強盗に人気スポット「スーサイドクリフ」
午前の日本語クラスの授業を終え、いつも通り迎えの車で観光局へ午後からの勤務に就いた。自分の席に着くといきなり観光局長に呼び出された。ゲレロ氏の部屋に入るとドアを閉めるよう促された。
「ラッキー、最近島では日本人の観光客を狙った強盗が増えている。サイパンの観光産業にとって深刻な問題だ。そこで警察の捜査に協力することにした。」そう言ってゲレロ氏は刑事を紹介した。
「I want you to be a decoy。」その場では「Decoy」の意味が分からず、思わず「Sure」と言ってしまった。すると刑事はこれを着るようにと言いながら私に防弾チョッキを渡したのである。
ん、何だこれは。防弾チョッキを手にした私にゲレロ氏は言った。「今から君はもう一人、日本人女性とカップルを装い、刑事と一緒にバンザイクリフへ行ってくれ。囮となって犯人の捕獲を手伝って欲しい。」
捜査の協力は結構なことだが、まさか自分が捜査の囮の指名(使命)を受けることになるとは。有無を言わせぬ局長だ。やるしかないだろう。そう覚悟を決め防弾チョッキを着て事務所の外に出た。
私と組む日本人女性はすでに警察の車に乗っていた。囮捜査であるからもちろんパトカーではない。女性を用意された車に乗せバンザイクリフへ向かった。後ろからは刑事の車が後をつけて来た。
サイパン島の北部に位置するバンザイクリフやスーサイドクリフはかつての日本軍サイパン陥落で多くの日本人兵士やシビリアンが自ら命を絶った場所である。午前中は団体を乗せた観光客が多く比較的安全だったが、午後はツアー客が少なくレンタカーなどを借りた個人の客で寂しくなる場所だった。
犯人はそれを強盗のチャンスにしていたらしい。打ち合わせ通り、バンザイクリフに着くと車を停めた。指示されていた通り、二人で車を降り、観光客らしく振舞った。記念撮影の振りをしたり、散策したり、役者でもない二人には結構大変だった。芝居と言ってもこれは捜査なのだ。いつ犯人に襲われるかも知れない。
5分くらい経ったであろうか。刑事から移動の指示が出た。残念ながらバンザイクリフには犯人はいないようだった。車を出し次の捜査点スーサイドクリフへ向かう。運転していても緊張していた。途中で犯人が出てくる可能性があったからである。
目的地スーサイドクリフへ着くと同じように車を降り、観光客の芝居を演じた。しばらくその場にいたが、刑事は諦めたのか「今日は引き上げだ」と言い局へ戻った。局長は笑顔で迎えた。「今日はご苦労さん。」たったそれだけだった。終わったと思ったら緊張感から解放されぐったり疲れが出た。
防弾チョッキ
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