にももっときれいな景色のビーチはたくさんある。

でも、島を訪れる機会がある人は是非、船に乗り沖合いに出て欲しい。そして、この素晴らしい色彩の海の色を楽しんで欲しいと思う。

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posted by ラッキー at 20:18| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サイパン日本語教師時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月07日

のんびりしたチャモロライフの一番の楽しみは?

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    何かとパーティーを開くチャモロ人

二年契約でサイパンのマウント・カーメル高校の日本語教師として赴任した私だったが島の暮らしに慣れるまでには時間は掛からなかった。兎に角、島全体がのんびりしている感じだ。当時はまだ30代だったのでいささか退屈するきらいはあったが、のんびり生活も悪くはなかった。

新築アパートが約束されているはずだったが、島に到着するとその部屋はすでにキャンセルになっており、連れて行かれたアパートは私の想像を絶するほどの酷さで入居を拒否した。

数日のホテル滞在を経て、副局長のベネットが用意してくれたアパートの大家がリック&メリーだった。この二人には随分面倒を見てもらった。マウント・カーメル高校から歩いて5分の距離にカントリーストアとアパートを経営していたのだ。

部屋も快適で何かと言うと大家は私を食事やパーティーに招いてくれた。後で判ることだが、あまり行事の無い島民の一番の楽しみがこのパーティーなのだった。誰かの誕生日、島から出て行く人の送別会、或いは戻ってきた人の歓迎会と理由は何でも良かった。

これではあるほど選挙が一大イベントになる理由が判るというものである。大きなパーティーになると大概豚一頭を丸焼きにするバーベキューになる。屋外で焼いた豚とビールがご馳走である。

のんびり生活の基本形がこの島にはあった。即ち、「食う、寝る、やる」である。なるほど、これでは島民が皆元気に笑いながら暮しているのも頷けた。

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posted by ラッキー at 13:12| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイパン日本語教師時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月20日

フィリピーノの生徒はダンス好き

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    驚かされた生徒のダンス

私が赴任したサイパンのマウントカーメル高校には多くのフィリピーノの生徒もたくさん現地チャモロ人と一緒に授業を受けていたが、はっきり言って厳しい親の割にはやる気の無い生徒が多かった。

少なくとも私が教えていた生徒で比べるとチャモロ人の方が出来が良かった。しかし、それが違うことではフィリピーノの名に恥じない活躍を見せる一面もあった。それがダンスである。

年に一度、「若い根っこの会」なる青年の船がサイパンに寄港し島民と交流する機会がある。日本語の先生をしていたので私に引率の義務がある。生徒には日本語のクラスの成績次第でこの交流会に連れて行くと約束しておいた。やる気の無い出来の悪い生徒は連れて行かないと脅しておいたのだ。もちろん、意地悪ではなく彼らのやる気を引き出す狙いからだ。

まあ、落第坊主も無く結局全員連れて行くことになった。ビーチでの交流会が始まると何時何処で練習していたのか私の生徒たちがダンスを披露した。よく見ると全員フィリピーノの子供たちだった。それが抜群に上手いのだ。はっきり言って彼らにそのようなタレントがあったのかと驚くと共に感動したが、さすがにフィリピーノだと頷くこともできた。

文化的にも彼らのタレントがおおいに発揮されるダンスや音楽である。ラテンの影響なのか熱帯地方の気候的社会性にあるのか、理由は兎も角、この交流会で彼らの特技をとくと見せてもらった。

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posted by ラッキー at 08:33| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サイパン日本語教師時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月19日

かつてのフィアンセは今・・・・

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    かつてのフィアンセ三奈子

思うところがあり、昔付き合っていたフィアンセの三奈子を思い出した。まだ私がツアコンをしていた時代に出会い、その後サイパンでの日本語教師の仕事のため、遠距離恋愛を強いられていた二人だった。

順調とも思われた交際だった(はず)だが三奈子のファザーコンプレックスと執拗な父親の関与から別れることになってしまった。

彼女はあの山一證券に高卒で勤めていたが、別れた後まさか山一が廃業に追い込まれるとは知る由も無かった。

今頃どうしているだろう?何故、彼女を思い出したかと言うと現在の彼女もまた親の関与で悩まされているからだ。

家族の関係とは恋愛において占める比重は思った以上に大きいのかと嘆いてしまう。この辺が非常にアジア的とでもいうのだろうか?アメリカにも10年住んだ経験があるが、もっとドライである。

