2015年07月31日

植物枯らしの名人が・・・

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  タラートで私が購入し植えた花木

子供の時から私の好きで得意な分野は人間にまつわるものばかり。所謂、俗にいう「文系」という方面で、国語、英語を含め語学や音楽、スポーツなども含まれる、それに対し自然科学、理科系と呼ばれる数学、科学などは点でダメ。

そんな関係で、植物も私は相性がよくなかった。だいたい、花や木などにほどんど興味も持たず、固有名詞で知っているのは、「桜」「梅」など誰でも知っているものだけで、あとは全然対象外、な〜んにも知らない。

ホテルを経営していた時分、そんな話をしていたら一人のフロントスタッフから誕生日祝いに「誰でも育てられる植物」というのをいただいた。その注釈を読むと「植物が苦手なあなたでも大丈夫」との副題が付いていた。

兎に角、くれた彼女も説明で「何もしなくても大丈夫なんですよ」といわれ、安心していただいたが、結果は見事に枯れてしまった。

まあ、そんな過去はどうでも良いのだが、こちらのタイへ来て驚いたことがある。それは植物のしぶとさというか生命力の凄さである。前に住んでいたホテルのベランダに並べられたオーキッドの鉢。ほとんど枯れて「もう、捨ててもいいか?」と家内に聞くと「何言ってるのよ、まだ死んじゃいないのよ」と言って、水や栄養剤をやり、暫くすると芽が出て花が咲くのである。見事なものである。

田舎の実家に越してきて、水巻は私の担当となった。義母に頼まれたからである。家内も娘も甥も毎日欠かさず何かをするのは苦手であり、すぐに忘れる。ずっと、続けていたらある時、別々な場所で二か所に分かれて花が咲いたのだ。

それを機に先日、この辺でよく見かける花を買って帰った。すぐに書斎の前の空いた場所に穴を掘り植えてみた。オレンジ色の同種の花の隣に私の植えた小さな黄色の花が弱弱しく立っていた。ずっと水をやっていたのに、それが一週間ほどで枯れてしまったのである。

家内に聞くと水が足りないという。それから、水を十分に与えてみたがそれでも枯れてしまった。もうダメだと諦めていたが、そこからが凄かった。茶色になって枯れた葉の下から新緑の新しい葉が生えてきたのだ。芽を出し始まったので、開花までもう少しである。

この「植物枯らしの名人」の私でも枯れることなく育つのである。なるほど、人生もこのようにしぶとく生きるようになっているのだ。私自身にもこの生命力は与えられているはずである。サッコーン!



















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2015年07月30日

マイノリティー・レポートのアガサ

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  曇りと雨じゃ大違いだからね

あのトム・クルーズ主演の「マイノリティー・レポート」を覚えていらっしゃるだろうか。何故、私がその映画を持ち出したかというと、それには理由がある。

トム・クルーズ演じるジョンがアガサを抱きかかえ、真犯人を追及するのだが、特別警察に追われることに。未来を予知できるアガサは次々とジョンに指示を出し、追っての捜査を掻い潜るシーンは何度見てもぞくぞくします。

あれほど、ジャスト・タイミングでベストな場所に「居る」というのは、もの凄いことですよね。ある意味スーパー・パワー、つまり超能力と言えるでしょう。憧れますよね「超能力!」

一方で、正反対の「間違った場所と間違った時」にいつもいるのがダイ・ハードのジョン・マクレーン警部である。いつも、運が悪く「付いていない場所に付いていない時」に鉢合わせして事件に巻き込まれ、必死の思いで解決するというものです。

実は私のニック・ネーム「ラッキー」とは、これと似たような話を友人にしたところ、その友人がアメリカのホストファミリーに紹介したことで、いただいた名前なんですよ。

この友人が私のことを「ラッキー」で、彼自身、運が悪いと「アンラッキー」と呼んだことから、その家族がラッキーと呼ぶようになったのです。

何故、こんなことを書いているかというと、一昨日、パタヤを出て、バンコクのエカマイからモーチットに移動する時です。満杯になったバックパック(多分10KG以上)を背負い、ショルダーバッグにノートパソコン、象印のスポーツ水筒、それに手提げ袋といういで立ちですから雨だけは勘弁して欲しかったのです。

