2015年10月30日

偶然見つけた博物館にはプラネタリウムの併設されていた


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  博物館とあるので、行ってみたらプラネタリウムも一緒にあった

28日の水曜日は少し前だったが、90日レポートで入管に行くことにした。ぐるぐる回る市内バスに乗っていたお蔭で、歩いた方が近道になると分かっていた。問題は「犬」だけである。昔は猫より犬の方が好きだったが、今ではすっかり嫌犬派になってしまった。

理由の一つは、私はよく歩くのだが、犬が突然吠え掛かったりするのが大嫌いなのだ。この一年はずっと大好き人間に変わってしまった。猫は吠えたりしないし、危害を加えたりもしない。騒ぐとしても、猫同士の喧嘩くらいである。

さて、いつものようにアパートを出てメインロードから、一直線にビッグC方面に歩く。銀行の角から左に曲がるとビッグCであるが、入管のある警察署までは真直ぐである。二本目の交差点まで行くとワット・プラタートが見えてくる。サコンナコンのシンボルであるラオス式のタワーが見えると入管まではすぐそこである。

家を8時過ぎに出て、9時前には入管に付いていた。水曜日ということと関係しているかどうかは別として、中は空いていて。先客が一人、ビザ申請にタイ人の奥さんと一緒だった。その人を相手にしながら、担当官は私に声を掛けた。

当然、タイ語である。「今日は何の用で?」と聞かれたので「90日レポートだ」というと、その係官はパスポートを持って来いという。すでに、用紙は家で記入してきてあるので、手渡すとすぐにやってくれた。

てっきり、パスポートを返してもらい終わりだと思ったら、カウンターまで呼ばれ、幾つかの質問をされた。「サコンナコンで、何をしている?」「今日は何故一人で来たのか?」などと下らない質問を受け、「次回は日本から菓子折りを持ってくるように」と冗談ともとれる賄賂的要求をして帰された。

帰り道、ロビンソンで買い物をして帰ろうと、バスに乗らず、ソンテオ乗り場まで歩くことにした。すると、途中で「博物館」とある道路標識を見つけた。今日は水曜日、博物館は開いている曜日だ。時計を見るとまだ10時。

私は通り過ぎるかどうか迷ったが、せっかく近くに居て、時間もあるのだから、行ってみることにした。毎日、パソコン打ちで部屋に閉じこもりっ放しの生活。たまに外に出たのだから、気分は爽快だった。歩くこと5分。

行ってみると、建物が二棟建っていたので不思議に思っていると、手前にあるのはプラネタリウムだった。奥にある建物が博物館だった。私はせっかくだから、手前のプラネタリウムも覗くことにした。中に入ると係り員が三人、カウンターから挨拶した。

時間を聞くと上映開始は11時だという。まだ、10時半だったので、「じゃ、先に博物館を見てくるよ」と言い残し、奥野博物館を訪れた。どちらも入場料は無料で、外人料金など存在しない。気に入った。

博物館には客はおらず、若い女性が案内人として登場し、地図の見せながら館内の施設の案内をしてくれた。勿論、全てタイ語である。彼女は最初にDVDのショーがあるので、1番館から入れという。中に入ると大きなスクリーンに客席。100人以上は入れるシアターはまだ新しく観客は私一人だった。

先程、館内の案内をしてくれた女性が中に入ってきて、DVDはタイ語がいいか英語がいいか聞いてきた。私は勿論、英語を選んだ。DVDはサコンナコンの伝統文化、歴史、日常生活、地理などにまとめられていて15分程度によくまとめられていた。

終わって外に出ると、同じ担当の女性が、「館内の案内は必要ですか?」と聞くので、せっかくだから、彼女の申し出を受け入れた。8ブロックに分かれている館内を彼女の説明でゆっくり見て回ることができた。時計を見るとすでに11時になっていた。

私は急いでプラネタリウムに向かった。すると、そこには水曜日なので、男子生徒が四人ほどいた。学級で授業に来ていた訳では無かった。授業でもさぼってやってきたのだろう。

中まで案内してくれた博物館の女性は「私はここで失礼します」と挨拶して、プラネタリウムの男性担当とスイッチした。「大丈夫よ、彼はタイ語が分かるから」と言い残して出ていった。

今度は担当の男性係り員が、館内を案内して、最後に名―ンフィーファーの天体ショーである。中の椅子も新しく、リクライニングのスタイルで天井にある円球のスクリーンに映し出される宇宙の惑星。こちらはタイ語だったが、映像を見ながらタイ語の説明を聞くのは興味深かった。

太陽系の惑星と星座のビデオショーは10分程度で終わった。星座のショーは予想した通りちょっぴり妻わないものだっったが、できたばかりの新館で見る天体ショーには文句は無かった。

担当官に聞くと、このプラネタリウムはできてからまだ一年も経っていないそうだ。僅か八か月である。税金を使って作られたプラネタリウム、県民のどれだけが利用するのか考えてみたら、おかしくなってしまった。

さて、どうやってソンテオ乗り場へ行こうか、男性担当官に近道を聞いてみた。すると、しばらくタイ語で説明してくれていたが、雑木林を通り抜けて行くと近いという。私が不安げな顔をしていたので、「ちょっとお待ちください。私がバイクでお送りします」と言って、自分のバイクでサコンナコンのシンボルである巨大なサコンナコン・ゲートまで送ってくれた。

