2015年02月02日

国防を蔑ろにして国を守れるのか?

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   13.6億もの中国で難民が発生したら日本に押し寄せる

中国の尖閣問題に揺れた2014年。ここで、いろいろな問題を少し整理してみたい。先ず、一番先に頭に置いておきたいことは地理的要因。

意外とこれが忘れられているような気がしてならない。米国の(アメリカから見て)西洋進出、つまり太平洋のことである。そして、長年の中国の夢、太平洋進出に日本は丁度挟まれた格好となる。

日本、米国、中国を並べた時、この日本の置かれる地理的立場を先ずもって頭に抑えておかねばならない。

軍備上、どうしても日本を守りたいなら、いっそ米国の一州に加えてもらうのは一番早い問題解決であろう。しかし、この場合、国としての「日本」は消滅することになる。

どうしても日本の独立国家を守りたいのであれば、自国を他国の侵略から守るだけの自衛権を持つ必要がある。日米同盟がそれに近い形をとっている。日本が自分で国を守ることができないのであれば、米国からの100%の護衛を確約せねばならない。

同盟であれ何であれ「破棄」されてしまえば、それまでであるし、同盟は名ばかりで実際に動かないのであれば「無いもの」同様であるのは議論を必要としない。

「平和ボケ」している日本人が考えねばならないことは、2014年の尖閣問題や中国漁船による珊瑚問題など明らかに中国の蛮行が目に余る状態となってきているのに、それに対する国際的批判が少ないということである。

既成事実を次々と作られ、後で慌てふためいても遅いということにならないか心配しない方がおかしい。

日本が法治国家だというのであれば、有事の際にどんな形で国防を果たすのか前もって定めておかねばならない。それは平和時にやっておくべきことで、有事の状態になってからでは遅いということも指摘しておきたい。何故なら、有事になってからでの法整備には時間も係るし、国民世論も「防衛」という名の戦争に突入しかねない危険性を含んでいると思うからだ。

平和ボケと言えば、国防を推進すると、すぐに「戦争準備」だなどと騒ぐ御仁(特に女性に多いような気がする)もいるが、それは間違いであろう。今、言ったように米国に国防を全て投げ出す覚悟が無いのであれば、自衛の策は必要なことであり、戦争準備とはまったく異なるということである。この国防と戦争準備を混同されると本質の議論ができなくなってしまう。

国に対し、信用ができないという風潮は先の敗戦で培われたものかも知れない。ガダルカナルやミッドウェー、フィリピン沖海戦、マリアナ諸島、硫黄島、阿沖縄などの敗戦時、日本軍がとった時間稼ぎの戦略により数多くの犠牲者を出した。その怨念とも言える反政府、反防衛の思想は結局、軍部の無責任が残した爪痕なのかも知れない。

これを書いている時に日本人人質が殺される事件が起こった。ある評論家などは「軍が動かなければ解決しない」(詳細はネットで見てください。三橋貴明さんのユーチューブを参考)と無念だが、諦めざるを得ないとしていたが、世界とはそういうものであろう。

私が危惧している最大の問題は中国問題二つである。どちらも中国人の気質に関係しているが、自国民を蔑ろにする中国は国民が国を見捨てて国外に移住することを躊躇しないということである。

環境破壊が酷くて中国には住めないと金持ちは皆国外逃亡する。そして、残った虐げられた中国人が難民となって日本に押し寄せて来ないかという点である。この二つとも移住するのを屁とも思っていない国民性からくるものではないだろうか。

いずれにせよ、ずうずうしいチャイニーズに下手をすると「母屋」を乗っ取られかねない。サッコーン!



南西防衛:基地の経済波及効果か戦争の影か…割れる意見


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サコンナコンのお天気
posted by ラッキー at 00:02| バンコク | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本が危ない! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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