2015年07月24日

家内の情報は半分半分だった

   15 jul 24.JPG
   近所の寺に埋めてもらおうと思ったが考え直すことにする

ど田舎の生活に慣れようと頑張ってきたつもりでいたが、やはり心の底では「慣れきれない」自分を感じ取っていたのだろう。

どこからどこまでも実家のライフスタイルは受け入れがたいものがあり、それが家族とのギャップを大きくしていたようである。それは取りも直さず家内にも負担となっていた訳で、ある意味限界を示していたとも言えるだろう。

即ち、今回の別居イコール離婚というのは、半分は当たっているのである。まあ、だいたい今までもそうであるが、(多分、てんびん座の影響も多々あるのだろうが)家内の話はまともなようで、まともじゃない。本当のようで本当ではない。常にアドバルーンを上げて観測するような会話のスタイルには、私も疲れ果ててしまった。

何を言われているのか、常に半々なので訳が分からなくなるのである。まあ、ほとんど全てである。そんな会話しかできない家内に「前にこう言ったでしょう。ああ言ったでしょう」と言われるのが大嫌いな私であった。

そもそも田舎の物価にしても、都会と比べて安いとは思ってもいなかったし、事実、家賃などの少数を除けば決して田舎の物価の方が安いということは有り得なかった。むしろ所得レベルを考慮すると田舎の方が高いとも言えなくもないのだ。この点でも家内の情報は半分半分なのである。

そういう事を考えていくと、こりゃ、別居してどんどん好きなように生きるしか方法は無いと考えがまとまり始めた。どっちみち、皆で嫌な思いをして窮屈なら私が住む場所を変われば良いだけの話なのだから。サッコーン!


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posted by ラッキー at 01:30| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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