この日は一日、気分のよい外出ができた。サッコーン!
















posted by ラッキー at 01:47| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月29日

風光明美なアパートの部屋の唯一の弱点


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  これは室内の分だけで、ベランダにはこの三、四倍もの死骸が毎朝

すっかり気に入ったアパートのマイルームであるが、唯一、残念なことがある。エレベーターが無いのも苦にはならないし、階段を上り下りするのは問題ではない。

部屋のベランダから眺める学校の風景も気に入り、遠くに見えるカラシンの山々も大好きだ。だが、密閉性のよい部屋は気に入っているものの、夜になりベランダの扉を開ける訳にはいかない。これがこの部屋の唯一の弱点である。

それに気付いたのは、アパートに越してきてすぐだた。朝日が昇ってくるのは、左手にある学校のグランドの方向である。私の部屋は南に面しているので、左手となる。右手の西に日が沈み、夜になるとだいたい真っ暗である。

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ベランダのガラス戸の外側に落ちている昆虫の残骸

朝になり、外でコーヒーを飲もうとベランダに出て驚いてしまった。ベランダの床が真っ黒なのである。何だろうとよく見てみると、それは昆虫の死骸だった。それほど、昆虫がいるのだろうか?此処はビルの5階であるぞ。

夜になって窓ガラス越しに、外を見てみた。飛び交っている虫は見当たらなかったが、驚いたのは窓ガラスであった。そこにはびっしり昆虫が貼り付いていたのだ。これが、朝の死骸の正体だったのか。

それ以来、夜になってもベランダのガラス戸を開けなくなってしまった。勿論、当然ながら網戸は付いている。が、しかし、開閉すれば、間違いなく大量の昆虫が部屋に入り込むのは火を見るより明らかなのだから。これだけが残念なアパートである。悔しいサッコーンである。







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posted by ラッキー at 15:24| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月28日

学校が見える風景


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  ベランダの外は学校が広がり遠くカラシンの山々が見える


4階とはいうものも実質5階に住んでいる私は階段のため、毎日、良い運動になる。食料品の買い物以外には、外出する用事もなく、パソコンでの作業に追われる私にとっては5階というのは苦にならない。

それどころか、地上20メートルともなると、結構、眺めが良いので、気分は悪くない。私の部屋のベランダからは、となりにある学校がよく見えて、その校舎の後ろには壮大なカラシンの山々が遠く望める。

昨日まで、学校が秋休みだったのだろう。始業式が始まり、8時になると国歌の演奏が鳴り響く。田舎での拡声器から流れる嗄れ声のアナウンスよりはるかに気分が良い。ここでは、村で流される早朝5時からの広報は聞こえてこない。

私の日本の実家は商業地区のど真ん中だったが、小学6年の時に、両親が学校地区に家を建て引っ越した。それ以来、ずっと、そこで育ったのだが、目の前が幼稚園と小学校だった。

学校が見える風景を私は愛している。やはり、若いエネルギーを感じるからだろう。そして、自分の人生を振り返った時、4歳で幼稚園に通いだし、高卒前にアメリカの高校へ転校、そこから、ジュニアカレッジに大学と長く学校には通った。

サイパンで日本語教師をしていた時代もあった。学校と教育というのは、私の人生にとっては、一つのテーマなのであろう。社会学と心理学(余暇学なども含め)を専攻して、専門職に就くことはなかったが、それでも自分の人生にテーマがあるというのはありがたいことである。

比較文化学なども大好きだったが、タイでも暮らし、まさにそれを実現しているのだから、こんな素晴らしいことはない。サッコーン!
















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2015年10月27日

市バスの運転手の給料は月給300バーツ!!?


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  ビッグCの裏側から出て東へ、最初の信号を右に曲がるとアパートまで1.5km


本当に便利なアパートに越してきたものである。家内には感謝・感謝である。最初は市の中心部までだいぶあり、歩くのも苦になるかと思ったが、意外とそうでもない。アパートから歩いても20分程度であるがら。幸福で丁度良いくらいであろう。

ただし、日中は日差しが暑いので、それだけが若干大変だが、今の生活でパソコンの時間でほとんど費やされるので、買い物を兼ねた外出は暑くても平気である。

市バスが走る運行路線なので、疲れたり急ぎの時は市バスを利用する。タイの暮らしもマイカーとバイク利用する者がほとんどなので、市バスを利用するのは学生と車が無い私くらいであり、車内はいつも空いている。
空いている公共の乗り物ほど安くてありがたいものはない。

或る時、運転手と話をしていたら、たまたま給料の話になった。私は興味があったので、運転手に月給は幾らだと聞いてみた。すると、驚いたことに返事は300バーツであった。聞き間違いではない。彼ははっきりした口調で「サム・ローイ」と答えたのだ。

まあ、オンボロバスの運転手、どういった経営になっているのか知る由もないが、だいたい彼の言ったことは正しいのだろう。確かに300バーツでは、生活は成り立たないのは誰にも分かることだが、タイのシステムっていったいどうなっているのだろう。サッコーン!















