2008年08月14日

最後の二年

それにしても中国の台頭は十分に予測できたが、この我が日本の「凋落」は予測できなかった。

一つには事業の不振から最後の数年は海外に出られなかったことがある。10台後半から海外生活を送りツアーコンダクターやサイパンでの日本語教師と海外畑が長かった私にとって一歩でも成田を出ることが「バランス感覚」を失わずに生きるコツだったのだがそれができなかった。

そして、特に事業閉鎖の最後の二年間は心理的にも追い込まれていた。親友がすべて救ってくれた。私ばかりではない。私の父母も一緒に家族全員、彼が命を救ってくれた。

辞める勇気よりも「事業閉鎖」の方が心理的に堪えた。だが、こうしてパタヤの風に吹かれながら、日本の現状を思うと事業を辞めたのが正解だったと改めて思う。

日本政府の方針は植草秀一先生がブログでお書きになっている通り「官僚」「政治屋」「銀行」「大企業」そしてアメリカの利益誘導の政策が長年続いてきた。

国民は早く目覚めないと、益々窮地に追い込まれていく。次回の衆議院選挙は「小沢一郎」にとっての最後の選挙ではない。国民の最後の選挙になるはずである。この機を逃すと間違いなくもっと酷い「奴隷生活」が待っている。

既得権を持っている者はそれで良いだろう。が、搾取される方は二度と自分たちにチャンスが来ないと覚悟した方がより。そして、無理ならば「海外生活」を少しでも早く目指すべきである。「沈む」のが分かっている「泥舟」に乗っていても平気な人はお好きにどうぞ、である。


posted by ラッキー at 11:02| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ホテル経営者時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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