2008年08月19日

初めての添乗−中国から香港へ

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    懐かしい啓徳空港

私の最初のアサイメントは中国へのツアーだった。日本では通常「添乗員」と呼ばれるが米国の会社でアメリカ人の客には「Tour Conductor」とか「Tour Leader」と呼ばれていた。

現地の案内は「ローカルガイド」と呼ばれ立場が全く違った。アメリカ人はリーダーを大事にする。盛り立ててくれる。日本の添乗員とは根本的にステータスが違うのだ。

社長はチャイナ・ハイライトと言うツアーを3本続けて私にくれた。チャイナ・ハイライトの行程は北京を皮切りに上海−杭州−桂林−広州−香港というコースだった。同じシリーズを3本というのは少しでも早く慣れるようにとの配慮があったと思う。

会社のパンフにはどのツアーも「ベテラン・ツア・コン」が同行と謳っている。しかし、見習いツアコンを全行程お金と時間をかけて仕込んでいる余裕はない。つまり、最初のツアーは経験無しで添乗するのだ。

社長は心配だったのか(実はそれが理由でないことは後で分かるが)最初の受け持ったグループはたった6人だった。人数が少ないのでその分リスクも少ないと社長は考えたようだが、この最初のツアーは非情に疲れた。

何しろたったの6人しかいないのだ。二週間も同行する間、お客から何度も何度も同じ質問をされた。それは「How many times have you taken the tour??」恐らく私が自信が無いのが感じられたのだろう。私の答えは決まって「数回」そしてその後必ず「このコースは初めてです」と答えた。つまり前半はウソで後半は当り。

うまく乗り切ったと思った最後の香港だった。香港島半日ツアーに同行していた時だった。ツアー最後の目玉、ヴィクトリア・ピークの回転レストランまでバスで登りビュッフェのランチ後ケーブルカーで山の中腹まで下りてくる。

ケーブルカーが下から上って来るのを待つ間、運悪く質問大好きな客の隣に居合わせた。ケーブルカーの乗り場は頂上であるからその上には行けない。お客に「上って来たケーブルカーはどっちに行くのかい?」と聞かれた、即座に答えた私は誤って指を上の方を指してしまった。

やって来たケーブルカーの乗り込むと当たり前だがケーブルカーは下って行った。その時私の心臓は張り裂けんばかりどきどきしていた。最後に「ドジ」を踏んでしまった。

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植草一秀の『知られざる真実』
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posted by ラッキー at 02:06| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ツアコンガイド時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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