2014年05月25日

毎日が夏休み

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夏休み。好い響きではないか。「夏休み」と聞けば吉田拓郎を思い出すのは我々の世代では多いだろう。しかし、この大好きな「夏休み」に私は非常に困惑した感情も同時に抱いていた。

思い返せば、学校時代の特別なイベントを除き一番好きだった時期は何時の年代においても夏休みだった。

ところが、日本における夏休みの期間とあり方に注文があった。それは非常に短いのと宿題やその他の行事が余りに多いと感じられることだった。

大体、夏休みとは7月25日前後から八月一杯、31日までである。ワクワク、ウキウキしながら夏休みに入るのであるが、この一週間がやたらと早い。色んな制約が無くなり、ほっとしたのも束の間、この一週間が過ぎてしまうのだ。

そして、八月に入り、次の一週間も「光陰矢のごとし」、あっという間に二週目に入ってしまう。夏祭りだのお盆や高校野球など、気がつくとすでに8月も終わりが次第に近づいているのだ。

それに気づいてしまうと、せっかくの夏休みは地獄と化してしまうのが常だった。何故ならそれまで「休み」気分でいたので、宿題など全然手づかずだったからである。

終わりが近づいているのに気づいてしまうと、その後の残りの時間は楽しんだ記憶がない。他の兄弟たちは大体、宿題を片付けているので、夏休みを最後まで楽しんでいるようだった。だが、私だけは浮かない顔で最後のイベントである町内の盆踊りなどに出かけたものだ。

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これに反し、アメリカは違った。私は幸い、高校3年の時にアメリカの高校に転校する機会に恵まれた。そこで経験した夏休みは最高に素敵な、本物の夏休みだった。

何しろ6月末で学校が終わり、9月までたっぷり二カ月、夏休みなのだ。それでもって宿題という宿題が無い。何故なら学校は9月からが新学期で6月は学期末となり、全ての教科が終わっているからである。

で、夏休みの過ごし方は個人とその両親(家族)に委ねられることになる。流石は「自由の国・アメリカ」だと感心した。機械が好きな子供はエンジンをいじったり、小遣いを稼ぐアルバイトをしたり、時間の過ごし方はそれぞれ、自由に決められた。

家族旅行で出かけたり、YMCAやボーイスカウトのキャンプに参加したりと所謂「屋外授業」とも言える教育の場は幾らでも用意されていた。

そして、何より素晴らしいのは二カ月も休みがあると、大概の子供たちは学校が恋しくなってくるのだ。つまり、「早く学校に行きたいな」という気持ちで新学期を迎えることができるのだった。

このテーマは早60歳に手の届く年齢になった今でもずっと心に残っているものだった。こうして、猛暑のサコンの実家でパティオに座り、時折吹いてくる涼風に吹かれながら、夏休みを思い出すのであった。


posted by ラッキー at 13:08| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | シアトル留学時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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