ところが、バスがスクミヴィット通りに入る辺り(ソイ70くらい)から、外は見る見るうちに暗くなり、エカマイのゲートウェイのしゃぶ豚でつけ麺を食べている時に豪雨となったのです。

バスの切符はモーチットへ到着してからの購入なので、それなりの時間に行かねばなりません。で、通常の自分のコースだとソイ33近くのフジスーパーで買い物をして、スカイトレインで終着駅のモーチットへ出て、そこから77番のバスでターミナルに向かう予定だったのです。

そうすると、フジスーパーへ行く所とスカイトレインの終着駅辺りで雨に降られるとえらいことになってしまう訳です。大事なパソコンがやられたら完全にアウトですから。

その時、自分の名前「ラッキー」の由来を思い出したのです。勿論、傘も持ってますし、雨合羽も持参していましたが、やはり降られない方が良いに決まっています。

すると、どうでしょう。ソイ33のフジスーパーに向かう時にはほとんど止んだ状態となり、無事辿り着けました。深夜バスの夕飯の不味さは知っていますから、やっぱり好きな弁当か何か美味しい物を持って乗り込んだ方が旅は楽しいです。

うなぎ丼と稲荷寿司を買って、再びスカイトレインでモーチットへ。

途中、豪雨で外が見えないくらいでしたが、終点のモーチット辺りまで来るとまたまた雨は小降りとなって、少し待つだけで止む状態となりました。まったく、トム・クルーズのマイノリティー・レポートを思い出したという訳です。

翌朝、田舎へ到着する前にどうやら豪雨があったようですが、私が到着する頃には止んでおりました。やっぱり、私は「ラッキー」だったのです。サッコーン!

























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2015年07月29日

「最早これまで」

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  曇天、雷雨、豪雨が四か月も続くのだ

今朝、早朝田舎村パンナニコムに戻った。深い眠りから覚めた私の目に入ってきたのはどんよりとして曇天と上がりそうな雨だった。

私はまだぼーっとした頭で一年前を思い出していた。パタヤで過ごした7年間、何が素晴らしかったかというとそれは天候であった。

お天気は誰にとっても公平である。しかし、場所によって大きく変わる。農耕民族の多くの日本人は元来、居住を動くことを滅多にしない民族である。タイ人にとってもそれは同じと言えるだろう。

だが、狩猟民族の連中は居住地を移動することは朝飯前であり、それはごく普通の生活様式なのだ。

多くの欧州人が年老いてからの老後を暖かい場所で暮らしたいというのは、やはり狩猟民族の感性と言っても良いのだろう。それに大昔は大家族性だった欧州社会も長生きするようになり、家族も小家族となり、生活環境は激変した。

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  冷えたお強など美味い訳がなかろうが・・ 

実は私も感覚的には狩猟民族の欧州人に似ていて、何でもかんでも日本で生活するという価値観を持っていなかった。20代でガイドをしていた時分から、「できれば将来は外国で暮らしたい」と思っていた。

ただ、途中で家族の土地問題から会社存続問題などが発生し、大分違った路線を歩むことになった。50歳前に全てを「ご破算」にして、タイに辿り着いたは良かったが、その後がまた難しい問題を提起されて。

どうやってタイで生きていくのか?正当なスタイルのビジネスで勝負するには体力(資金)が無いと思っていた。すると、次に可能なのが、信頼できるタイ人のパートナーを持つことであう。

この方法も多くのファランが実践済みであり、成功者も多くいるが、その影に隠れた失敗者も成功者の10倍はいると思われる。ハイリスク、ハイリターンというのがマッチした表現だろう。

そして、私は今、最高な場所にいる。一年間、この田舎に住んでみて分かったことは「最早これまで」、もう十分だということだ。ここから脱出すべく舵は切られた。サッコーン!














