2015年05月06日

留学先まで真っ直ぐ行かず

   15 may 06.JPG
   出会った当時、キャロリンはまだ中学生

昨日は42年前の子供の日が私の留学記念日だと書いた。真っ直ぐシアトルを目指さず前年にディズニーランドで知り合ったコリーンを尋ねてロスに立ち寄ったのだ。

迎えに来てくれる予定ではなく、空港から電話する約束だったが、コリーンは母親と妹と共に空港まで出向いてくれ、待っていてくれた。

事前に手紙でお祖母さんが来るので、私はソファに寝る予定だったが、お祖母さんの方がキャンセルとなり、一室貸してもらえた。

確か二泊くらい泊まらせてもらい、次の訪問地としたサンフランシスコへ飛ぶ。実は当時、航空券の値段は飛行距離で決まっており、その距離内ならどのセクターを飛んでも自由だった。

すでに当時から研究していたので、私はそれを知っていたので、東京−シアトルと飛ばずにその料金で東京−ロス−サンフランシスコと切符を買ったのである。

シスコには同郷の安蔵幸子さんがいた。彼女は高校卒業後、シスコの家庭でメイドとして雇われ私の渡米と同期だった。ロスからシスコの空港に着くと安蔵さんが雇い主のご主人と迎えに来てくれた。

シスコで数日過ごし、別途シスコ−バンクーバーのチケットを買い、日本で知り合い何度もデートしたキャロリンに会いに行くことにした。

実はキャロリンとの出会いは高校の学園祭。高一の時、三年の先輩がキャロリンとキャシーを連れて案内していたのだ。私は先輩の付き合っている人だと思わず、遠慮せずキャロリンに住所を聞いた。

当時、彼女は勝田市に住み、東京の学校(インターナショナル・スクール)に通っていた。

文通をしながら、彼女が家に帰ってくる度にデートを重ねていたのだが、私がYMCAの米国語学研修の旅から戻るとカナダへ越してしまったのだ。

つまり、キャロリンと会うのもそれ以来だったのだ。まだ17歳でろくに英語もできなかったが、度胸はあったのだろう。バンクーバーの空港からキャロリンの家までイエローキャブに乗り、住所を頼りに送ってもらった。

やっとの思いで到着したキャロリンの家だったが、残念ながら留守で誰も居なかった。17歳の坊主が遥か日本から一人でバンクーバーにやって来たのに、留守では仕方が無い。しかし、他に行く当てがある訳じゃない。

待っているより方法が無いので、キャロリンの家先に荷物を置き、芝生の上で待っていると隣家の子供がやってきた。

「何してるの?」とか会話になったに違いない。パターソン一家が戻るまで、その子の家で待つように招待してくれたのだ。本当に人間って素晴らしいよね。

しばし、待っているとやっとキャロリンと家族が戻って来た。嬉しかったねえ。そして、数日、バンクーバーを案内してもらい、そこからグレイハウンドのバスでシアトルへ向かった。

ワード家の両親と娘たちがバスステーションまで迎えに来てくれた。だが、ワード家のママは私がほうぼう友人を訪ねて歩いてからやって来たことを快く思っていなかった。つまり、最初からワード家での悲劇は決定していたのかも知れない。



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posted by ラッキー at 00:33| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | シアトル留学時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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