2015年07月14日

自殺は家内の奨めでは?

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   田舎の儀式である契は意味なんてあるのだろうか?

私の家内は奇妙な性格をしていて、時折、表現が100%真逆になる時がある。実に難しい性格なのだ。

最初の頃はこれほど酷くはなかったのだ。私は徐々に家内が謙虚にコミュニケーションの修練を積むと思っていたが間違いだった。人間が意志疎通を図ろうとする時、一番大事なことは「自身が自分の気持ちを正直に正確に表現できるか」に懸っている。これは訓練されていないと意外難しいもので、私は18歳の時、ショーラインカレッジでこの訓練を受け、指導者の訓練も受けている。

しかし、家内の方は英語も日本語も下手で語学のセンスが非常に低く、基本的にいうならず人間的幅が非常に狭い人間である。それが悪いとか非難しているのではない。誤解するタイプの人間はここですでに間違いを犯す。私の家内はその好例ともいえよう。

謙虚に現実を掴み理解することによって前に進むことができるはずである。しかし、ここで責められていないのに、見誤ることで理解できずに閉鎖的になってしまう。完全なコミュニケーション・ブレイク・ダウンである。

はっきり言ってこんな女とは付き合えないというのが結論である。なるほど、そういう意味ではこの一年を除き、ほとんどコミュニケーションが取れていなかったのが頷ける。つまり、昨日、今日のことではないというのが見えてくるだろう。

「イエス」が「ノー」で「ノー」が「イエス」であっても、その全てが完璧に反対を意図するなら構わないが、時と場合によって「イエス」と「ノー」の意味が入れ替わるとなると、これはもう理解不可能である。

ちょっと考えてみて欲しい。「今晩、どうだい?」と誘っても「ノー」と言われたら、どう受け取ればよいのか?これは「イエス」を意味するのか或は「ノー」を意味するのだろうか。男と女のこと、話さなくても分かるだろうという人もいるかも知れない。

話は別にセックスに限らない。「○○食べる?」食べ物でも同じである。

困るのは、こちらが返答しているにも関わらず、家内の態度が真逆なことである。こうなると、もう何が何だかまったく解らない状態となり、「言葉」は最早言葉の意味を為さなくなる。その上、この「イエス・ノー」クエスチョンに対し、返ってくる答えが「あなたはどう?」なんてなるともう画面真っ暗状態になってしまう。

たった今もそうだ。「あなた、今晩の夕食はどうするの?」と聞かれたので、「もう、済ませたから(今晩は食べなくて)いいよ」と返答しているのに、自分と娘の食べる分を用意しながら、「食べるなら(一緒に)食べたらどう」と言うのだ。

彼女は過去に前歴が何度もあるが、正反対を意味することが度々あった。

「あなた、絶対に自殺だけは考えないで頂戴」と何度も言われたが、今、考えてみると彼女の真意は全く正反対の処にあるのかも知れない。

俺に自殺されると自分は天国に行けないと信じている(らしい)家内の言動を素直に採ると(あなたに自殺されると)私は天国に行けなくなるので、そおしないで頂戴、とこうなる。

しかし、真逆に考えると、「もう離婚に調印したのだから、どうなっても良いよ。(逝くなら)勝手にしたら」とも聞こえなくもない。否、むしろそのように言われている気がしてならない。

7年前から金欠は分かっていたことなのだ。つまり、その間に十二分に対処する時間があったはずなのである。今、現実に問題となってしまったのは義父の急死によるものが多大な影響を及ぼしているのである。と、なると、過去の事を悔やんでみても恨んでも始まらないではないか。

どうやら、家内の恨み節は私のこの7年間の暮らしにあったようであるが、それは卑怯な理論だと理解できないのである。

元々、多くのタイ女性が持つ欠陥であるが、それは他人(旦那やボーイフレンド)の資金は自分の物だという感覚でいることだろう。これは私の元家内だけの話ではない。まあ、男女の話は縺れてくると想像も付かない終局を迎えることもあるので、慎重にことを進めなくてはならない。




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2015年07月12日

悪女房ではないはずだが・・・

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    二人とも新しい出会いを探してパタヤに戻るような雰囲気に

まあ、物事が悪い方へ動き出すと、全てが坂を転げ落ちていくような場合もある。確かに人生、そんな人もいるのだろう。どうも、私の女房殿が「運の無い女」のようである。もっとも、私に言わせれば、考え方次第、女房殿は「無い物欲しがり」であり、「在る物を評価できない」人間なのだと思う。