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2015年07月28日

パタヤを離れる日

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   エカマイにできたゲートウェイは日本の飲食店が大出店

いよいよ最終日となり、親友がまだ寝ている間、近所にあるベストスーパーマーケットで買い物を済ませた。

一つは娘の好物であるサーモン。これは前回四月の訪問時に買って持ち帰ったら、娘が喜んで食べてくれた物である。スモークサーモンを食べるのは娘は初めてだったが、日本に連れて行った時に食べて覚えてしまったのだ。

それ以来、ブッフェに行くと寿司コーナーがあると喜ぶ娘である。家内も大好きなのだが、最近は私距離を置くスタンスなので、喜びもしない。それに、どうやら家内はスモークサーモンは嫌いなようである。無論、問題などない。私と娘で食べるのだ。

そして、今回、また一つ親友デル・ボーイから習ったのが、ニュージーランド産のチェダーチーズである。

少し、クランチー(固い)で、濃厚な味が特徴なのだが、ビスケットと一緒に食べるとこれが中々、いけるのだ。ベストスーパーMで一つB173と値段も手頃である。これは私には分かるが、恐らく食べさせても好きだという家族は一人もいないと思うので、私一人占めできると確信している。

お昼のバスに乗ることができたので、パタヤからジャスト2時間でエカマイに到着。東ターミナルのすぐ脇にできたモール、ゲートウェイ(Gate Way)のラーメン屋「しゃぶ豚」で大好きなざるラーメンを食べることにした。

大根下ろしのタレを付けた餃子の小皿とペプシ飲み放題のセットでB199は大変お得。やっぱり、料金に見合った料理やセットを見つけると満足する私だった。

食べている最中に外を見ると暴風で木が揺れていた。「来るぞ」と思って間もなく、外の景色は豪雨で遮られていた。「いや、これは酷い。これじゃ、外には出られなぞ」私は思った。何しろ、でかいサイズのバックパックは土産物や汚れ物ですでにパンパンである。

その他にショルダーバックに水筒、パソコン、手提げと完全武装状態の荷物班である。土砂降りにあったら、一番大事なパソコンがやられてしまう。それだけは絶対阻止せねばならない。

しかし、私が友達に付けられて名前「ラッキー」は生きていた。そもそも、雨の日に傘を持たずしても、いつも私の頭の上だけ降られないので、この名前をいただいた経緯がある。

そして、この日もこのパターンとなった。エカマイのゲートウェイから直接BTSスカイトレインに接続しているので、雨に濡れないで構内に入れた。そして、ソイ33のフジスーパーに行くためプロンポンで降りるとすでにそこは小雨になったいた。あれほど降っていた雨だというのに。

フジで買い物を終えた私は再びBTSでモーチットを目指す。途中、外を見ると豪雨が降っていたが、モーチットに到着する頃には外の雨はまたもやほとんど止んでいた。超ラッキーであった。

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   タイ北部と東北部の玄関口モーチットターミナル

今、私はモーチットのバスターミナル構内のキャンティーンでこれを書いている。出発のバスを遅い方に変更したので、まだ二時間も待ち時間がある。ナコンチャイエアーのバスは綺麗だしトイレも清潔なのだが、飯が不味い。

そこで、フジスーパーで夕飯を買い込んできたのだ。それは「う・な・ぎ」、久しぶりに食べるうなちゃんである。

145バーツと安いので、あまり期待できないのは承知の上で、ちょっぴり日本の味が恋しくなったという訳だ。どれどれ、じゃあ、この辺で切り上げることにして、夕食のうなちゃんをいただくことにしよう。サッコーン!



