そして、その方がベターであり、大らかだと感じる。アジア的な所は気候も関係しているのか「べたべた」している。もう少しドライな方が人間関係さっぱりしていてスマートだ。そうでなくても人間関係は複雑であり大変面倒なのだから。

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posted by ラッキー at 12:06| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイパン日本語教師時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月04日

サイパンでプライバシーを守る方法

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    飲み屋に入ってくる生徒もいるサイパン

サイパンに住んだことがある私は実体験を通してサイパンにおけるプライバシーとは何なのか理解したつもりである。一言で言ってしまうとサイパンにはプライバシーが無い。無いというより保てないのである。

ある時、赴任してからまだ数ヶ月という時だ。日本語を教える授業のために午前中はマウント・カーメル高校へ行くのだが、一時間目の授業が終わった休み時間に生徒から奇妙な事を言われた。

「センセイ、昨日は○○で飲んでたんだって!」私に聞くということでは無かった。その声は確証があると言わんばかりの念押しに近い響きを持っていたからである。

私はきょとんとしていたが、言われてみればなるほど思い当たることがあった。前日、大家のリック&マリーに連れられて彼等が所有するフィリピンクラブへ行ったのだ。まだ明るい夕方だったが店に入って驚いた。しばらくすると店の暗さに目が慣れてくると店内にいる顔がよく見えたのだが、客の中に生徒がいたのだ。

勿論、生徒は一人で来ていたのでは無かった。家族同伴で来ていたのだが、その彼の口から友達や家族を通じて私がその店に入ったのが知れ渡ってしまったようだ。つまり、サイパンはそれほど小さな島で小さなコミュニティーなのだ。

だからお互いいろんなことを知っているのである。そこでどうやって互いのプライバシーを守るのかと言えば、「やばいことは互いに知らない振りをする」ということに突き当たる。これは理屈では無い。

例えばあなたが誰かとモーテルに行ったとしよう。そして、それを見た友達はどこかでしゃべることになる。聞いた人はその事実を知っているが、本人の前では何も知らない振りをする。こうすることによってのみサイパンでのプライバシーが守られるのだ。

やばい所でやばい事を話すとどうなるかって?それは問題が起きるに決まっています。だからこそ、互いのやばそうな事には首を突っ込まないという不文律な掟がローカル文化に浸透しているのである。

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posted by ラッキー at 17:29| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイパン日本語教師時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月27日

最後に出たロイヤルストレートフラッシュ

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    懐かしいサイパンでの出来事

サイパンに滞在した一年の途中から、正確に言うと三奈子との縁談に終止符を打った頃からポーカーゲームに没頭してしまった。兎に角、狭い島に暮らすとやることが無くなってくる。多くの島民がそうであるように、飲み屋以外のレクレーションと言えばポーカーくらいしか無いのがサイパンだ。安い給料の中で随分あの憎らしいポーカーマシンには注ぎ込んでしまっていた。

ところが帰国前に一度やりたかった念願が叶う日がやってきた。それまで注ぎこんでいた給料をロイヤルストレートフラッシュで返してもらう日がきたのだ。サイパンを離れる前の一週間でジュニアカレッジでの臨時講師代金と給料とロイヤル・ストレート・フラッシュで現金3000ドルにはなっただろうか。

私が中学の時に始めて海外旅行を考え始め、最初に目標としたグアム島。つまり14歳の頃から思っていたグアム島にはそれまで一度も行っていなかった。それで、お金もできたし、日本へ帰国する前に一度行って来ようとなった。

仕事で知っていたPDIの松村氏の好意でANA系のパシフィック・スター・ホテルを一泊分プレゼントされた。自分で一泊代追加して二泊のグアム島旅行になった。

サイパンを経つ日が来たが、グアム島旅行をしながら帰国するので、寂しさとかは感じなかった。感傷的にならないで済んだ。

グアムの空港からタクシーでホテルに向う。チェックインしてから歩いて買物に出たが、ホテル玄関からメイン通りに出るまでに疲れてしまった。グアム島はサイパンの三倍はあるのだ。車も無くレンタカーも借りずにいったいどうやって島を回ろうか思案に暮れた。