「私が正しい」「私は間違いを犯さない」と大層な自信家である。私が「人生は生涯勉強だ」と言うと「私は全て習ってしまったわ」と返ってくるくらいである。

他人の宗教観をどうのこうの言わないのが私の主義なので、家内が仏教を信じ(もっともタイの仏教とはいったい何なのか私には分かりかねるが)宗教儀式に夢中になっても非難はしない。だが、全て、分かってしまったような口を利かれると可愛いという感じは全くしない。

決して悪い女房だとは思わないが、まあ、せっかくきっかけを造ってくれたのだから、また自由人に戻り、人生最後のチャレンジに挑むのも悪くはないか。カミさんもパタヤを目指し、私もパタヤを目指すのだ。二人とも新しいロマンを求め。(笑い)






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2015年07月05日

ローンを組むライフスタイル

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    タクシン時代に猛烈に奨められたゴム園起業

ゴムの木が成熟して樹液を確保できるようになるまで、約7年の歳月がかかると言われる。家内の実家でも、タクシン時代の国家的プロジェクトに乗っかり、銀行借り入れをしてゴム園の経営に乗り出した。その樹液採取が始まろうという矢先に担当するはずだった次兄がバイク自爆自己で死亡。

元々、このゴム園を経営するアイデアは次兄に仕事をさせることと、義母の老後資金の確保であった。公務員を定年退職した義父は年金が入ってきていたが、それも一昨年、薬物患者に襲われ銃殺されてしまった。しかし、殺された場所はゴム園だったのである。何かに呪われているような家族と結婚してしまったようだ。

それにしても、田舎の家族構成を見ていると、家族の中で一人か二人が必ず政府役所に勤めており、残りが農作業をやったりやらなかったり、というような暮らしぶりである。

商売は誰が何をやっても大儲けするようなことは稀有で、まずそんなことはない。赤字にならなければマシな方で、基本的にはやっていけないのが常識である。

そんな中、安易にローンを組むのは銀行がそういう貸出をするようになったからだろう。当然、担保を入れなきゃ貸出はしないので、だいたい皆銀行に取られるようになっている。

聞くところによるとバンコクの中古車市場なんか、売り物が凄いらしいってさ。この先も資金力のあるところは大丈夫だろうが、個人の中小零細な商売はますますドン尻となっていくだろう。



















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2015年07月04日

バーミーを食べながらつくづく思うこと

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   タイ式うどん・きし麺コイティオの味付けは個人にお任せ

都会を別とすれば、タイのローカルにはレストランは要らない。ど田舎の村に住んでみるとそれがよく分かる。先日、近所の知人宅を訪ねた。その彼は奥さんと一緒に二人で村中央の市場に店を出している。

以前、静岡の掛川と名古屋の企業で働いていたこともあり、親日家でもある。彼を訪ねたのは、この村でラーメン屋を出したら(成功する)可能性があるかどうか、相談したかったからだ。

結論を先に言うと「No chance」であった。即答だったからね、早かったよ。(美味い物なら銭を出して食べると信じる私を遮るように)村人は外食しない、の一言で片づけてしまった。

その口調には「新しい物、事はチャレンジしない精神」「昔からの食事を美味いと思い込まされている」「家で食ってりゃ間違いはない」と大凡このような習慣で村人は生きており、それが変わることはないというのである。

タイでバーミーやコイティオを食べている連中を見る度に「なるほど、こいつ等にレストランは要らねえわけだ」とつくずく思う。テーブルの上に出してある「砂糖、唐辛子、お酢、魚醬」この調味料で勝手に好きなように自分で味付けするのである。つまり、店側ではどんなに美味いスープを作っても意味を為さないのだ。その意味においては「逆もまた真なり」、どんなに不味くても分かりっこないということで、誰でも店は出せるのだ。

都会バンコクならいざ知らず、田舎の村ではラーメン屋は無理なようでございます。サッコーン!



