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2015年07月27日

ナクルアのバービアの値段

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   ナクルアの閑散とした連棟のバービア

パタヤ最後の晩となったので、親友と出掛けたソイ・ブカオで夕食の後、一旦帰宅したが、親友の勧めもあり、一人で再度出掛けることにした。

私の親友はパーキンソン病を患っており、ひょっとしたらこれが最後の「戯れ」となるかも知れない。特に去年の旅行以来、日に日に状態は悪くなっているようで、今年の四月タイ正月に訪れた時よりも更に悪くなっている。一時、帰宅したのは、そのような彼を一人で返す訳には行かなかったからである。

そんな彼とずっと行動を共にしていたので、実はこの10日間の滞在中も夜は出掛けたことがなかったのだ。そこで、私は彼の言葉に甘えることにして、再び一人で出掛けることにした。

ナクルアのソイではいつもの呑兵衛爺さんどもがいつもと同じ飲み屋で駄弁っていたので、無視して通り過ぎることにした。すでに9時を周っていたので時間が勿体なかったからである。

ソイ5でソンテオを降り、ラス・プーチンの脇を通り、リーナの居るキュートマッサージに顔を出したが、またもやリーナは接客中で「空振り」となってしまった。

そこで、セカンドロードを北上して、バンドが入っているバービアを覗いて歩いた。私は酒を飲まないが、昔からロックバンドのライブが好きで同じ入るならミュージックバーが好みなのである。

コージー・バーからトイ・バーまでの間に3,4軒のミュージックバーがあるので、どこでも楽しめる。旧知の仲のジョンのプレイする店が定番でそこからスタートした。それにしても時間が経つのがやけに早い。

二軒ほど立ち寄って、最後ナクルアの夜を歩いてみようとソンテオに乗ると先に乗って座っていた女性が私の顔を見るなり、「あら、あなた」と声を掛けるではないか。別に悪いことをしている訳ではないが、やはりパタヤで女性の方から声を掛けられると嬉しい気持ちとためらう気持ちと半分ずつ同居している。

いったい何処の誰なんだろう?私が不思議な顔をしていると彼女が「ほら、私よ。マッサージの」と言うので、私はかつて家内が経営していたマッサージ店のスタッフだと勘違いしていた。それはもうすでに5,6年も前の話である。

私は恐妻家なのだろう、きっと。そこで、家内のテナントが入っていた「マイク・ショッピング・センター」のマッサージだろうと聞き出しに係ったが、肝心のマイクショッピングセンターの名前が思い出せないでいた。

すると、彼女の方で「ほら、ソイ6のマッサージよ」というではないか。なんと二日前に立ち寄ったマッサージ嬢だったのである。彼女は仕事が終わり帰宅途中だったという訳である。

さて、ソンテオがドルフィン・ラウンド・アバウトから右に折れ、ナクルアを北上する途中で私は先に降りることにした。少し、ナクルアを歩きたかったからである。何しろ、個々に7年も住んでいたのだ。懐かしさと新しくなったナクルア地区の様子を見たかったからである。

途中、連棟式のバービアが刷新されて、きれいになったバービアの前を歩いていると一軒のバービアから声が掛かった。私は今晩の最後の店と決めていたので、そこで立ち止まった。会計の金庫番が一人、ママさんが一人、そして外のカウンターに一寸見若いホステスが一人、客は私一人である。

席に掛け、若いホステスと話をしていると、そこにママさんも会話に加わってきた。連棟式のバービアは10軒ほど連なっており、中に入ると中列、後列とバービアが続いているのである。結構大きなバービアである。しかし、中列と後列のバービアはほとんどテナントが入っていない。まるで空っぽなのであった。

そこで、他愛の無い話でホステスに「大金ができたら奥の店を買うから、あなたがママさんになれ。」と言い、幾らくらいするのか聞いてみた。すると、当然とも言えるが若いホステスは「私は分からないわ。ママに聞いて」と言うので、目の前にいたママさんに聞いてきた。

驚いたことに、「だったら、この店を買ってよ。私辞めたいのよ」と喜んだ顔で言った。値段を聞いてみた。すると返ってきた答えは「90万バーツ」であった。360万円程度になる計算である。高いか安いか、あなた次第です。