島内観光はツアーに乗ってしまった。一番、手っ取り早い方法だし、便利だ。時間も限られているのでこの方法は正解だった。恋人岬など島の有名なところはツアーで回ることができた。

そして、ホテルに戻るとベル・ボーイの気の効いた男に会った。シフトを聞いてみたら翌日、オフなので彼の車で案内してくれるとガイド役を買って出てくれた。私は彼に事情を話し、最後の一日なので行きたい所を全部行ってみたいと希望を述べた。気安く私の希望に応じてくれた彼に対し、私はすべて彼の分の代金も支払った。今、言ったように給料と講師代金、それにロイヤルストレートで、現金は十分にあったので、心配は無かった。韓国クラブに行ったのもこの時が始めてであった。

韓国人の女性がアメリカ兵と結婚してグアムに移り、そこで韓国クラブを開いているケースだった。そして、そこで聞いた「サランへ」に完全に魅了されてしまった。その後、ホテル経営時代に兄貴分に連れられ韓国クラブへ行くようになったが、いつもこのグアムのクラブの思い出を忘れなかった。

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posted by ラッキー at 00:22| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サイパン日本語教師時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月26日

日本語教師、辞職願い提出

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    帰国するために荷造り

二年契約のマウントカーメル高校での日本語教師の仕事だったが、破談や将来の生活設計など疑問が湧き、仕事を辞めることにした。

給料は家賃込み(支払いは観光局か学校だったか忘れたが)で手取り月800ドルだったが、学校と観光局という二束の草鞋を履かされ、激務だった。仲良くなった観光局のロンダに聞くと怠けてそくに仕事をしていない現地人ははるかに多くの給料を取っていると言われやる気が無くなった。上手い具合に利用されているだけだと感じた。それでも学校で日本語を教えることには素晴らしさを感じていた。生徒は皆大好きだった。私は子供たちが大好きなのだ。給料と生活設計のことがなければ今でも島で日本語を教えていたかも知れない。

いづれにせよ、辞めると決めたので局長のゲレロ氏にそれを伝えるタイミングを見計らっていた。私は持論で「親方とは喧嘩別れしない」と決めていたので、タイミングが重要だった。

ある日の午後、局長が部屋にいるのを確認するとドアをノックした。それなりの理屈を並びたて、ゲレロ氏が理解できるように話をした。すると、学校は夏休みに入るので問題はないが観光局では通訳が居なくなってしまうので、希望より一ヶ月先送りにしてそれまで手伝って欲しいと言われた。もちろんそれは協力することにした。

小さな島である。学校に行くとすでに生徒たちは私の辞職願いを知っていた。残念がったのは特に日本語初級の一年目の生徒たちである。外国語は必須科目で二年が必要単位だったからだ。

「せんせい、どうして辞めちゃうの?」多くの生徒たちが聞いてきた。「・・・。分かるだろう。」と言うと全員「やっぱりお給料ですか。」と皆、その理由を理解してくれているようだった。本当にいい子供たちだった。

「語学は遊びながら学ぶ」という私のポリシーは楽しいクラスで生徒たちに人気だった。前の日本人の先生は英語も話せず、言葉の要らない書くことばかり教えていたようだった。私は校長からの要請もあり「話せる子供を育てる」ということを念頭に授業をしていた。

二学期、三学期と頑張っている生徒を連れてマニャガハ島やサンセット・ディナー・クルーズ、若い根っこの会の歓迎パーティーと日本人の観光客と接して会話の練習ができるイベントも盛りだくさんだった。引率希望の先生も多すぎて困ったくらいだ。

局長に懇願され一ヶ月先に延ばした帰国だったが残りの日々が過ぎるのは早かった。

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2009年01月05日

涙が出るほど美しいと思った海

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    言葉にならないほどきれいな海

下宿の大家、リック&メリーと一緒に船でテニアン島へ行った。サイパンの隣の島テニアンに物資を運ぶためである。

サイパンのビーチは砂浜も狭くなまこもたくさんいてそれほどきれいだという印象はない。特に白浜が少なく若干寂しいくらいである。ホワイトサンドを求めるなら沖合いのマニャガハ島へ行かなければならない。