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2015年07月03日

離婚協奏曲

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    誓いの契はちぎられる運命なのか

6年前、家内の実家で執り行った結婚式。先月25日で丁度満6年のアニバーサリーを迎えるはずだった。

ところが、その前に突然、申し出があった家内からの離婚請求。私も驚いたが、いずれにせよこうなるのは運命だったのかも知れない。何しろ実家を取り巻く環境が激変して、家内の精神状態も一杯一杯になってしまったのだ。

田舎で式を挙げるとなると、イサーン(ラオ・スタイル)式の挙式となるが、その中でもこの「契の糸で結ぶ」儀式はメインとも言える。

ファランが手首に真っ白い糸をたくさん結んでいるのを見ることも多々あるが、それを見て「ああ、新婚だな」と分かる人は通である。

それにしても、あれほど頑丈に二人の契を家族、親族、近所の人たちが援護して結んでいる割りには離婚が多いのもどうかと思うね。

今回、私の場合は家内がどんなつもりで離婚を申し入れてきたのか図りかねているので、まだ今のところ何とも言えない。だが、いずれにしても、家内の経営力とビジネスマインド、管理能力などを考えると、あまり期待はできそうにない。

つまり、私の方としても「瀬戸際」に立ったと覚悟する必要がある。「死ぬため」にやってきたど田舎から「脱出する」目的ができて忙しくなった。サッコーン!























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2015年07月02日

すっかり興醒めしたタイ語

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   何を言っても「カー、カー」とカラスが歌うようなタイ語に惚れて・・・

初めてタイの土を踏んだ時にドツボに嵌った私の「タイとの遭遇」であるが、ここに来て、いろんな意味でぐっとその関心度は低くなってしまった。

元来、外国語を習う目的の一つに異性、つまり現地の女性と話ができれば楽しいだろうとコミュニケーションの手段である。そして、それは英語に始まり、チョコチョコと色んな言葉を習うきっかけとなった。

タイ語もその一つだが、こちらの方はビジネスも兼ねていたので、一石二鳥だった。ツアコンの業務の中に訪問国での指定された土産屋での買い物があった。この時、タイの宝石屋で店員が私を客と間違えることが度々あり、その後、ツアコン(ガイド)だと分かると、今度は英語で「キックバックがありますから」などと客前で言われたりしたのである。

欧米人はコミッションビジネスは普通のことで理解を示すが、もろに言われて気持ちの良い人はいない。そこで私はタイ語を習うことにしたのである。タイ人の下手な英語に付き合うより、こちらがタイ語を話した方が客の手前もあり安全であったからだ。

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   こんな美女たちも多くがイサーン出身で、一皮剥けば・・恐ろしい

ユニツアーズと言えば、客層はだいたいお金持ちのユダヤ人が多く、いつも五つ星ホテルに滞在していた。そして、そのホテルでの対応などタイ人女性の語尾に付く「カー」に活かれてしまったのは私だけではない。

それ以来ずっとタイ語は好きだった。だが、この一年、二年、正直言って、この田舎へ越して来てからタイ語が大嫌いになった。もっと公平に言えばイサーン(タイ東北部)の言葉と言う方が正しかろう。

喧嘩のような口調で話をするのだ。カミさんと知り合って7年になるので、このイサーン言葉の感じというのは薄々知ってはいた。しかし、これほどまでに酷いとは越してくるまで分からなかった。

朝から晩まで「怒鳴りまくる」口調で話すのであるから、堪ったものではない。カミさんは別に喧嘩をしている訳ではないと否定する。しかし、私の耳にはどう聞いても喧嘩腰の口調にしか聞こえないのである。完全にタイ語には興味を無くしてしまった私である。























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2015年07月01日

見事な出鱈目タイ家族

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   幾らのんびりした田舎でも手術なら予約もあるだろうにね

先々週の月曜日、長男の車に義母を乗せ、家内も一緒にウドンターニーまで出掛けた。そして、その日は夜遅くまで帰って来なかった。

その二日後、家内が出稼ぎでパタヤに戻る前に「母さんは医者で診てもらったら、首の処に胞嚢が見つかり手術を受けることになったの」と言った。

「私は付き添いで病院で寝泊まりするから頼むわね」と言うので、手術の日程を聞くと今週だという。

家内は先週水曜日のバスでパタヤに向かい、日曜日には戻る予定だった。ところが、土曜日の夜に電話が鳴り、一日遅れるという。そして、月曜日に戻ってきた。

ところが、義母は病院に行く気配も無く、連日、近所の友人が遊びに来ている。考えようによっては、入院する前に一緒に食事をしようという考えでいるのかも知れない。だから、それはそれで良い。何も問題は無い。

しかし、手術なのだから病院だって予定があるだろう。いつ行っても「はい、どうぞ」とはならないはずである。と、いうことは、家内が最初に言ってた今週手術というのがいい加減だったということになる。

もう、何を言われても信用する気持ちはまったく無くなってしまった。素晴らしいタイランド。


















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2015年06月28日

タイってどんなとこ?

