2015年04月29日

スーパーマン願望

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   最初の英会話講師デ・クラークさんはベルギー人

私が子供の頃と言えば昭和30年代。敗戦後、10年程度で直後の「焼け野原」まで酷くはないが、日本が立ち直り始めていた時代である。

実家が料亭ということもあり、商売のため、自動車もテレビも扇風機もほとんどの新しい物は一般家庭よりも先に囲まれていた。

白黒テレビの時代だったが、「白馬童子」「鷹の羽」、「少年ジェット」や実写版の「鉄人28号」、少し経って「七色仮面」や「ナショナルキッド」などヒーローがたくさんいた。

特に好きだったのが、「マント」系。七色仮面もナショナルキッドもスーツの後からマントが翻り、悪党どもをやっつけるヒーローに釘付けになっていた。

料亭のでかい調理場の脇にあった四畳半にテレビが置いてあり、すぐ横に出前配達用の会津塗の弁当箱の戸棚の傍には小口の注文の弁当を包む風呂敷が箱に押し込められていた。

その風呂敷は煮魚などの汁をたっぷり吸い込んでおり、臭い嫌な匂いではないが、匂いを十分過ぎるほど発散していた。

番組を食い入るほど見ながら、終わると同時にその箱から風呂敷を取り出し、首の周りで縛り、颯爽と遊びに出掛けるのだった。

今、思い返せば、スーパーヒーロー願望はその頃芽生えていたのかも知れない。スーパーヒーローと言えば、もう一つ、大事なエレメントがある。それは「超能力」であろう。

「正義の味方」「悪漢をやっつける」「強い」などは普通の人では成し遂げられない超能力をもっている。私はいつも「超能力」に憧れを抱いていた。

そして、その願望が或る意味、英会話の習得に繋がったのだと思う。すでに高校一年の時には街に居る大概の外人(主にアメリカ人)と英語で話をしていた。
うちが料亭なので、時々、彼等を招待して昼食をご馳走してもらった。多くの人々が英会話などできない時代であるから、私にしてみると、この「英会話」ができるということは、他人から見ると「超能力」と映るだろうと思ったものだ。

今でも年配の人と接すると「○○さんは良いですね。英会話ができるから。」と返ってくることも珍しくない。少年時代の影響がこんな形で現れているのである。



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posted by ラッキー at 00:10| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 少年時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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