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2015年07月26日

二軒目のホームステイ先は全員スモーカー

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   二軒目のホームステイ先は全員がスモーカー

留学する前は嫌煙家だった私だが、最初のホームステイ先のホストのお母さんと相性が非常に悪く、彼女の嫌いなタバコを当て付けに喫うようになったのが私と喫煙の間柄である。

留学一年を終え、夏休みとなりカレッジが始まる前に一時帰国した私がタバコを出して吸い始めると、それを見て実の母が私に言った。「あなたがお腹にいたときだけ、無性にタバコが喫いたくてね。」それがその後の私の喫煙人生にどのくらい影響を与えたのかは知らない。しかし、少なくともその言葉がずっと頭に残っているくらいだから、それなりの影響はあったのだろう。

さて、最初に世話になったワード家を出て、二軒目のホームステイ先、ルイジノの家に引っ越した。すると、そのレヴォグル家ではルイの親父もお袋も義姉マリサもタバコを喫うのである。それにルイジノと私が加わると、家族全員がタバコを喫うという喫煙一家なのでした。

そんなことも、長い間、喫煙から脱出できなかった理由になっているのかも知れない。しばらく連絡が取れていないルイジノだが、おそらく90%の確率で禁煙できていないと思う。





















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2015年07月25日

破られた禁煙

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   呑み屋が多いと自然とスモーカーも多くなる危険性がある

せっかく頑張って、逆洗脳を施し、禁煙を成功させていたのにまた再び罠に嵌ってしまった。他人のタバコをもらうようになってしまったのだ。結果、すでにこの二日で約10本のタバコを喫ってしまった。

最初は結構頑張って我慢できていたのだ。だが、やはり喫煙者が周りに居るということ自体危険な兆候と言えるのだろう。それに、まあ、もらい癖といえばそうとも言える、最初は嫌いだった「もらいタバコ」に慣れてしまったのだ。ところが、今回は若干前回と少しだけ違うところがある。

それは、「挫折していない」ことと「タバコは買わない」ということである。つまり、現在の問題点は余りに多くの喫煙者が周りに居ることである。

上手い具合にこの私が禁煙できていたのは、田舎でも環境が禁煙するのに整っていたということでもある。やはり、集中心は最低でも必要なもので、そのためには、なるべくその集中心を妨害する要素は最低限に抑えることが重要となってくる。

私のホリデーも残り数日なので、この一日、二日、辛抱できれば、このまま禁煙は続けていけるはずである。サッコーン!











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2015年07月24日

家内の情報は半分半分だった

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   近所の寺に埋めてもらおうと思ったが考え直すことにする

ど田舎の生活に慣れようと頑張ってきたつもりでいたが、やはり心の底では「慣れきれない」自分を感じ取っていたのだろう。

どこからどこまでも実家のライフスタイルは受け入れがたいものがあり、それが家族とのギャップを大きくしていたようである。それは取りも直さず家内にも負担となっていた訳で、ある意味限界を示していたとも言えるだろう。

即ち、今回の別居イコール離婚というのは、半分は当たっているのである。まあ、だいたい今までもそうであるが、(多分、てんびん座の影響も多々あるのだろうが)家内の話はまともなようで、まともじゃない。本当のようで本当ではない。常にアドバルーンを上げて観測するような会話のスタイルには、私も疲れ果ててしまった。

何を言われているのか、常に半々なので訳が分からなくなるのである。まあ、ほとんど全てである。そんな会話しかできない家内に「前にこう言ったでしょう。ああ言ったでしょう」と言われるのが大嫌いな私であった。

そもそも田舎の物価にしても、都会と比べて安いとは思ってもいなかったし、事実、家賃などの少数を除けば決して田舎の物価の方が安いということは有り得なかった。むしろ所得レベルを考慮すると田舎の方が高いとも言えなくもないのだ。この点でも家内の情報は半分半分なのである。

そういう事を考えていくと、こりゃ、別居してどんどん好きなように生きるしか方法は無いと考えがまとまり始めた。どっちみち、皆で嫌な思いをして窮屈なら私が住む場所を変われば良いだけの話なのだから。サッコーン!