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   溶接とペダル交換でB70は滅茶苦茶安かったが・・・・

先日、親友が「使わないから」と言って自転車をくれた。ペダル部分が故障しているという説明は受けていたので、いただいた自転車を修理にもっていった。

チェーンが外れていたのとペダルの片方が無くなっていたので、溶接と新しいペダルを取り付けて修理は終わった。

しかし、まだ二日しか経っていないのに、直してくれたペダルの溶接が外れてしまい、空回りするようになってしまった。そこで、甥と一緒に直してもらった自転車屋に持っていった。すると、丁度上手い具合に二日前に直した兄ちゃんが店にいた。

甥が説明すると、すぐ引き取って再度、修理してくれた。当然のことだが、この阿呆な兄ちゃん、甥のことも私のことも覚えている。まだ二日しか経っていないのだ。私は最初の修理が不出来だと言いたかったが甥も一緒なので経緯を見守ることにした。

まだ12歳の甥は馬鹿正直に「幾らですか?」と聞いてしまった。すると、この二十歳くらいの兄ちゃんは平気で「20バーツ」と答えたのである。

これがタイランドである。安いことにゃ違いないが、修理に限らず、すべてがこの調子。まともなサービス業などありません。何度も足を運び、直っていなくても請求されるし、また支払うのだから馬鹿げているっていえばその通り。でも、これが「なんてったってタイランド」なんざんす。















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2015年06月26日

約束を守らなくなった妻 約束を守らなくなった妻

私が家内と付き合っても大丈夫かなとゴーサインを出した理由は二つである。それは「時間を守る」ことと「借りた金を返す」の二つである。

タイでの常識に従えば、この「時間とお金」、どちらも守られないのが普通である。この二つを守れるくらいなら多少は付き合えるのではないか、そんな思いから付き合うようになったのだ。

だが、結婚して、家内が田舎に越してから、だいぶ様子が変わったといえるだろう。「出稼ぎ」と称して、家を出た家内だが、娘に状況を確認すると、「やはり」というか結構酷い状況が伝わってきた。

「学校から帰ったらバス停まで送って頂戴」と頼まれていた娘が、学校から戻ると、家内はすでに義姉のバイクで出掛けてしまった。それを聞いて私もショックだった。娘からしてみたら、お母さんが出稼ぎで留守にするのだ。寂しい思いもあるだろうし、頼まれていたら、お母さんの期待に応えたいと思うものだろう。

お母さんを送ろうと学校から戻ってみたら、すでに出掛けて姿が見えない・・・こんな寂しいことはないだろう。はっきり言って、こんな出鱈目なワイフでは無かったのだが・・・いつの間にこんなになったのか。

答えは簡単である。やはりこの家である。育児とは無縁の暮らしをしてきた家内は実家に戻り、娘と甥、特に甥の方だが、育児がまったくできていないのだ。

10代の時から色んな家庭でホームステイさせてもらい、家族と家庭を学んできたが、これまでの中でワースト2に入る家庭である。一つはアメリカで最初に受け入れてくれたワード家。この家もまったく100%、私と相性が悪かったが、それに比べるとも劣らないのが家内の実家である。もし、義父が存在していたら、もう少し違ったものになっていたのだろうが・・・・・。







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2015年06月25日

そして妻は出ていった

そして、家内は義姉のバイクで送ってもらい実家を出て行ってしまった。本当に、此処の部分だけは想定外だったなあ。

何があっても家内が家を出て行くとの計算は働かなかったものねえ。

でも、やぱりこの家のことを考えると無理が家内にかかってくるのは仕方がないのかも知れないね。

次兄は亡くなってしまったし、義父の銃殺がそれに追い打ちを掛けた形にはなっているけど。

物事にはすべて「時と場合」があるというのが私の信条なんだけと、少なくともこの家族のそれは全て「裏目」ということが言えると思っている。

それというのは、原因がすべて「他力」に頼っているから、だと思っている。仏教にしろキリスト教にしろ、救いを求める気持ちは理解できるが、完全に「他力に甘んじる」姿勢はやはり救われないのだろう。

ご本人たちはまったくそれに気付いていないようだが、私が間違いでないことが証明される日がいつか来るだろう。サッコーン!






