2009年03月01日

愛恩幼稚園−山岸園長のお話

    09 mar 01.JPG
    三年保育で通った愛恩幼稚園

私は3歳の時に一つ年上の兄が幼稚園に入園するときに一緒に幼稚園に入れられた。両親とも商売が忙しかったせいもあり、年子ということでの決断だったらしい。普通は二年保育だったので私は一年早くスタートしたことになる。

愛恩幼稚園はカトリック系の幼稚園だったので日曜学校があり、ミサとかやっていた。今でも幾つか幼稚園の思い出は残っているが、山岸園長の訓示で覚えていることがある。

内容は忘れてしまったが、「誰も知らない、見ていないと思っていると、とんでもないことです。神様はどこにでもおられ、あなたのすることはすぐ頭の後ろからすべて見ているのです。」といったようなお話をなされた。

私は真剣に聞いていたので、「頭のすぐ後ろ」と言われて、キョロキョロ後ろを振り返った記憶がある。どんなに急いで振り返っても自分の頭の後ろは見ることはできない。何度も何度も繰り返し頭の後ろをみようともがいていた。そして、神様の存在とはそういうものだと子供ながら理解した。

その数年後、市内に住むおばあさんの店(料亭)に遊びに行った。私の兄弟4人と従兄弟二人で近所のお寺の境内に来る紙芝居を見に行った。途中に駄菓子屋があり、いつもここに寄ってはオヤツを買っていた。

ある時、その駄菓子屋の棚に100円玉を見つけた。当時、もらう小遣いはその程度だったので、驚いてしまった。黙って取ったら泥棒になってしまう。皆に言ったら分け前が減ってしまう。何しろ6人もいるのだ。そのままにしておくのはもったいない。

一人で心臓がバクバクするのを必死に抑えながら考えた。あまり長くそこに留まっても居られない。じゃ、どうする?

そうか、誰にも見つからなければよいのか。そう、思い静かにそっとその100円玉の上に手を置いた。そしてハラハラしながらその100円玉を握りしめた。

「しめた。上手くいった。」握った100円玉をポケットに仕舞い込みその場を離れた。事が上手く運んだので嬉しくってしょうがなかったが、皆に言うわけにはいかない。左手をポケットに何度も入れてはその100玉を握り締め、確認した。

ところが、その時山岸園長の声が聞こえてきた。「神様はどこにでもおられ、あなたのすることはすぐ頭の後ろからすべて見ているのです。」

「ああ、自分は何としたことをしてしまったんだろう。」すでにやってしまったのだ。誰にも離せずこの日からしばらくの間、罪悪感に浸る毎日を過ごした。

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posted by ラッキー at 13:48| バンコク ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 少年時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Posted by うおりこ at 2012年08月27日 17:24
こんにちは
素敵なブログ書かれているのですね
懐かしい幼稚園...感激です
私は一年保育のばらぐみ
当時は子供だけで商店街を寄り道しながら登園していました 今や考えられないことだけど..
お弁当箱温める箱も思い出
またお邪魔させてくださいね




Posted by at 2012年08月27日 18:01
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