合コン

太もも

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2015年07月23日

タイムトラベルとも思える風景

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   骨董品に入るくらい古い昔のミシンが使えてるのだあ

約一年近く、出家していた義母が本格的に実家に戻ってきた。先日、何やら持ち帰り、ガタガタ、コトコト、チョコチョコ、ゴジャゴジャ、やっていた。

何やら遠くから見ても何となくミシンだと判った。だいぶ、古そうなミシンである。もうすぐ60になる私が子供の時、お袋が使っていたミシンと同じような型である。

私が母家に行き、義母の様子を見ていると、こちらを見た義母は自慢気に言った。「これだってまだまだ使えるのさ」

その誇らしげの言い方に思わず笑いそうになってしまった。義母は確か70代後半なので20歳とまでは歳は離れていないはずなのだ。

私も物を大事にすることも理解できるし、どちらかというとそちらの派であるが、親友の奥さん(30代)がJUKIのミシンでガンガン作業をするのを見ているので、そのミシンの両者を比べてみた時の「時間差」に驚かされる訳である。

別に裁縫ができればどちらでも良いのであるから、古い、新しいが問題ではない。それよりもこの二者が同時にある世界が不思議にも愉快にも感じられるのである。まるで、タイムトラベルの世界が現実にあるのだから。サッコーン





グアム




更年期




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2015年07月22日

人間の人生とは全く分からないもの

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   経営が順調で新規建築直後に床上浸水の被害にあった工場

今週は「人生の長さ」や「運、不運」について考えさせられることが二つほどあった。一つは親友の母が元気で96歳の誕生日を迎えたこと。何が素晴らしいかというとご長寿の方々にはつくづく敬意を表したいが、健康であるということだ。

ただのご長寿ではなく、元気で健康なのだ。これは素晴らしいことだと思うなあ。私は基本的に延命のための医療を支持しない人間なので、健康で元気に人生をまっとうするのが究極の目的だと思っている。親友のお母さんとはかれこれ40年近く旧知の間柄となるが、互いの顔を見ただけで、笑顔になれる素晴らしさは本当に生きていて良かったと素直に喜べる。

人生、ある意味、「神のご加護」が無ければ96歳まで生きることは難しかったであろう。病気、怪我、事故等、何時何が起きるか分からない。つまり、何があってもおかしくないのが人生である。そのような何でも有りの世の中、いろんな試練を掻い潜りながら生き抜いてきた訳である。

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   ベガスで大金を当てたお巡りさんも知っている

さて、二つは正反対の事例となろう。こちらも大の親友だが、英国人の彼は豪州でもビジネスを成功させており、ある程度の地位を地位を築いてリタイアした。すでにタイでの再婚を果たして娘も設けた。豪州と英国の資産を売却して、その資金でゲストハウスを購入し、誰の目にも全てが順調に行っているように思えた。

ところが、人生、何が起きるか分からない。ご婦人が奇病に罹り、緊急入院。そして、数日前に緊急手術となったのだ。彼の話を聞いていても、やはり医者の説明が不十分であったり、原因不明ということを言われて、非常にナーバスになっていた。

人間、絶好調の時ほど「落とし穴」が待っていたりするものである。やはり、このような事を考える時、「やり残しの無いように全力でやりたい事をしておく」というのが大事なメッセージであるように思える。











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2015年07月21日

96歳の誕生日

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   120歳まで頑張ると元気は親友の母

在米のタイ人フレンドが帰郷した。すでに30年来の親友であり、何かと私のタイ在住では世話になった。その彼女の母が96歳の誕生祝いを行った。

私も招待されたが、土曜日は親戚、親族が集まるということで親友自身が忙しく、私の相手を十分できないと判断したので、私の方も控えることにした。日を選び直し、月曜日に一泊の予定で彼女と母親を訪ねた。