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2015年06月24日

ダブルスタンダードの権化

私の家内は見事なダブルスタンダードな人物である。一から十まですべて、そうなのだから困ったものである。

実は家内は「てんびん座」生まれであり、二重人格ともいえるような性格なのだ。別にこれはタイ人だからということではない。その証拠に私の父も弟も同じてんびん座で似たような傾向はあった。

例えば、一つ例にとると、「イエス・ノー」クエスチョンに対する返答がそうだ。「欲しい」か「要らない」か聞いて、戻ってくる返答が常に曖昧なのである。「スイカ食べる?」「いいぇ、結構です」と返事しながら、寄ってきて食べたりするのである。

「パタヤは大嫌い」、これは家内が最後によく口にしていた言葉である。私はずっとそう思ってきた。しかし、実は家内はパタヤが好きなのだ。

「田舎は住み易く良いところよ」、もこれと同じで家内の言っていたことはどうやら正反対のようだ。家内は主婦業は嫌いであり、上手にできない。長続きもしないし、楽しく子育てができない。いつも文句顔である。

今日から家内はパタヤに出稼ぎに戻る。さぞハッピーに違いない。
posted by ラッキー at 07:50| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月23日

イサーンも異常気象

相変わらず、マウスの調子も悪く、ウィンドウズの動きも遅い。ちょっとマウスが動いただけで記事がどこかへすっ飛んで消えてしまったのは数回ではすまない。

本当に慣れたパソコンとアプリほど無くなって困るものはない。

この記事だって、今此処でアップしてしまわないと何時、妙な動きをされ消去されてしまうか分からない。まったく扱いにくいパソコンである。

慣れるまで、まだしばらくかかるだろうね。

慣れといえば、此処イサーンの天気。去年と比べると若干様子が違う。親友もちょうど、越して一年と同じなので互いに去年と比べても、今年は雨が少ないという結論に達した。

湿気が少なく暮し易いことは確かである。今年はエアコンの購入は
我慢すると誓った私にとっては非常にありがたい低温低湿度な天候である。我慢もあと三か月くらいか?
posted by ラッキー at 12:23| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月20日

誤算が誤算を呼ぶ暮らし

五月を迎え、田舎暮らし一年を祝うアニバーサリーとなるはずだった。ところが、コミュニケーション不可の家内から突如として「離婚」を突き付けられ、苦境に陥ってしまった。

もともと、「田舎暮らし」は最終駅と決めていたので、そこまでは計画通りなのだが、誤算だったのは「家内の家計管理」がまったくできていないことだった。

そこへ会話下手が決定的打撃を与えた。とにかく、家内とは会話にならないのである。昨日、今日始まったことではない。ずっと、そうなのである。もし、私に「我慢、忍耐力」が無ければ、この結婚はとっくに破局を迎えていただろう。

男女の年齢差は「加藤茶」を引き合いに出す間でもないが、若い時はそれほど影響しない。問題は加齢とともに互いの価値観に少しずつズレが生じてくることだろう。相手を思う気持ちなど、恰好は良いが実際にそれほど期待できるものではない。

パティオで一人、コーヒーを飲んでいるとある言葉が頭をよぎった。大好きな映画、スティーブン・キングの「ショーシャンクの空に」である。

劇中に出てくるアンディのセリフに「Get busy dying, or get busy living」というのがある。簡単に訳せば「前向きに生きるか死を待つ暮らしを選ぶか」ということになろう。

突然、思いっきりコーヒーを噎せ出していた。何故なら「前向きに生きながら、同時にベストな最後を迎える準備もしなければならない」と悟り、「こりゃ、こうしてのんびり構えてはいられない。両方こなすには時間が足りない」と急に忙しくなってしまったのだ。サッコーン!
posted by ラッキー at 09:28| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月18日

嫁さんとの歳の差

この夏で還暦を迎える私とすぐ後に誕生日で40歳になる家内とは20歳の年齢差がある。

この年齢差であるが、出会った頃はそれほどの「差」に感じなかったのである。私が50になったばかりで家内が30歳くらいであろう。どちらも、歳の差は「全く」といってよいほど感じないでいた。