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2015年10月26日

すっかり忘れた村の大市


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  見慣れた光景でも足が向いてしまう田舎村の暮らし

人間とは、とかく不思議な生き物である。それを象徴するのが、田舎村で開かれていた太市である。村に越してきたばかりの時、甥っ子が「お父さん、明日は太市だよ」と言って聞かせてくれたものである。

毎月2日と16日にやってくる太市。ほとんど95%以上、ほぼ100%毎回、同じ業者が同じような物を持ってくる。一度、見てしまうと、二度目以降は、だいたい全部のことが分かってしまう。


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  全部の店は頭に入ってしまっていた

朝早くから村人の婆さんたちが声を掛け合って太市に向かう姿を見て、「なんて可哀そうに」と思った私だったが、いつの間にか、自分も太市を待っているようになっていた。待っているといっても、何かを買い求める訳ではない。

前述した通り、すでに売っている物は分かっているし、値段だって特別安い訳じゃない。むしろ、高い物もあるくらいだ。だが、何も無い村での暮らしをしてみると、この太市はアクセントになっている。以前は日付を聞けば、「あと何日でタラートだ」なんて思ったくらいであす。恥ずかしいが事実である。


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  他に楽しみが無いのだから頷ける

それが、サコンナコンの街に出てきて、二日ないし三日には買い物にビッグCに出掛けるようになると、あら不思議。2日も16日もない。いつでも必要ならデパートに買い物に行けるのである。すっかり、太市は頭から離れてしまった。サッコーン!







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2015年10月25日

タイのラーメン、バーミーナム


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  村にできたタイ式ラーメン、バーミーナム店も閉店した

タイのヌードルと言えば、コイティオというビーフンの麺が有名であり、タイ人の多くがこちらを食べる習慣がある。

じゃあ、ラーメンは無いのか、というとそうではない。中華麺の細麺で作るバーミーナムというのがそうである。こちらも、屋台などで食べることができる。汁無しラーメンをバーミーヘンと呼び、こちらを好む人もいる。

ところで、このタイ式ラーメン、バーミーであるが、美味いかと聞かれると私は返答に困るようになっている。何故なら、それほど美味くはないからである。

タイ人の食生活を知る人ならお分かりになるだろうが、タイ人の食事の基本は味付けは自分でするのである。料理屋のテーブルの上にはたいがい、小瓶のセットが乗っている。そこには、砂糖、唐辛子、酢、唐辛子入り魚醬などが置いてあり、料理が出てくると味見もせずにそれらとぶっかけるのである。

そして、「甘い」「辛い」「酸っぱい」「しょっぱい」を自分の好みに合わせ食するのである。

  
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  アパートでの自炊の方がめちゃくちゃ美味いものを食べられる


そのようなことから、出汁など和食のような発展は望めない。ラーメンだって、汁まで飲むようなこともない。

普段から美味しいものを食べているなら、時々食べるバーミーも悪くはない。しかし、それほど美味いものを食べていない場合、そんな時のバーミーは味気ないものである。食べられないことはないが、それほどご馳走にも思えない。

そこで、実家にいる時は、自分でラーメンの玉を買ってきて、出汁を作り、自家製ラーメンを楽しんでいた。甥のフェッチが大のラーメンファンで、私の作るラーメンをよく食べてくれた。最初はずっと汁を残していたフェッチだったが、徐々に出汁の美味さが分かるようになると、汁まできれいに平らげるようになっていた。

娘は一度だけ「お父さん、ラーメン作ってえ」と頼んでことがあるが、あまり甘えるのを知らないせいか、それとも私の手料理が苦手だったのか、それっきりだった。サッコーン!















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2015年10月24日

お強を普通に炊くとどうなるか知ってる?


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  実家のお強を特別に不味かったなあ

一昨日、旧家内から電話があったことは前述したが、「恋しくない?」と聞かれて、言葉に詰まってしまった。正直にいうと7:3で恋しくないのである。

恋しいと言えば、私が人生で初めて好きになった猫くらいである。あまり私が猫の話をするものだから、家内は怒って電話を切ったくらいである。

それにしても、実家で食べていたお強を(上記画像)を改めて見たが、とんでもない代物だった。日本のお強なら、多少粘りがあり、お強同士、仲良くくっついているが、実家のお強は仲が悪く、すぐにポロポロ落ちてしまうのである。

そんなお強だったが、私の間違い(三度くらい)で、普通のご飯と同じように炊飯器で炊いてしまったことがある。お強のように蒸かさないで、炊飯器で炊くと粘りが出て美味しく食べられたのである。少なくとも私と甥のフェッチは美味いと食べたのです。

しかし、これに異議を唱え、怒るのは私の家内で間違いを許せないようでした。

実家のお強は食べたいとも思いませんが、実はこのお強を炊飯器で炊くということを、今度、このアパートで実験しようと思っているのです。果たして美味しく食べられるでしょうか。丁度、おはぎだの牡丹餅のようにできるのです。やってみよ〜っと。サッコーン!