しかし、沖合いの珊瑚礁を出てテニアンに向う海はまるで違った。太陽が降り注ぐ光に輝く海の色はこの世のものとは思えないほどきれいだった。

微妙に変化するグラデーションは「七色変化」とも言うほど変化する。言葉にならない感激を覚えた。ハワイのワイキキ、ロスアンゼルスのサンタモニカ、バリ島、タイのホアヒンと素晴らしいビーチはたくさん行ったことがあるが、こと海の色に関して言うと私はサイパンの沖合いの海が世界で一番きれだと思っている。

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posted by ラッキー at 00:39| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サイパン日本語教師時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月10日

観光客アンケート調査と生徒

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    左からレオナ、マリソル、マリーナ&エレナー

観光局長のゲレロ氏は頭が良かった。私をマウント。カーメル高校の日本語教師として雇いながら同時に観光局の通訳、翻訳、その他雑用にこき使った。

給料は教師としてだけしか払われていない訳だから当然オーバーワークである。大体二つ以上の仕事をこなしながら給料は一つ分では話にならない。

まあ、そんな不満は置いておいて、私に与えられた課題の一つだった日本人観光客に対してもアンケート調査の思い出を話してみたい。

いわゆる「お客様、満足度調査」である。これを私の日本語を受けている生徒を使ってやれというのである。当然、車は観光局の車を使わせてもらった。

午後の授業が終わると観光局から生徒を学校に迎えに行くのである。そしてその日の予定の子供たちを乗せ空港に向う。出発前のゲートで搭乗を待つ日本人客に対し観光局が用意したアンケートに答えれてもらうのである。

日本語で自己紹介と挨拶は教えてある。うちの生徒は皆喜んで協力してくれた。政府に利用されているとは知らず、それでも一生懸命話す姿は見ていて嬉しくなった。

その生徒たちの中には車に乗り込むとタバコを吸い出す者がいた。私は彼等に言った。「止めろとは言わない。だが、私の立場もある。吸うなと言ってもどうせ吸うだろうから吸うなとは言わない。だが、私が一緒に所では控えるように。」小さな島のサイパンである。どこで誰が見ているか分からない。先生と一緒に吸っていたのでは私の立場がない。

生徒たちは「OKボス」と言うとタバコの火を消したのである。高校生くらいになると反抗期も迎え、自立心の向上も伴い、命令型で済む話では無いのである。一番肝心だと考えたのは「まず話を聞くこと。頭ごなしに話をしないこと」である。私の生徒たちは私の話をよく聞いてくれた。懐かしい子供たちである。

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    韓国人のミス・ソン

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2008年10月02日

捜査協力−防弾チョッキを着て囮(オトリ)になる    

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    強盗に人気スポット「スーサイドクリフ」

午前の日本語クラスの授業を終え、いつも通り迎えの車で観光局へ午後からの勤務に就いた。自分の席に着くといきなり観光局長に呼び出された。ゲレロ氏の部屋に入るとドアを閉めるよう促された。

「ラッキー、最近島では日本人の観光客を狙った強盗が増えている。サイパンの観光産業にとって深刻な問題だ。そこで警察の捜査に協力することにした。」そう言ってゲレロ氏は刑事を紹介した。

「I want you to be a decoy。」その場では「Decoy」の意味が分からず、思わず「Sure」と言ってしまった。すると刑事はこれを着るようにと言いながら私に防弾チョッキを渡したのである。

ん、何だこれは。防弾チョッキを手にした私にゲレロ氏は言った。「今から君はもう一人、日本人女性とカップルを装い、刑事と一緒にバンザイクリフへ行ってくれ。囮となって犯人の捕獲を手伝って欲しい。」
捜査の協力は結構なことだが、まさか自分が捜査の囮の指名(使命)を受けることになるとは。有無を言わせぬ局長だ。やるしかないだろう。そう覚悟を決め防弾チョッキを着て事務所の外に出た。

私と組む日本人女性はすでに警察の車に乗っていた。囮捜査であるからもちろんパトカーではない。女性を用意された車に乗せバンザイクリフへ向かった。後ろからは刑事の車が後をつけて来た。

