2015年08月06日

先輩の生まれ変わりか?

今日はパタヤの親友デル・ボーイの誕生日である。パーキンソン病と闘いながら、今日で無事69回目の誕生日を家族で祝っている。今朝早くバースデーメールを送っておいた。

そして、英国から息子のケビンが奥さんと子供を連れてデルを訪ねてきた。昨日到着したので、誕生日を一緒に祝おうという計らいなのであろう。実にめでたいことである。

私は父親のデルとも親しいが、息子のケビンとも親しくなった。実はデルも多くの英国人のように離婚しており、娘さんとは相性が悪いらしく疎遠であり、英国に帰省した折も実家のある村に住んでいるにも関わらず娘は父親のデルに会おうともしない。人間関係とは複雑である。

そして、複雑であり奇妙なことと言えば、私には可愛がってくれた大好きな先輩がいた。過去形なのは彼が自ら命を絶ってしまったからだ。元々、彼は兄と同級生で私は高校時代から知っていた。それが不思議な縁で米国留学から戻り、諸般の事情で実家の会社を引き継ぎ、ホテル経営をするようになってから再会した。

べブル景気は破裂していたが、バブルの余韻が残っている時代、つまり失われた10年と呼ばれる頃の話である。父親の商売を継いだ先輩は酒屋を経営しており、兎に角、個性豊かな人であった。ゴルフに行けば、原色のど派手な色のシャツにズボン。

車はスピットファイアー。やること為すこと、本当に派手でどこでも目立つ先輩だった。90年代後半の頃、たまたま飲み屋で先輩と一緒になり、兄の話や商売の話になり、意気投合して、ご一緒する機会を持つようになった。

先輩の友人たちは定時で終わる職業の方が多く、飲み会となっても始まる時間が早かった。先輩は酒屋なので8時過ぎくらいまでは店を閉める訳にはいかず、参加できるのは遅くの時間になってしまう。私と息が合ったのはそんな関係かも知れない。

午後9時過ぎるくらいの時間が二人共、出掛けるのに都合の良い時間だったので、この「二人会」はユニークな飲み会だった。そして、そんな中で彼の誕生日が8月6日だと知った。広島原爆の日であり、9日生まれで長崎原爆記念日の私と不思議な縁を感じたものである。実の弟のように可愛がってくれた先輩だったが、実家をマンションに造り直し、テナント経営にするプロジェクトに失敗して、それを苦に他界されてしまった。

生きていれば、兄と同じ61歳を今日迎えているはずだった。その先輩と同じ日が誕生日のデル・ボーイが先輩の生まれ変わりのような(そういうことは有り得ないのは承知なのだが)不思議な縁を感じてしまう。

ハッピー・バースデー、ご両人。そして、先輩にはご冥福を祈る次第である。











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posted by ラッキー at 16:50| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ホテル経営者時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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