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2015年10月22日

碁盤の目になっているようで違う街


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  町の中心の目抜き通りには多くの金行が列を並べる

徐々にだが、街の位置づけとバスの運行ルートが頭に入りつつある。何故時間が係っているのかと言えば、理由は二つある。

一つは、県都サコンナコンの街の形成が碁盤目になっているようで、そうでないからである。確かに中心部では碁盤目のように通りで区切られた正長方形の形は保っている。しかし、それが東西南北とはなっていないため、右斜め下に崩れた格好となっている。そして、それを囲む通りの中には湾曲して曲がっているので、混乱し易い。

二つ目の理由はバスの運行ルートである。中心部にある市場とそれより少し離れたところにあるビッグC辺りを二度も三度も通るので、何が何だか分からなくなるのである。

ぐるぐる回るので便利にも感じるが、上手に乗り降りしないと、時間の無駄につながる。それに加え、乗り降りする場所で全て用が足りる訳ではない。その先にどうやって行こうか思案する必要が出てくる。ここで間違うと不必要な出費が出たり、歩かなくてもよい所を歩く羽目になったり、或は早く着けるのに遅れたりとなるのである。




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  昔は町の中心にあったバスターミナル

行政の悪ふざけとしか考えられないようなタブターミナルの移転によって、街の中心にあったターミナル付近は人出が半減。無駄な労力を掛けて、郊外のターミナルへ行く必要になってしまった。

中心部にはタラート(市場)が出ているが、昔ほどの活気ではない。マイカー社会に移行する中で、田舎の村人でさえ、ロビンソンなどの郊外型ショッピングセンターに足を運ぶようになっているため、人々の経済活動も変化しているのが見てとれる。

私にとっては、棲み家のアパートが若干、中心部より離れているが、それでも歩いていける距離だし、市バスが不定期とはいえ通っているので、それなりに便利である。

徐々にだが、確実に便利な暮らしをできるようになってきた。サッコーン!
















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2015年10月21日

快適、田舎の街中暮らし


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  県都サコンナコンの地図―小さいが分かりづらい街

9月26日、家内の誕生日に引っ越したので、まだ一か月にも満たない県都サコンナコンでのアパート暮らし。毎日、仕事でパソコンと格闘しているので一日の時間が過ぎるのが早い。

やっぱり町中は活気もあるし、刺激があって過ごし易いし楽しく快適である。パタヤの旧友たちに言ってら皆笑っていたが、「ど田舎のヴィレッジライフに慣れるまでに一年係ったが、町中の暮らしに慣れるにはたったの一日だった」というのは比喩でもなんでもない。

私は歩くのが好きで、村に住んでいる時でも、入管とか用事でサコンナコンに来ると時間を見て歩いたものである。お蔭で車を運転はしなくても、道路や道順は家内よりも詳しいし、場合によっては義兄よりもサコンナコンでは私の方がよく知っている。


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  ノンハン湖の周りの散策するのは気分が良い

街の北川にノンハン湖があって、ここは家内との思い出の場所である。8年前、義父が脳梗塞で倒れた時、入院先の病院までパタヤから始めて訪れた時に家内に案内された湖である。ここは入管からも近いので、先日歩いてみたら、不思議と当時のことが思い出された。まだまだ、脳はやられていないようだ。

ノンハン湖からビッグCに戻る途中で、なんとひな人形を見つけた。珍しい物を見たと思い、店の中へ入ってみることにした。店内に置いてある品々は全部日本からの中古品であった。なるほど、それであのひな人形なのか。


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座布団があった。実家ではタイル張りの床に直に座る時がある。お尻を冷やすのは体によくない。私は買って帰ろうとも考えたが、値段を聞くと結構な料金だった(他しか250バーツくらいだったか)ので、思い留まった。村の市場ではるかに安く手にすることができると思ったからだ。勿論、日本の座布団の方が断然質が良いのは分かってはいたが。

この前、この店の前を通る機会があったが、新しく作ったばかりの店の看板は破けて、シャッターは下りていた。どうやら、潰れる前に閉店したようだった。

歩いていると、いろんな店や物をじっくり見ることができるので、それが楽しみなんです。サッコーン!







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posted by ラッキー at 02:08| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月20日

ネット社会の盲点


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  朝日が昇るのを見ていると自然の美しさや生命の躍動感を覚える

私はパソコンも好きだし、インターネットも好きである。ユーチューブなども画期的だと称賛している。

しかし、そんな中、最近まで目にしなかった世界を覗いてしまったような気分でいる。パソコンをいじくるようになってから、20年から25年くらいになるだろうか。

インターネットにしても、基本的にはニュースや社会関係の記事を読んだり、陰謀論とか表に出てこないサイトを閲覧する、そういった使い方がメインだった。つまり、私にとってのインターネットとは、表に出てこない裏の情報を得るためであり、また、そういった情報の拡散を目的とした使用法だったのである。

ところが、最近、それまでは絶対に入ることにないサイトに目を通すようになった。仕事上の関係であるから仕方がない。

そして、ヤフーの検索を調べていく内に気付いたことがある。それは、何と多くの人がネットの記事書きに嵌っているかということである。

ブログにしても、そうであるが、継続してやっていく人はほんの一握りになるのであろう。事実、ランキングなどを見てもページ数の多い方になると、ほとんどが更新されていない状態である。まさしく、ネットの社会が「宇宙」と表現される所以であろう。