サイパン島の北部に位置するバンザイクリフやスーサイドクリフはかつての日本軍サイパン陥落で多くの日本人兵士やシビリアンが自ら命を絶った場所である。午前中は団体を乗せた観光客が多く比較的安全だったが、午後はツアー客が少なくレンタカーなどを借りた個人の客で寂しくなる場所だった。

犯人はそれを強盗のチャンスにしていたらしい。打ち合わせ通り、バンザイクリフに着くと車を停めた。指示されていた通り、二人で車を降り、観光客らしく振舞った。記念撮影の振りをしたり、散策したり、役者でもない二人には結構大変だった。芝居と言ってもこれは捜査なのだ。いつ犯人に襲われるかも知れない。

5分くらい経ったであろうか。刑事から移動の指示が出た。残念ながらバンザイクリフには犯人はいないようだった。車を出し次の捜査点スーサイドクリフへ向かう。運転していても緊張していた。途中で犯人が出てくる可能性があったからである。

目的地スーサイドクリフへ着くと同じように車を降り、観光客の芝居を演じた。しばらくその場にいたが、刑事は諦めたのか「今日は引き上げだ」と言い局へ戻った。局長は笑顔で迎えた。「今日はご苦労さん。」たったそれだけだった。終わったと思ったら緊張感から解放されぐったり疲れが出た。

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    防弾チョッキ

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posted by ラッキー at 11:55| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイパン日本語教師時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月26日

日本語の練習にマニャガハ島へ遠足に行く

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    マニャガハ島へ渡るフェリー

午前は日本語教師、午後からは観光局勤めと二束のわらじを履いた勤務体制のサイパン生活。午前と午後では仕事の内容が異なりそれなりに楽しかった。元々語学が好きなのと人と相対するのが好きなので観光局の翻訳や通訳よりも学校で教師をしている方が楽しかった。

校長から日本語の会話をよく教えて欲しいという依頼もあって教科書は使わなかった。授業は自分で資料を作りそれを基に教えた。教科書の購入義務が無かったので親にも喜ばれた。

最初の学期は単語を中心に教え、基本文型などに応用させた。単語の組み合わせで文型の作り方を教えるとそれを宿題にして出した。授業では日本のように席順など決まっていない。アメリカで高校時代を過ごした私は同じようにした。

愉快なのは大体決まってやる気のない生徒は後ろの方に席を取り、できる優秀な生徒は前の席に座ることである。これは4クラスとも同じだった。外国語は二年間単位を取る必要があり4クラス中、初級と中級と2クラスずつだった。
初めて習う初級の生徒は教えやすかった。すべてゼロからのスタートだったからである。ところが中級の二年目のクラスはそうはいかなかった。すでに1年授業を前の先生から受けているからである。その内容も知らなければ生徒の習得力もマチマチでどこからどのように教えていいか分からないからである。

全クラスを対象に2学期からは実地で日本語の練習ができるようにプログラムを組んだ。生徒には成績が著しく悪い者は遠足に連れて行かないと釘を刺しておいた。やる気を起こさせるためである。

今では日本からの観光客も以前よりかなり少なくなったが、当時はほとんどの観光客は日本kらであった。その多くがサイパン島の目の前にあるマニャガハ島にツアーで出かける。昔、日本軍によって軍艦島と呼ばれていた島だ。

フィールドトリップ、つまり研修、まあただの遠足と思ってもらっても結構だが、に当っては校長のMr.カルボに申し出ると生徒の親の承諾をもらうようアドバイスされた。何か事件、事故があっては大変だからである。そして、私一人でも大変なので学校に来ているボランティアの先生の応援を頼む。先生方も島の生活に退屈している人が多く、すぐに賛同して応援してくれた。

観光局勤務も役に立った。旅行会社が安く特別料金で船を出してくれたからである。PDIの松村氏に改めて御礼を申し上げたい。生徒は当日それぞれ分担して食事を持ってきた。これはアメリカで習ったことだがポットラックと言って銘々同じ物を持ってこないように予め誰が何を持ってくるかサインアップするのである。ある生徒はサラダを担当、ある生徒はホットドックといった調子だ。

冗談に身体はでかいが気が優しいウォレンという男子生徒に「お前はビールを持ってこい」と言うと本当にビールを持ってきた。生徒を引率しながらよく冷えたビールの味は格別だった。