いつものようにオンヌットでバスを降り、ロータスが指定の再会場所となる。彼女の実家はここから歩いて10数分の処にある。

彼女は一人でやってきた。朝食が遅かったこともあり、ランチをするには早すぎたので、コーヒーワールドでお茶しながらの歓談となった。

シアトル在住は40年になるだろうか。オーバーステイから自分で事業を起こし、今ではしっかりとタイ・レストランの経営者である。

私と家内の問題を知るとバンコクにある彼女の住宅を住処として提供してくれると申し出があった。大変、ありがたいことである。まだ、結論は出していないが、もしかすると田舎サコンから都会バンコクへ引っ越ことになるかも知れない。

お茶した後、彼女の実家に足を運んだ。去年から親友は実母のために実家をリフォームしたのだ。それはとても素敵な出来栄えで、元々の実家の雰囲気を壊すことなく、そのまま残してのリフォームだった。親友の心のこもった暖かい配慮には本当に心から感心する。その彼女の母に「きれいなお家になって良かったね」と言うと96歳の彼女は「娘が私を愛してくれていてね。嬉しいよ。」と笑顔で話すのだった。

この母娘と知りあいになれただけで光栄であり、ありがたいことである。サッコーン!















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2015年07月20日

サービス過剰のナコンチャイ・エアー

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   タマワン夫婦手作り弁当は辛くて食べられない

金曜日の晩のバスで田舎村を出た。最近、人気のナコンチャイ・エアーのバスにした理由は何て言っても快適さにある。

実は長距離なら二階建てのバスの一階、座席数は少なく揺れないので、本当はこちらの方が快適なのである。

ところが、残念ながら村を始発とするバスは二階建てだが、全席二階で一階に座席が無くとても古いバスである。そして、毎晩、村始発となることはありがたいのだが、満席にはほど遠い客数なので、バンコクへの途中、コンケーンやコーラートで二台のバスの客を一緒にさせられる。

通常、我々のバスの客が移動する方に回されるので、座席指定の席には座れないことが多い。その上、こちらのチャートチャイツアーの方のバスは途中休憩があり、到着時間もそれだけ遅れることになる。

運が良かったのも手伝って通常B550程度の料金がプロモーションでB473で購入できた。ミスター・タマワンはこういう処、とても親切である。今月一杯はこのプロモーションが適用になるという。この料金だとバンコク―パタヤ間の往復料金を含めても1000バーツで往復できることになる。予算がタイトな私にとっては非常にありがたい。

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   夜の車内でこの温度設定はちと寒過ぎるじゃろうのう

さて、「速さ」と重視するナコンチャイ・エアーの行程、昔は途中下車20分で食事タイムがあった。ところが、この二か月あまり、会社の方針変更により、途中下車しての食事は全て無くなったようだ。その代わりに弁当が出るようになった。

ミスター・タマワンが奥さんと毎晩、この弁当を作るのはすでに承知していた。私が乗った晩の飯は豚肉の炒め物だったが、唐辛子がたっぷり入ったタイ人用で、私には無理だった。その旨を伝えると辛くないソーセージにしてくれたが、食べられるような物では無かったので、結局、夕飯抜きという形になってしまった。

その上、以前は止まっていたバス停でセブンイレブンに寄る時間もカットされ、本当にスピード重視の経営方針となってしまった。バンコク到着は午前4時。一晩中、19度のバスの中に居たので体は冷たくなっていた。

異常なほどの室温は恐らくナコンチャイ・エアーのサービスの「売り」なのであろう。冷え過ぎるほどの室温なら文句が出ないと思っているのだろう。

まあ、「早くて、安ければ」それほどクレームも出ないだろう。サッコーン!