さて、検索上位に表示されているブログやサイトが優秀かどうかはまったく内容、つまりコンテンツとは連動していない。それゆえに屑のようなサイトが検索上位になっているものも数多くある。と、いうよりその方が多いくらいなのである。

そして、多くの記事書きの手法がこれまた酷いの一言。文字数を計算して、無用な言葉の乱発や、気を引くためだけのタイトル付けなど、胸糞悪くなるような物が余りにも多い。それまで、ニュースや社会、文化、芸術、スポーツなど記事系や論文系のサイトにしか閲覧していなかったので、芸能やスポーツ系のお粗末さには呆れ返ってしまった。

検索で多いということは、A型的「紋切型」になりやすく、パターンにはめられ易い特徴がある。そして、知らずのうちに、それが自分化してしまう恐れが十分にあることを心得なくてならないのです。

いつの間にか知らずの内にパターン化された人間になっている、そんな事も考えられる訳です。そして、そのレベルでしか生きていないことで、成長が止まってしまう恐れは十分にあるでしょう。

「調べてみました」「気になる」「年収は」「結婚相手は」などなど、それはそれは、どうでも良い様な事が莫大な検索を産んでいるのを見た時、鳥肌が立ちました。

一つには、そのような生き方をしている多くが恐らく若者であろうという点です。それなりの年齢になると、自分の人生、つまり生きることの方が重要で大切で、受動的なライフではなく能動的な暮らしを普通にしている訳です。

ところが、どうでもよい事に夢中にネットして暮らしていると、人生の時間、持ち時間を無駄にしていることになると理解できていないのです。そんな時間を過ごすくらいなら、もっと仕事に励むとか、運動をするとか、近所付き合い、友達付き合い、なんでもよいですが、リアルライフにおいて活発に行動できるはずだと思います。

やはり70年代に習った未来社会学の予想は当たっていましたね。あの衝撃的だったFuture Shock以来、もう40年以上になりますが、技術革新が人間をどれだけ幸せにしたのか、或は社会に貢献したのかを問うと、メリットばかりが強調されますが、負の側面も忘れる訳にはいきません。















posted by ラッキー at 00:54| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本が危ない! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月19日

技術革新と妄信!得るものがあれば、失うものもある


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ITの技術革新と料金の一般化によって、パソコンの普及からパソコンを内蔵したスマートフォンと、テクノロジーの進化は目を見張るものがある。しかし、全ての物には「表と裏」があるように、「得るもの」があれば「失うもも」が同時に生まれるのである。

ネットの社会について語りたいと思う。はっきりとしたデータはないが、そこは「社会学専攻」の私の判断をお許し願いたい。あくまでも私の感触である。

パソコンと言えば、かつては大学の図書館とか大企業とか、一部の社会から導入された代物で、80年代後半に小生の会社でも購入したが、今でも覚えているのはその価格である。NECのパソコンだったが、当時一台80万円もしたのだ。

バブル最盛期にICチップの生産量は当然のように世界一、日立、パナソニック、東芝、富士通、NEC、三菱、などでアメリカのIC企業がダメージを受け、日本に牛耳られないようにとアメリカが韓国に技術とノウハウを移転しライバル作りをしたのが、サムソンやLGといった企業である。

一方で、80年代から90年代にかけては、携帯電話も登場したばかりの頃は大きなボックスから始まった。緊急の連絡方法として、私はずっとポケットベルを利用していた。理由は携帯電話では直接電話がつながってしまう利便性にあった。

と、いうのも、それでは便利過ぎて困ることになるからだった。当時、ホテルを運営していたので、基本的に商売は24/7。年中無休である。機械ならまだしも、こちらは生身の体である。24/7で連絡が入るようなことでは、身体がもたない。

私はその前に勤めていたユニの渡辺社長から、いろいろ学ばせていただいたが、この24/7のビジネスのマネジメントのノウハウである。ユニとは旅行会社なので、社長はやはり24時間体制で構えていなければならない。

さて、話をIT技術とパソコンに戻そう。通信料が高過ぎた日本を尻目にお隣、韓国では通信料が安くネットの普及が早かった。日本の半分しかない国なのだから、その広がりの速さはいう間でもないだろう。NTTだと通信事業会社の利益、つまり日本の政治は大企業を向いて仕事をしているので、ネット普及には時間がかかった。

それはさておき、スマートフォンの誕生で、多くの子供たちまでインターネットとの「つながり」ができ、「ツイッター」「ライン」「フェイスブック」などの登場で、ますますネットが普段の生活にまで入り込んできてしまった。

この辺で、少し、休憩しましょう。ここで、考えていただきたいことがあるのは、このネットの便利性、「得る」ものと「失うもの」が何か、ということを。(続く)
















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2015年10月17日

やっぱり日本のお米に勝るもの無し!