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    遠足の引率を喜ぶ先生たち

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posted by ラッキー at 11:49| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイパン日本語教師時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月23日

ナンパを英語で何と言う? サイパンのナンパスポットを探す日本人

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    観光スポット、マニャガハ島

英語を話す以前にすぐに通じる単語を知っておきたいですね。「ナンパ」はpick up a girl or pick up girlsが良いでしょう。

Where can I pick up girls?と問えばどこで女の子たちをナンパできますか?になります。間違っても「デート」なる言葉は使わないようにしたいですね。

サイパンでの出来事ですが、日本から遊びに来た若い男の子二人。島でレンターカーを借りてクルーズしていたのですが、せっかくの旅も男二人ではつまらなとなったようです。ハファダイスーパーマーケットに乗り付けると車から下り、現地人のチャモロ人に何か尋ねています。
近くにいた私は興味深かったので様子を見ていました。散々話をしているようなのですが、全然通じていない様子なので助け舟を出してあげることにしました。

彼等の質問は島のどのビーチに行けばナンパできるかというものでした。ほとんどの観光客はビーチがきれいなマニャガハ島に行ってしまうのを知らなかったようです。サイパンのビーチは海岸が浅く海鼠(ナマコ)も多く泳ぐにはあまり最適とは言えません。

特別マニャガハ島がナンパスポットという訳ではありませんが、出会いを求めるのであればそこが一番のチャンスでしょう。
もっとも最近では海外へ出る日本人の女の子たちの方が進んでいて現地の男たちと遊び放題の連中も多く見かけましたが。そういうのが評判になって日本人の女の子たちが軽く見られるのは良い気分ではありませんが、それも仕方がない部分がありますね。

年輩の連中は中国からやってきた女工たちが仕事を辞め、そのままサイパンに居残り「夜の商売」に鞍替えする連中も多く、酷いのになると女性同伴で歩いているカップルにまで声をかけます。「デリカシー」なる言葉は中国人には通じません。金のためなら何でもやる連中が多いですから。

ガラパン地区には置屋が多くあり、笑ってしまうのは元女工たちがそのどの置屋にでも出入りしていることです。因みに置屋巡りを二三軒してみてください。あれっ、さっき見かけた子じゃない?などとなる訳です。

酷い所では中国製の偽物バイアグラを本物と偽り、無料提供している置屋もありました。まあ、年配者は他に行って遊ぶところも少なく仕方がありませんが。最近では韓国人がタイの女性を入国させてマッサージ店を始める者もでてきました。確実に世界は小さくなっております。

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    ハファダイ・ショッピング・センター

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2008年09月04日

劇痩サイパンの男と小太りサイパンの女たち

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    何故か痩せて疲れる男たち

暖かい地方の特徴とでも言うのか熱帯地方のセックス文化は比較的寛大である。ローカル言語でもセックス関係の言葉やジョークは多い。

人間社会の最大の余暇の楽しみと言えば何と言ってもセックスに違いない。それは「人類の保存」とか「DNA」とかいろいろ学術的にも評価はあるだろうが、社会学専攻の私としてはやはり「最大の余暇の楽しみ」と言ったほうが分かりやすいと思う。

サイパンでもパーティー人生だったが、何度もパーティーに招待されチャモロ人と接するうちにあることに気がついた。それは女性たちが小太りでいつもニコヤカ元気なのである。そして隣にいる男どもはと観察すると例外を除けば皆げっそり疲れきった表情なのである。

「はは〜ん。これは夕べも奥さんを満足させるため、力を振り絞ったのだな!!」と思いついた。それで、大家のメアリーにそれを言うと「ラーニャ!!!!」とチャモロ言葉で返ってきた。

何でも「ラーニャ」あるいは「ラニャ」で通じてしまうのだから恐ろしい。完全否定ではないからメアリーは私に同意したことになる。ニコニコ嬉しそうな顔で返事をするメアリーの脇には疲れきった表情の旦那リックがいたことは言うまでもない。ラーニャ!!

