2010年07月30日

教室が無い!シアトル高校の日々

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1973年の春、丁度5月5日の子供の日に当時、まだ国際空港が羽田だった頃、私は一人でシアトルに旅立ったのである。

正式な入学は9月の新学期まで待たねばならなかったが、ホストファミリーの息子トムと一緒にスクールバスで6月の学期末までオブザーバーの様な形で通学した。オブザーバーであるから、必須の学科はまだ無い訳である。従って、好きな見たいクラスに参加させてもらっていた。

いろいろ戸惑うことばかりだったが、日本と一番の違いは自分の教室が無かったことだ。日本なら自分の所属する組があり、教室で分けられていた。だが、アメリカのクラスというのは学年を指し、日本のような組には別れていない。

教室とは学科の先生が自分の教室を持っており、生徒が授業の時間に先生の教室に足を運ぶことになるのだ。

と、いうことで、朝スクールバスが学校に着いても、教室も座る椅子も無い訳だ。これは慣れてくると全然楽しく問題の無いことだが、最初は戸惑って行き場所が無く本当に困った。

高校は禁煙となっていたので、喫煙する生徒は学校のある通りの反対側の林の中が溜まり場だった。喫煙していたトムはだいたいここに毎朝、溜まっていた。私は一年間、喫煙嫌いで近寄るのも嫌いだったが、昼時、トムの居場所を探す時は決まってここに足を踏み込まねばならなかった。


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posted by ラッキー at 16:38| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | シアトル留学時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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