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  パタヤの天気は田舎イサーンより暮らし易かったなあ

日本からの親友たちが、新米を持ってきてくれた。本当に心から感謝の気持ちで一杯である。その新米をサーモンの刺身で一緒にいただいた。

本当に、こんなに美味しいご飯を毎日食べられる日本人は幸せだろうと思う。だが、違いを知らなきゃありがたさも分からずの通り、今回の旅では親友たちも、こちらの不味い米に遭遇してしまった。

私もまさかあれどほ不味いご飯とは知らずに、呆れてしまったくらいである。まあ、それも経験と言えばそうとも言えるだろう。

タイでのお米のグレードがどのようなものになっているのか、よく解からないが、大概の料理屋のご飯は食べられないことはない。

温かいご飯なら申し分ないとは思う。しかし、私が案内したテパシットのウィークエンドマーケットで入った食堂のご飯は、低品質の上、冷めていたので、尚更食べられなかったのだと思う。

それに、もう一つ、豚と鶏の焼き肉を出したのだが、豚はリブになっていて、皆美味しいと食べてくれたが、鶏の方は、タイスタイルのぶつ切りだったため、全員、きょとんとしてしまった。私はタイに住んで8年になるので、このスタイルは慣れてしまった。特別に好きという訳ではない。

私だって、鶏肉なら唐揚げ、竜田揚げ、焼き鳥と、色んな食べ方があると思うが、ぶつ切りにすると砕けた骨を口から出さないので、食べ方としては嫌いな方である。

まあ、海外に来ているのだから、全て満足という訳には行かないかも知れないが、私なりにベストは尽くしたつもりである。

幸いなのは五日間ずっとメンバーが笑い通しだったことである。サッコーン!







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2015年10月16日

雨季は終わったのだろうか?


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  快晴の日が続き、どうやら気配は雨季終了

親友たちのパタヤ滞在四日間、その間に雨に降られることは無かった。夜間、寝ている間にはスコールはあったが、日中の行事に支障が出るほどの雨は無く、ご一行の強運が示された形となった。

一度だけ、夕食の時間に夕立のような雨があったが、食事が始まってから降りはじめ、土砂降りとなったが、食事が終わる頃には丁度止んでいた。

サコンナコンの天気も暗雲はしばらく無さそうである。友人に聞いたら、どうやら、雨季もほとんど終わりらしい。いよいよ来週には仏教の出家も終わりオークパンサー(出安居)となる。

暦の上では、その日を堺にドライシーズン到来となる。オークパンサーと言えば、お隣のナコンパノムでは恒例の電飾舟祭りが催される。私はすでに二年前に行っており、今年、再度鑑賞に行くかどうか、今の処分からない。

それにしても、二期作農家は本当に可哀想である。政府が水制限を設けており、二度目の耕作を規制しているからである。

農家は生活が懸かっているので、政府の指導に従わない。それどころか、水を供給すると約束を果たさない政府に対し、憤りを感じており、命令に従うことはない。

しかしながら、そんな天気であるが、ゴルファーには歓迎ムードである。これから4、5か月は雨の心配はまず無いのだから、この時期、なるほど「ゴルファーズ・パラダイス」である。

しかし、同時に此処イサーンでは「冬」となり、寒くなる。これは体験した者にしか分からない寒さである。去年、私は必至の思いで、やっと暖房器具を買えたほど、寒かったのを覚えている。さて、これから乾季に入り、二年目の冬に突入するが、いったいどんな「冬」になるのだろう。サッコーン!







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posted by ラッキー at 15:04| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月15日

混ざる感情のパタヤ再訪


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  私の一番好きなパタヤの風景

噂には聞いていたが、恐ろしく暇なパタヤビーチであった。住み慣れた街が、どんどん変わる。変化のペースが余りにも早いのです。

そして、交通量の多さは目を覆いたくなるばかり。観光客は減っているのに車の通りは多くなってしまい、昔の良さがどんどん無くなってゆく。

私は相反する二つの感情が同時に胸の中を去来していました。どんなことがあってもパタヤはパタヤであり、大好きという感情。そして、もう一つが正反対の、こんな所になってしまったのか、という落胆にも似た気持ちです。

いずれにしても、街は前に進むことはあっても、昔に戻ることはないでしょう。従って、私の感情は大事にしまっておくしか方法はありません。恐らく、このままの変化が進めば、それは最早、私の好きなパタヤではすでになくなってしまっているのでしょう。

時間を止めることはできません。チャンスがあればパタヤ再訪は大いにあるでしょうが、居住地にはなりません。私は一年か二年で此処田舎サコンナコンを出て、次はラヨーンに住もうと考えています。できれば、もっと早く。サッコーン!







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posted by ラッキー at 23:03| バンコク ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月09日

恋しいかと聞かれたら・・答えはノー


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  写真で見ても、真っ暗な空は嫌だったねえ


今週末が来ると引っ越して二週間となる。仕事が忙しいこともあるが、まったく実家での生活を思い出すことはない。旧家内からは、越した日に一度だけ電話があっただけで、彼女も彼女で忙しいのであろう。

Do I miss home ?と聞かれたら、答えはノーである。流石に新しいホテルのようなアパートで慣れるにも時間はまったくかからなかった。問題だったのは昨日書いたようにトイレの流れが悪くて逆流したことくらいである。

流石に5階というのは、大変なのだが、それとて、特別に外へ出たり入ったりする訳じゃないので、まったく意に介さず、問題無し。むしろ、多少の運動を強いられるようが体には良い。ビッグCまでだって歩いて行った方が早いくらいだからね。待ってたって、バスが何時来るが分からないのだから。

