2013年07月20日

日本人学校と朝鮮学校

子供が反日むき出し
2013.7.20 03:23 [中国]
 韓国社会の反日感情は日常的にはほとんど後退し日本人が感情を直接ぶつけられることはまずない。そんな中で意外に子供たちが反日をむき出しにする。
 小学生の子供が日本人を見てママに「ナップンサラム(悪い人)!」と言っている場面に出くわしたことが何回かある。日本人居住者が多いマンション街の公園で遊んでいた日本人の子供が、韓国人の子供に石を投げられるということもある。
 マスコミが毎日、日本批判をやっているのでさもありなんだが、大人との違いを考えるとやはり学校教育に問題があるようだ。その意味でソウル日本人学校の経験は興味深い。
 課外学習で近所の韓国の学校と交流行事をやっているのだが、その際、韓国の生徒が「独島(日本の竹島)はわれわれのもの」とプリントされたシャツをこれ見よがしに着てきたり、日本の生徒の前で「独島はわれわれのもの」という歌を歌ったりすることがあるという。先ごろ修学旅行で古都・慶州に出かけた時も、小学生とおぼしき子供が日本人学校の一行に日本語で「竹島は私たちのものです!」と呼びかけたという。
 日本人学校では「だからこそ交流が必要」と言っているが、大丈夫かな。こちらも国際化教育とともに歴史教育をしっかりやってほしいものだ。(黒田勝弘)


私は昭和31年生まれであるが、小学校に通っている頃、学校の敷地内に朝鮮学校も併設されていた。日本人の学舎の隣に小さな小屋があって、そこが朝鮮学校だった。

同じ教室で日本人と机を並べ習っていた朝鮮人たちはいわゆる在日の朝鮮人の子供であった。当時、覚えていることと言えば「どうして皆、同じ名前なんだろう?」ということくらいだろうか。

「朴さん」や「李くん」や「金くん」が二人から三人いたのだから、そう思うのも無理はない。それから彼等の共通項として皆、眉が薄かったのを覚えている。

私が彼等を意識するようになったのは他の日本人生徒と違っていた。登校、下校や集団行動の時、数人の日本人の子供たちが「朝鮮!朝鮮!」とからかっていたが、私にはその訳が分からなかった。

同じ7歳、8歳の子供なのだから、からかっている日本人児童たちが、いろいろ物知りだったとは思えない。社会的背景があり、大人たちからいろいろ聞かされていたのかも知れない。

私が朝鮮人の子供たちを意識したのは他でもない、授業終了後、放課後の草野球だった。放課後と言えば、決まったように毎日、校庭に出て野球で遊ぶのだったが、せっかく仲間に入れて遊んでいるのに30分もすると、午後4時からいなくなってしまうのだ。その理由は校舎の端にある朝鮮学校で勉強するためだったと後でわかった。

私が小学校6年と時、市内の別の敷地に大きな朝鮮学校ができて、朝鮮人の子供たちは全員そちらに転校することが決まった。当時、学級委員をしていた私はそのお別れ会に出席した記憶は未だに残っている。互いに涙を零し、別れた経験はその後の人生に多少なりとも影響したと言えるだろう。

子供たちに正しい歴史を教えることも重要だが、このような人的交流はもっと大事にしたいと考えるのは私だけではあるまい。

それにしても、日本人だこれだけ世界に進出するようになり、現地に日本人学校なるものを作り、日本教育をしているのだろうが、朝鮮学校とはその設立の背景が異なることにも興味を覚えた。


posted by ラッキー at 12:26| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | パタヤから発信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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