2009年03月03日

最初の英会話の先生はベルギー人

    09 mar 03.jpg
    英会話の先生はベルギー人だった

中学3年生になったばかり、5月のある日、親友の狩野を誘い英会話の学校訪ねた。今でいう「英会話NOVA」の走りである。実は小学校の時に茨城大学教育学部から来た教育実習の先生が地元では(多分)一番早く外人の先生による英会話学校をオープンさせたのだ。

私はその年の正月、高畠先生からいただいた年賀状でその旨を聞いていた。そして、小雨の日だった、小学校でも同じクラスだった狩野を誘って先生にご挨拶を兼ね学校を見に行ったのだった。

その時私はすでに別の塾に通ってはいた。英語専門の塾だったが内容は教科書の説明と訳が中心で英会話は一切無かった。それで飽き飽きしていた。要するにこの塾は受験に対する塾で、当時は英会話は受験とは無縁だった。当たり前である、だいたい学校の先生すら英会話ができなかったのであるから。

私と狩野が英会話学校を訪ねると高畠先生は驚いた。小学校の教え子が本当に来るとは思わなかったのであろう。まだ、14歳だったのだから自分の意思で来た子は恐らく二人だけだったと思う。

高畠先生は小柄できりっとした美人で可愛らしかったが厳しい先生だった。先生の説明で生徒はほとんどが高校生以上とのことだった。中には日立製作所の会社員もいた。出張のために英会話の特訓に来ていたようだ。

畳に小さなテーブル(卓袱台)の塾とは違い、椅子とテーブルの教室が二つとオーディオが入ったラボがあるこの学校が好きになった。親善訪問が終わりビルを出た時には、私はすでに決意していた。この学校に入ろう。

家に帰り、思案した。どうやって両親に切り出そうかと。そして、一番忙しい時間を見計らい、母に聞いた。「今度、教生の先生がオープンした学校(英会話)に通いたいんだけど・・・」

忙しさに禄に話も聞かず母をOKした。習い事には多分、反対しないだろうという私の読みは当たった。早速、高畠先生の英会話学校の門を叩いた。

だが、先生が言っていた通り、中学3年生の私は最年少でたった一人だった。それで、最初は日本人の先生が付いてしまった。がーん。これでは目的が違う、じゃ、どうする。

最初の一週間で結論を出した。高畠先生に直訴したのだ。「先生、最年少でも構いません。是非、上の人たちと同じ英会話のクラスへ入れてください。」快くOKしてくれたので、隣の英会話コースへ転じた。そこには外人の先生がいた。だが、彼は英国人ではなくベルギー人だった。

ポチポチっとクリックしてくださいますか犬
にほんブログ村 海外生活ブログ アジア情報へ にほんブログ村 海外生活ブログ 海外留学へ にほんブログ村 海外生活ブログ サイパン情報へ


posted by ラッキー at 00:13| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 少年時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
キャンペーン
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。