歩いて20分程度なので、下手をして待っているなら、家に着いてしまうのだから。それに私は歩くのが嫌いじゃないのでね。

娘には逢いたいと思う時があるね。さすがに、実家で一番私を理解してくれたからね。娘の感性は昔からよく知っていて、大好きなのだが、忘れもしない引越しの日だった。

二人で4階の廊下を歩いていると、私に少しすり寄って娘が言ったのである。「お父さん、何もできなくてごめんね。」彼女はそれを英語で言ったのである。それほど英会話ができる娘ではないが、流石に私の娘だけあって、必要な時に何て言えば良いのか分かっているのである。

私は娘に言った。「ありがとう、大丈夫だよ。お父さんはネーンがどれだけやってくれたのか、知ってるから。」

この感性が母にもあったら・・・と思ったが、そういうことは無いのである。サッコーン!















posted by ラッキー at 01:10| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月08日

トイレ中、糞まみれ


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  最初はきれいで清潔なトイレだったのだが・・・・

もう直、越してきて二週間になる県都サコンナコンのアパート生活。作りはホテルと同じなので、新築快適暮らし、のはずだったんです。

ところが、この一週間ほどトイレの流れが悪いので、フロントのトゥックティットのお姉ちゃんに数日前から説明に行っていたのです。「壊れてはいないでど、流れが悪いので、早めに見てくれ」と何度も彼女の目を見ながら訴えたのです。

この娘は最初にこのアパートを見に来た時に案内してくれた娘で、可愛いし、何しろ彼女のタイ語は分かり易いのです。そして、今どきのタイ娘にしては愛敬があるので、可愛いのです。

どうやら、私の言っている意味は通じたようなのですが、返ってきた返事は「スタッフが作業をやっているので、それが終わったら行かせます。」当然ながら「だんたい何時くらい?」と聞くと分かる訳もないので「午後1時くらい」と適当な答えが返ってきました。

察しの良い読者の方にお聞きしましょう。午後1時にスタッフはやって来たと思いますか?来る訳ないですよね。部屋で作業をしながら、マツコと二時間。午後3時になっても修理には誰もやって来ません。で、その日は面倒なので、再交渉には行きませんでした。

翌日、表に出た時にフロントのあるビルの前を通ったので、再び、トゥックティットに言いました。「おい、昨日は午後3時まで待ったけど、修理には誰も来なかったぞ」困惑した表情のトゥックティットは同じ返事を繰り返すばかり「スタッフに言いますから、部屋でお待ちください。」「何時くらい?」「午後1時」。

まるで、時間は「午後1時」しか無いようね返答なんです。それで、外にあるロータスで買い物を済ませ、部屋でパソコンをしながらマツコと2時間。午後2時になっても誰も来ません。ここはビルの5階。エレベーターはありません。

階段は億劫ではありませんが、体力温存です。パソコン作業が一日12時間もあるのですから、体力はキープしたいところ。その日も結局、トイレ修理には来ませんでした。

トレイをフラッシュするとどういう状況だったのかと言えば、水が出てくると、流れ出る勢いが無いのです。ですが、時間を少し開けると最後はボッ、ボツとぎりぎり押し出す感じなのです。ところが、日々状況は悪化していたのです。

昨日の朝、用を足して即仕事に向かおうと思っていた矢先。水が完全に流れなくなったのです。小だったらよかったものを、たまたま朝でそれが大だったものですから、大問題でした。流れないので、再びフラッシュしますよね。すると、だんたんと水嵩が増えて、三度目の時には遂にトイレボールから水が溢れてしまいました。

たった今出した「大」の方も水と一緒に溢れ出てきてしまいました。以前のように最後は吸い込みがあるだろうと、フレッシュする度に水と大が溢れ出てきてしまい、遂にトイレシャワールームは糞まみれとなってしまったのです。

時計を見るとまだ朝6時。待っている訳には行かず、階段を下りて隣のフロントのあるビルまで文句を言いに行きました。朝早かったこともあり、まだトゥックティックは出勤しておりませんでした。此処のマネジャーらしき小父さんが居たので好都合。前にインターネット不通の時に対応に出てきた小父さんです。

完全にダメになって水と大が溢れていると説明すると、「またか」と言った感じで「すまん、すぐに誰かやる」と言ってくれました。部屋で待つこと、15分。掃除の若い女性がすっぽんを持って駆けつけました。取りあえず、すっぽんで押し流そうという魂胆でした。

これがズバリ的中。取りあえず、水が流れ、勢いを取り戻したのです。彼女に聞くと、どうやら他の部屋でも頻繁に起こっている現象なんだとか。

彼女にトイレの掃除をしたいので、デッキブラシは有るかと聞くと、「持ってきます」と言って出て行きました。自分に買いにいく必要があると思っていましたから、借りることができれば、無駄な出費になりません。

さて、ここで問題です。「この若い彼女はデッキブラシを持ってきてくれたでしょうか?」

もう賢明な読者ならお分かりですよね。答えは「ノー」、やっぱり階段を5階も上がって来るのが嫌だったのでしょう。

当然ながら、私はビッグCまでデッキブラシとトイレの洗剤を買いに出掛けることになりました。朝早く起きて、仕事に掛かれるはずが、朝から糞まみれになって、掃除に午前中一杯とられた一日でした。サッコーン!