しかし、である。少しずつではあるが、その年齢差が微妙な違いとズレを生んでいたのだ。当然ともいえよう。こちらは五十路から60路に向かって突き進んでいくのである。人生も後半戦に突入しているのである。

一方、家内の方はもう一頑張り、二頑張りという年齢であろう。しかし、子供が学校を終えるまでは、頑張らないといけない。そして、自分の人生も謳歌したいはずなのだ。

よっぽどの資産家ならともかく、家族の生活費を工面するだけでも大変なのに、余暇を楽しむ余裕など何処にあるというのだろう。

そうは言っても、何事も計画の無いところに実現はしないことも事実であろう。家内の様子を見ていたら、やはり「一般的タイ人、努力をしているのか、いい加減」なのか分からなくなってきた。それとも、この家族だけに当てはまることなのだろうか?

今になって年齢差が大きな落とし穴となって、圧し掛かってきた。



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posted by ラッキー at 00:24| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月17日

心身共に疲れ果て

壊れたのは私のパソコンだけではありません。

そうです。心身共に疲れ果ててしまいました。

そりゃ、そうですよね。いきなり「あなた、別れて頂戴」ですからね。

何の話もなく、いきなり、ですから。まあ、もともと、話が上手な家内ではありません。正確にいうと、言語感覚は非常にお粗末といえるでしょう。

この田舎へ越してきて、それまでの家内とタイに対するイメージは完全に崩壊してしまいました。ある程度、予測はしていたことですが、これほどまで酷いとは想像もつきませんでした。

しかし、今日はここまでにしておきましょう。愚痴ともいえるような内容をくどくど書くのは自分が嫌になりますからね。もともと、楽天的な私のこと。何とかここから這い上がることでしょう。それはそれで楽しみでしょう。



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posted by ラッキー at 23:29| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月19日

キャベツが150円じゃ安くねえじゃろ

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   田舎の村でキャベツ一個がB40じゃ高いだろう

先日、村中央にある市場へ行った。私は余りこの市場が好きじゃない。何故なら小口で買うので高くつくからである。家内はいつもこの市場を利用しているが、一年も住んでいると市場の値段の付け方がそれなりに分かるのである。

ジャガイモ、玉ねぎなど買い物客はだいたいが小口での買い物である。店側では朝市(この市場とは別の場所にある)で仕入れてきて、ここに並べるだけ。

必要だったので、キャベツを購入することにした。値段を聞いてびっくり。何と40バーツもするのである。すでに自分の感性ではB20、高くてもB30程度と踏んでいたので驚いた次第。現在の為替レート3.7円で掛けると148円と出る。

日本でキャベツが幾らくらいするのか調べてみると一個150円程度と出ていた。何とサコンの田舎村の値段は日本の値段と同じなのであった。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:25| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月18日

ノイを見殺しにした真犯人

去る5月6日に失踪し、二日後の8日20時に遺体となって発見された愛猫ノイ。母猫テオが生んだ二匹の子猫の片方である。残ったクーンは元々、勝気な性格で判断が素早く行動も敏速だった。

ノイの急死を考えれば考えるほど、娘のネーンに憤りを覚える。理由はこうだ。

先ず、私は6日は午前9時に迎えに来た親友とゴルフに出掛けた。帰宅も割と早く3時半には戻っていただろう。母屋には寺から戻っている義母と娘と滞在中の息子がいた。

私は帰宅した後、テオとクーンを見たがノイの姿は見えなかった。仕事から戻った家内は夜になって初めて私と口を利いた。「あなた、ノイを見なかった?」

翌日は私は入管に用事があり、朝から出掛け、戻ったのは午後4時くらいだった。前日同様、娘は訪問中の息子と一緒に母屋でゴロゴロしていた。

そして、この日も姿が見えないノイを家内も私も近所を探しまくった。しかし、呼べど暮らせどノイは姿を見せなかった。

二日後の金曜日、母屋でゴロゴロしていた息子が外に出てきた。そして、急に私の所へ来た何か言った。実は私はこの息子の話す言葉が理解できないのであった。スラングがきつ過ぎるのと口調がとびっきり早口なので聞き取れない。

