2010年06月13日

あわや、事故死!奇跡的な生存

    10 jun 13.JPG 
    ショーライン時代の洋二さん

アメリカ留学時代の話である。まだショーライン・コミュニティー・カレッジに通っている時(今から約40年前)、下宿先であったマイクの家を追い出された。(過去ログ参照)

その後、ショーラインで知り合ったリックの購入した新築住宅へ越した。事件はその時に起こった。

鎌倉から留学されていた洋二さんから電話で呼び出された。誰か話し相手が欲しかった洋二さんが懇願するので、躊躇っていたがシアトルのダウンタウンにある彼のアパートまで出掛けることになった。

リックの住宅があるボッセルからダウンタウンまで、もっと正確に言うとチャイナタウンのある南ダウンタウンまで約一時間ほどのドライブになる。勿論、高速をぶっ飛ばしての話しである。

洋二さんは確かアメリカ人彼女と別れ話があり、振られてそれで話し相手が欲しかったようだ。そのように記憶している。

当然ながら、洋二さんはアパートで酒を飲んでいた。飲まなきゃ、いられねえよ。そんな心境であろう。そんなに長居するつもりはなかったので、私も薦められるビールを断りもせず、一緒に付き合って飲んでいた。

午前2時くらいだっただろうか、私は遅いので帰宅を申し出たが、洋二さんが引き留め、泊まっていくように言ってくれた。さらに二時間飲み続けた。

酔っ払って洋二さんの気持ちも落ち着いてきたようだった。午前3時過ぎ、私は帰ることにした。かなり酔っ払った状態だったのだろう。しかし、アメリカの事情は知っていたので運転に問題は無いと思っていた。

約一時間の運転である。ダウンタウンを出て、すぐ高速に乗り家に向って走り出した。リックの住宅は郊外の新興住宅である。田舎道を走っていた。私は走り慣れた道路で人も車もいない道路を飛ばしていた。

事故が起こったのはリックの家から数キロしか離れていない牧草地を走り抜ける道路だった。

ゆっくりと左カーブする道でそのカーブに入る10メートルも手前でハンドルを切ってしまったのだ。運転していた黒のヴォルクスワーゲンはディッチ(側溝)に足を取られ、勢いで一回転半して止まった。

フロントグラスは粉々に壊れ、車体は横転したまま止まった。ドアを上に上げ這い出したのだろう。奇跡だったのは、シートベルトのお陰かまったくの無傷。履いていたサンダルはどこかに行ってしまった。

素足でリックの家の方へ向い歩き出した。疲れに疲れていて、もうどうでも良かった。早く家に帰り寝たかったのだ。

しばらく歩いていると後ろからヘッドライトが光った。私は両手をヒッチハイクしようと両手を上げ、車を止めようとした。しかし、その必要はなかった。その車はパトカーだったのだ。

出てきたお巡査はパトカーの中に入るように言った。免許証の提示を求められたので、車の中だろうと、千鳥足で事故った愛車を方へ歩いていこうとするとお巡査に止められた。免許が無いので調書が書けない。自爆で無傷だったので、お巡査は処置に困った。

パトカーの後部座席に座った私は辺りが明るくなっているのに気付いた。とりあえず、リックとベッキーの家までパトカーが送ってくれることになった。

家に着くと、出てきたリックとベッキーに「後ほど、書類が届くと思うので、それに対処するように」と言い残し、パトカーは去った。

私は翌日、車を取りに行ってぞっとした。改めて正気で見るとフロントガラスはきれいに無くなっていて、車体はボコボコだった。死んでいてもおかしくないほどの自爆事故であった。


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posted by ラッキー at 11:07| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | シアトル留学時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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