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posted by ラッキー at 13:18| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月07日

快適県都アパート生活も市内バスには困惑!


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  市内巡回バスは安いが遅い!まるで遊園地のバスと一緒!

いやはや、とんだご無沙汰をしてしまいました。何しろ急な引越しでしたからね。今週で二週目、今日で12日となりましょうか。本当に一日が早いです。まあ、充実しているとも言えるのですが。

今回の引越しで分かったことが、一つあります。それは、田舎の村に越すのと違い、町中に出てきて県都の市内にあるアパートに越した訳ですが、馴染むのにほとんど時間が係らないということです。パタヤからパンナーの村に越してきた時は、それは大変でした。

家内が頑張って作ってくれた書斎(出資は勿論自分ですが)は快適でしたが、やっぱり素人仕事、不都合な所は随所にありました。それに、家族の暮らし方と母家の生活が難しく、慣れるまでに一年はかかりましたからね。

それに比べ、家内が見つけてくれたアパートは若干不便ではありますが、パソコンの仕事に忙しい私にとってはベストな環境。アパートと言っても、作りがほとんどホテル同様なのです。1ルームで新しく綺麗で、まったく問題無しです。むしろ、私には合ってる感じです。

家賃がまたべらぼうに安いのです。一か月、何と2500バーツです。今は円が安いので、その分割高にはなりますが、1万円を切ります。日本から移住を考えている方には少し参考になるでしょう。親友の奥さんがバンコクでの仕事で越しましたが、この部屋以下の1ルームで6000バーツと言ってましたから、首都バンコクではこうはいきません。

一番のネックは市内にあるとはいえ、このアパートは町中の中心部ではありません。そこで、ビッグCのあるセンターまで行かないと、買い物とかは不便です。最初、案内された時、家内とバスで来たのですが、いつも乗り慣れたサコン市内を走るバスだったのです。

ところが、バスのルートを全部乗ったことはないので、どういう走りをするのか分かりませんでした。以前から乗り慣れたバスターミナルから乗ると、国道22号線には出ずに、裏道(恐らく、22号線ができる前はこちらが本道だったのでしょう)を走り、官庁街を抜けて商業地区、市場タラートがある、を通り抜け病院の方へ向かいます。

このルートは、必然的に覚えるルートです。何故なら県都サコンへ行く人は皆ビッグCを目指すからです。しかしながら、その先へは行ったことがなかったのです。私のアパートは、このビッグCから先へ2kmの所にあったのです。

まあ、読者の方にも想像はつくと思いますが、この市バスの時間は時刻通り走るということはありません。「来たら乗る」を基本にしていますからね。私は歩くのが嫌いではないので、待っているよりは歩いてしまいます。

最初は銀行の角を曲がってから、直線距離にして3,4kmにも思えるほど真直ぐの道だったので、恐ろしく遠くに感じました。しかし、実際に歩いてみると、アパートからビッグCまでは約20分の時間で到着できました。

全然、問題ありません。パタヤの感覚でいうと、ナクルアのホテルからセントラルロードくらいまでかなあ。それよりはもっと近いかも知れませんね。丁度、ナクルアからソイ6くらいの感じでしょうか。

それで、この市バスの乗ってみて、驚いたことが一つあります。このバス、先ほど巡回バスと申しましたが、本当にすごい巡回をするのです。何故ならといいますと、そのルーツがあまりにルーズにできているからです。この前はアパートの前から「ついてる!」と思って乗ったバス、どこまで行っても10バーツですから、長い距離乗った方が得なのですが、今、言った巡回バスです。

アパートを出て、ビッグCの横を通ります。ここで降りて、乗り換えてターミナルへ行く方法もありましたが、運転手がターミナルまで行くから安心しろと言うので、そのまま乗っておりました。

すると、ビッグC先の中心部の市場の横をぐるりと周って、サコンナコンゲートの方へ向かうではありませんか。〆た、と思った私の期待はすぐに裏切られました。サコンゲートに出て国道22号線を西に進めば、ターミナルはすぐそこです。3分程度で着いてしまいます。

しかしながら、無情にもバスは22号線には入らず、右折して郵便局から、サコンナコン刑務所前を通り、学校地区、そして、警察署前(入管のある所)を通り過ぎ、病院を過ぎ、また町中の市場へ出てくるではないですか。

その病院のあるところは、私のアパートから僅か700mくらいの所にあるのです。時計を見ると、すでに40分は経過していました。40分も乗っていて、家から700mの所に居たのですから唖然です。歩いたってビッグCに着いて、乗り換えバスでターミナルに到着できる時間です。

その後、市場へ戻ったバスがやっと知っている裏道を走りターミナルへ到着したのは、アパートを出てから1時間後でした。これにはさすがに自分でも大笑いでした。

まあ、こんな感じで、県都暮らしが始まりました。このアパートに住むという看護婦さんたちには4、5人会いましたので、これからどんなことが起こるか楽しみですね。サッコーン!







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posted by ラッキー at 10:43| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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