「ノイ」という言葉は理解できたので、「良かった、見つかったのか」と安堵したら、それがとんでもない間違いだと判明した。

長男ジェイクの家の裏で死体となって発見されたのだ。・・・・。惨い姿で見つかったノイのきれいだった顔は噛み付かれたせいで、その面影はなく、大量の蟻が体中を覆い尽くしていた。

ノイは両手を前に出し、抵抗する姿で見つかったのだ。

何故、私は娘が見殺しにしたといいたいのか。それは、この17年間、別れ離れとなっていた実兄との再会が、彼女を興奮状態にさせており、四六時中、二人きりでべったりしていたからだ。

つまり、精神的高揚状態にあり、普段からあれほど冷静な判断が下せる娘の関心、注意が疎かになっていたからだ。

兄が出てくる前は事があるたび、「テ〜オ、ク〜ン、ノ〜イ」など猫撫で声を出し、大そうらしく可愛がっていたのだ。それが無関心になるほど、兄との関係に執着していたということだ。

私が留守にした日、母屋の裏木戸も開いていた。そして、母屋には義母も娘も息子も甥もいたのだ。

すでに、長男の家の裏からどら猫が侵入してきてノイは二度も襲われているのだ。私が助けたのだが、この日もノイは絶対に助けを求めたはずなのだ。それを家に四人も居て気付かなかったのだ。

耳の遠い義母は仕方ないだろう。12歳の小学生の甥も仕方ないであろう。19歳の兄は訪問者である。これも無理には責められないであろう。

だからこそ、女のネーンにはもう少し注意を払う必要があったのである。彼女が女性らしく周りに対して注意を怠っていなければ、ノイの救出は絶対可能であっただろう。

少なくとも、命まで落とすことは無かったはずである。二度も襲われていたのだから、もっと慎重であるべきだった。留守にして家を開けていたのが悔やまれるノイの死である。合掌。



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2015年05月17日

予測がズバリ、半値以下

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   以前ロータスで買ったのと同じメーカー機種

パタヤ時代から長年使い慣れたドリップ式のコーヒーメーカーが壊れてしまった。先月、パタヤ訪問の時、北パタヤのロータスに立ち寄った時、値段をチェックしようと家電売り場へ行ってみた。

ところが、同じ型のOTTOは無く、高い製品ばかりだった。その後、ビッグCにも行く機会があったので、やはり家電売り場で確認した。すると、料金はB700であった。私の記憶では4、5年前にロータスで買った時はB600程度だったと思う。

金額を確かめると売り場を後にした。少し、考えたかったからである。

まず、買うことは善しとしても、田舎までのバスの旅、荷物になるのが嫌だった。そして、ビッグCとロータスなら県都サコンナコンにもある。同じコーヒーメーカーを売っているチャンスは大きい。と、すれば、値段であるが、パタヤより高い方の確率が低いと読んだ。何故なら、人口と年収を考えてもパタヤよりずっと低い田舎なので、安くなければ売れないはずだと考えたのだ。

そこで、「Take a chance」とパタヤでの購入は中止し、田舎へ戻ってから再度、この二軒を当たってみることにした。

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   フィルターはバンコクのダイソーでB60で買っておいた

先ず、先に向かったのが街中にあるビッグC。丁度、入管に用事があったので、その帰りに行ってみた。

有った。有りましたよ。最後の一つだったのだけど、丁度、在庫整理だったのか、値札にはB299と出てました。超ラッキーでした。係り員が近くに居たので正札で幾らか聞いてみました。すると、それでもB399だというのです。

つまり、パタヤのビッグCでB700の物が、まったく同じでB399、私は在庫処分のB299だったという訳です。つくずく、値段のチェックは疎かにできないと感じました。サッコーン!



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2015年05月16日

引越し一周記念の日

   15 may 16.JPG
   越してきた初日はこんな感じだったのか・・・

今日でサコンナコンにある家内の村に越して丁度丸一年となる。まだ、生きてるぞ!(笑)

この一年をふり返ると二つはっきりしたことがある。その一つは私と家内の結婚が失敗だったことと成功だったことである。

失敗だった点は、家内の頭脳の中に於いては私は家族の一員ではないということだろう。まあ、娘ネーンにしても甥のフェッチにしても自分の子供ではないので、家内の言い分は一理ある。

