2015年08月10日

8月生まれは損だった、ガクッ

私は兄が幼稚園に通うのと同時に3年保育で愛恩幼稚園に通った。カトリック系の私立幼稚園で園長の山岸先生は神父さんだった。

数日前、生まれたばかりの金魚に餌を与えていたら、急に幼稚園時代を思い出してしまった。私の記憶の中では実に50年ぶりくらいの記憶になるだろう。

それは、二種類の赤ちゃん金魚がほぼ同じ大きさだったのが、真っ黒い方は餌をどんどん食べて成長しているのに色が混ざった雑種の方は小さいままで餌もよく食べないのだ。

私は金魚に与える餌を砕いて粉にして、小さい雑種の口にも入るようにして、与えていたのだが、それでも余り食べないのだ。そこで、内心「食べなければ、食べないでいい。食べたくなったら、自然と食べるだろう」と思ったとたん、自分の幼少時代が蘇ってきたという訳だ。

私の脳裏にはっきりと女の高橋先生の顔が映っていた。小柄で片方の目が小さい高橋先生は怖かったイメージが残っている。

好き嫌いが多く、食べず嫌いだった私にその高橋先生は無理やり手弁当を残さず食べるように命令したのだ。そして、食べ終わらないと席を立たせてもらえなかったのだ。

はっきりとそのシーンを思い出した。私も強情で絶対に食べたくないと拒否したので、昼食の終わった昼休みを友達と遊ぶことができなかった。

そんな事を思い出していたら、丁度、昨日は私の誕生日で、多くの心の親友たちからバースデーメールをいただいた。そして、それと共に誕生日にまつわることも思い出してしまった。

愛恩幼稚園では、毎月、その月生まれの園児の誕生日を壁に貼り、それぞれの誕生祝いを催していた。だが、私の誕生日は8月なので、生憎夏休み。9月に幼稚園が再開してから祝っても良かろうに、そんなことはしてもらえず、飛ばされていたのである。そんな事もあり、私はずっと誕生祝いをしてもらったことが無かった。

そんな事もあり、高校2年の時、YМCAの英語研修でアメリカに行った時に丁度誕生日をスポケーンで迎えることになり、グループとホストファミリーで祝ってもらったのは初体験となった。

今年は還暦ということもあり、特別に祝うこともできたが、何しろど田舎に越してしまい、家内と娘、甥と四人の小さな、だが幸せな誕生日を迎えることができた。サッコーン!


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posted by ラッキー at 00:24| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 少年時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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