ライバルだった一世を風靡したラブホ
我がホテルより早くオープンしたホテルで一世を風靡したライバルホテルが解体されていた。感無量だった。昭和の終わりの頃にオープンしたこのラブホは洗練された客室や無料の冷蔵庫など斬新なアイデアを豊富に盛り込んだホテルでオープン当時から旋風を巻き起こしていた。
そして、激動の「失われた10年」(15年とも言う)を生き抜いてきたが、先日近くを通る機会があり、懐かしく思っていたら現在何と解体中だった。
私は平成に入り、企業のダウンサイジングが始まった時にラブホの将来は無いと決め付けていた。終身雇用が無くなりパート採用が多くなるとどうなるか?考えなくても判ることだろう。収入が減るだけでなく、ボーナスも無ければ安定した定期昇給も無いのである。彼女をこしらえて、食事に誘い遊びに行き、それからホテルで仲良くチョ目チョ目などできる訳がないではないか。
案の定、その後ホテルを救ったのはホテルへのデリバリーサービスだった。こちらはお付き合いではなく「単発」で終わるから経済的である。しかし、これも限界が近づいてきたようだ。つまりデリバリーも使う余裕は無くなってきたのだ。
それもそうだろう。去年の年越し派遣村ではないが派遣労働者がバンバン首を切られ、今は正社員まで雇用を心配する展開になっているのだ。
思い返せば自分の商売の歴史は正に平成の歴史と丁度重なる。馬鹿な政治家どもが「議員立法」とか言って(立法府なので当たり前のことをこう呼ぶ)国民の祝日を与野党一緒にたくさん作り出し連休も増えた。
お金がたくさんある連休ならいざ知らず、不景気の連休は商売を減速させる。どんなに連休中に商売が忙しくなっても、その前後に落ち込むのだから堪ったものではない。誰でもそうであるが、決まった金額を消費するのに連休のような支出が嵩むのが分かっているようなスケジュールではその前後に使う訳が無いではないか。
今から5年前になるが、経営から身を引いた時は本当に胸を撫で下ろした。ホッとしたものである。ホテル経営であるから当然年中無休、従業員の手当てを心配し、辞める者が出ると何度も募集広告を出し、面接。そして、試用期間、仕事を教え込む。退職者は絶えず出るのでこの繰り返しだった。
売り上げの心配から従業員の給料、銀行返済、毎月の支払い。本当に休まる暇は無かった。それでも商売が忙しければ文句も無いが、平成の大不況で社会、特に労働者の環境、構造が変わってしまってはお手上げである。
よく、企業の自助努力とか新聞などでは安易に書いているが、個人の努力には限界がある。そんな思いが強かった晩年であった。
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