しかし、米国生活が長かったせいもあり、自分の子でなくとも、自分の子同様に接してきたつもりである。所謂「ステップ・ドーター」という奴である。初婚の旦那と二人の子供をもうけた家内であるが、娘が生まれるとすぐ離婚し娘だけを引き取ったのである。

長男は旦那が連れていったので、それ以来別れ別れだった。つい、最近までは・・・。

まあ、この関係については話が長くなるのと、現在続行中なので、後述する機会も多々あると思うので、ここでこれ以上述べるのは控えることにする。

成功だった点は只一つ。家内の実家に建てた書斎を確保し、最高とは言えないが棲家が確保されたことだろう。

その上、山の中の暮らしはできない私だが、村の中央から1kmの所にあるので、徒歩で自由に歩くことができる点である。もっとも、越してきた最初は行く場所もなくて(それは変わってはいないが)最悪だったが、バスを利用すれば県都サコンまで40分という距離。

元々、多くを望んではいないので、この引っ越しは成功だったと言えよう。

多くのファランがそうであるように、基本的に骨はタイで埋めようと思っているので、取敢えずはここまで生き延びてきた。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:14| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月15日

多過ぎる食器類

   15 may 15.JPG
   家内も荒い物はとっておく習慣なので全員右え習え

我が家の問題点は物が多過ぎることと前に書いた。まったくもって私の観察力が正しかったと証明するようなことがあった。

行動心理学(Behavieal Science)ではないが、この家の住人たちは、全員「片付けることを後回し」にする習慣がある。もっとも片付ける前に「散らかす習慣」を忘れてはならない、が。

私は17歳に渡米し、米国の高校に通ったが、ホームステイした家での食器洗いは子供の担当で、長男、長女、次女と私が交代で毎日洗った。当時アメリカではすでに電気の皿洗い機があって、流しで軽く汚れを落とし、ディッシュ・ウォッシャーに入れるだけ。

洗い物と言えば、大きなフライパン程度で、それほどの労働ではなかった。簡単とはいうものの、家事手伝いは家族全員の務めであった。

それに比べると、この家には17歳の娘と12歳の甥が居るが、子供に家事を手伝わせない。実を言うと「言うことは言うのだが、子供たちが言うことを聞かない」と言った方が正解かも知れない。

たいがい、私がやっておいてやるのだが、今回は余りの酷さにあることを考え実行した。

全員、食べた皿をそのまま残飯も捨てずに、台所の流しの中、流しがすでに一杯だと、そこら中に置いてそのまま。蟻やハエで台所は充満している。

実際にあったことだが、反吐が出そうになったことも数回である。お昼に何か作って食べようかと思っても、台所で流し周辺を見ただけで、「周れ右」、とてもそんな気にならずに戻ってしまった。

今回、流しの中に二つ共、汚れた食器類で満杯だったので、流しで洗うことすらできない。そこで、家内がよくやっていた屋外の大きなタライに食器を全部持っていった。

そして、すぐには洗う気がせず、(水に浸してないので、食べ物が皿にくっ付いてしまっているため)、そのまま水に付けて放置した。

それから、約一週間くらいになるだろうか。何十枚とある食事用の食器はタライに入ったまま、誰も洗わないのだ。

その間の食事に使う分の食器はまだまだ、あるのである。甥が出家して居ないので、少しはきれいな居間になるかと思ったら大間違い。家内と娘だけでも十分に汚くする。

基本的にきれいさを保つ発想は無いので、片付けてもきれいなのは一瞬のこと。すぐさま、汚くなり、その状態がずっと続くのだ。一週間に一度程度、大掃除のような真似ごとをするが、やっても同じ。あまり意味はない。

さて、このタライに食器を入れたまま、放置しておくのは「正解」だったと思う。何故なら、残りの食器はすぐに洗わねばならず、次々と別の食器を使い放題にできなくなったからである。要するに我が家には「物が大過ぎる」という結論が正しいと証明できたのだ。サッコーン!

PS 実はこれを書いたのは先月。夏休み中に家族旅行で全員出掛け、私が一人で留守居をしていたのだが、家族が戻ってきて驚いたようだ。何故なら台所が綺麗になっており、流しの中には一枚の皿も無かったからである。

それ以来、多少片付けるようになった。10日間の滞在をしていた臨時息子にも皿洗いをやらせた。一番ダメなのは残念ながら娘のネーンである。



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posted by ラッキー at 01:09| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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