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    いつもニコニコ、子沢山の大家メアリー

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posted by ラッキー at 12:19| バンコク ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | サイパン日本語教師時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月17日

「就業中にポーカーゲームをしないように」政府のお達しガ局長の机に

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    現金で遊べるポーカーゲーム

サイパンでの余暇の過ごし方、楽しみ方は旅行者は別としてあまり多いとは言えない。地元の人は暇さえあれば、と言ってもいつものんびり暮らしている訳だが、家族、親戚、友達が集まる。

小さい島で長年暮らしている訳だから、全員何らかの姻戚関係になってしまう。選挙のときなどそれは大変である。

母方、父方、双方の関係者が立候補などということは当たり前。両方応援はできても投票は一票だから大変だ。

他にはと言うと現金で遊べるポーカーゲームが一番人気と言っていいだろう。観光局で仕事をしていると1枚の紙が目に留まった。何気なしに文字を追っていくと何とそこには「政府のお達し」が書いてあった。

そこには「勤務時間中のポーカーゲームを止めるように!」と書かれていたのである。日本でも勤務中の株取引やインターネットのチャット利用など個人的使用が問題化しているが、役人はどこでも同じだ。

非効率で時間の無駄遣いに留まらず、時間を個人的に使うという「仕事、勤務」になっていない「時間の泥棒」の実態がそこにはある。必要なのは厳しい「罰則規定」なのは明らかだが、何故か役人は身分の保障という特権を身につけているのも特徴だ。

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posted by ラッキー at 09:14| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイパン日本語教師時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月07日

一日二職、午後からの観光局勤め = 役所は皆のんびり

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正午までマウント・カーメル高校で日本語授業を4クラスを教えるのを終えると、徒歩5分ほどの自宅アパートへ急いで戻り、昼食を摂って迎えを待つ。観光局から誰かが迎えに来るのだ。観光局は現在の位置ではなくサイパン国際空港を出た正面公園のやや左側にあった。アパートから車で20分位だった。

迎えが来るのははだいたい1時過ぎくらいなので観光局事務所につくのは1時半ころである。当時、熊沢という日本からの青年が観光局の通訳として勤めており、彼の日本帰国とともに穴の空く通訳業務を私に肩代わりさせるという局長ゲレロ氏の採用方針だった。つまり日本語教師として雇った私に観光局での業務もやらせるという彼等にとって「一粒で二度おいしい」、一人二役だったのだ。

通訳の仕事は、日本からの到着便、JALやノースウェストの時間に合わせて空港へ行き、主に入国管理で担当官の必要に応じ日本語で通訳をするのだ。税関での通訳はほとんど無かった。入管の担当者とも随分仲良くなったが、観光局の同僚よりもはるかに楽しかった。

当然、それだけで終わる訳がない。デスクへ戻ると局長ゲレロ氏からの書類の山が乗せられていて、そのほとんどが赤字で「ASAP」と書かれていた。「ASAP」とは「As Soon As Possible」の頭文字をとったものだ。要するに「至急」という意味である。冗談じゃない、何故こんなに「至急」があるのだ、ふざけるな!

そのほとんどが観光局に舞い込む日本からの手紙などで、ゲレロ氏はそれを英語に翻訳してもらねば読めなかった。この「翻訳」だけでも立派な仕事になると思った。なるほど、私が「即採用」になるわけだ。日本語教師だけ求めていたわけではなかったのだ。やはり「英語力」がものを言ったのだった。伊達にウェスタン・ワシントン大学を卒業していない。

そう言えばユニツアーズの渡辺社長からも同じようなコメントをいただいたことがあったのを思い出した。英字レポート文を読むと「米国大学出」かどうかすぐに分かると評価してくださったのだ。

そして、その忙しい作業の合間を縫って高校の授業用に日本語のテキスト作りをしなくてはならない。事務所で夢中で仕事をしているのは自分くらいで、あとの残りのスタッフはのんびり構えていた。やはり、ここも「お役所仕事」、そとにいては分からないだろうが非情にのんびりしたもので「効率」とは無縁の世界であった。

午後、5時には局の誰かにアパートまで送ってもらった。誰でも良かったが局長の左腕だったフェリックだけは嫌いだった。最初に連れていかれた汚いアパートは彼の所有だったのだ。そんなこととは知らず入居を拒否したためか、彼の方も私を気に入れないようだった。

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posted by ラッキー at 09:13| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイパン日本語教師時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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