2010年09月07日

初めて訪れた金沢の街

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今から8年前、平成14年の大河ドラマで「利家とまつ」をやっていた。平成に入り、バブルが弾け景気は悪かったが、今から考えるとそれでも現在よりはまだマシだったと言えよう。

金沢城も再建されたということを聞き、一気に行ってみたくなったのだ。城巡りは大好きな私は親友のK君に話を持ちかけた。当時、彼もNTTの宿舎の経営をしており、中々休みは取れなかったが、ちょうど夏休みの忙しい時期を終えた9月に入ってのことだったので、一泊二日の強行軍で行くことになった。私にとっては始めての金沢訪問であった。

私の目的は金沢城の一点だけ。残りは何でも良かった。K君は最初は黙っていたが、実は大学時代の朋友が金沢出で、仲間に会いたいのだが・・・と打診したので快諾した。

香林坊で会うことになった。仕事帰りに香林坊の居酒屋で一杯やる約束を取り付けたK君と日中は金沢城を満喫した。素晴らしいお城の再建に嬉しくなった。こういう事業に税金が使われるのは満足である。公共事業のモデルのような再建である。

北関東の出身の私には初めて訪れた金沢で二つのことを体感した。ひとつは北関東と北陸の距離である。地図を見ると分かることだが、中間には日本一高い富士山があり、群馬、山梨と中央アルプスが遮る。

正反対の場所にある訳であり、それを越えようとすると三つのルートに分かれることになる。ひとつは山を飛行機で飛び越えるコース。もう一つは山の中腹を超えて、即ち、群馬から長野へ入り富山の方から周るコース。最後の三つ目が栃木から新潟の方に出てから南下するコースとなろう。

私たちは二番目のコースで行くことになった。越後湯沢まで新幹線、そして北陸本線に乗り換え金沢まで向かった。9月というがまだ残暑が厳しかったのを覚えている。

二つ目は金沢と京都の関係である。北関東と北陸の遠さを実感したことはすでに書いた。それに比較すると都であった京都の方がはるかに近いと感じた。幾ら交通網がいまほど発達していなかったにせよ、関西の方が関東よりはるかに便利だったのはないだろうか。小京都と言われる所以でもあるだろう。

道中、K君とはいろんな話ができた。普段、仲が良いと言ってもじっくり話をする機会はそうはあるものではない。金沢の親友二人がいたからこそ大学を卒業できたとK君は笑いながら話した。
偶然だとはいえ、5日はちょうどK君の誕生日でもあった。金沢の街で親友と級友とが集い、彼の誕生日を祝う祝杯を上げたことは言う間でもない。素晴らしい旅になった。

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posted by ラッキー at 00:14| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ホテル経営者時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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