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2015年07月19日

もらいタバコで禁煙の誓いが破られる

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   誓いと理解の上に成り立っていた私の禁煙だったが・・・

5週間も見事に禁煙を守っていた私だったが、遂に昨日、この誓いを破ることになってしまった。やはり、環境というのは恐ろしいものである。

場所は繁華街。繁華街と言えば、レストラン、呑み屋が集まっている。そして、そこで8時間もうろうろしていれば、自然とタバコを吸う連中と一緒になる。

自分のプライドもあって、買えないタバコなら吸わないことがベターという意思で禁煙できていたし、他人にせがんでまでして喫おうとは思わなかった。

ところが、この繁華街ではまったく自分が無力になってしまった。そして、最も嫌らしいタクティック、つまり手法でせがんでいたのだ。それは、タバコを喫っている人と話をすることで、禁煙5週間ということを伝え、突然ニコチン中毒が襲ってきたと訴えているのである。ほとんどの喫煙者が憐れに思ってくれて、「一本どうぞ」とこうなるのだ。

最初の三度ほどは、タバコをいただいても火を付ける寸前に取り止め、中止してタバコを丁重にお返しすることができた。しかし、それを何度も繰り返すうちに心に隙ができていたのだ。「一本くらいは大丈夫だろう」。これが大きな「罠」だと習ったはずではないのか。

その一本が二本となった処で夜が終わった。意気地無しの自分の姿があった。








  

  





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2015年07月18日

義母とワイフとこの俺と

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   隣県の病院で手術をした義母

木曜日の晩遅く隣県の病院で手術を終えた義母が義兄の車で戻ってきた。朝、早く出掛けたので、それほど遅くならずに帰宅するものと思っていた。日中、自分のスケジュールを考えた時、閃いたのが来週を待たずの今週の内に出掛けるプランである。

家内から「家を出る」ように言われており、これ自体が約束を反故にした随分な仕打ちなのであるが、喧嘩してもしょうがない。ある意味、家内の言っていることは間違ってはいないのだから。ただ、問題はそのための時間を私に与えないことである。

本来は木曜日の晩、5時40分のバスで出掛けられるように考えていたのが、一日延期となった。出発を延期するように要請したのはワイフの方である。まあ、そんなこともあって金曜日のバスの手配を済ませ、時間通り、5時に出掛けることにした。

義母に「行ってきます」と挨拶すると「どこに行くんだ?」と詰問された。米国から友達がバンコクに来るので会いに行くと言い残し家を出た。

村中のバス停の店舗で遅れているバスを待っていると、目の前をワイフがバイクで通った。私は彼女を呼び止め、話をした。「あなたは祖母さんに俺のバンコク行きを話してないのか?」するとカミさん曰く「話はしてあるわよ」

だいたい、こんなものである。ワイフは家族のそぐわないなので家を出てくれと言っているし、祖母さんは「使えるうちは使おう」と留守や家事の手伝いをさせようという魂胆なのである。

まあ、ワイフと同意できたのは、この実家でこの大所帯の中に私の居場所は無いということであった。サッコーン!












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2015年07月17日

大雨にならない大市(タラート)

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   雨の季節なのか長靴が登場するような時期になりました

毎月2日と16日は大きな市場、大市が立つ日であります。もう、この村に住んで一年以上が経ちますが、この大市と天気の不思議な縁についてお話しましょう。

去年ほど雨が多く降らず、タイではむしろ旱魃の方が問題となっている昨今ですが、さすがにこの二週間くらい結構、去年を思い出させるような豪雨の季節となりました。

積乱雲が発生しやすく、大雨、雷雨、しかも長雨が急に降り出す季節となりました。一昨日も夜から降り出した大雨はずっと夜半降り続き、大市の立つ朝まで降っていたのです。

   15 jul 17-2.jpg
   客が出る午前中にはピタリと止んでしまう雨なのです

それが、午前中にピタッと止むのですよ。これが不思議なお天気さんなんです。まるで、お天気の神様がいらっしゃるようです。と、いうより此処パンナには住んでいませんから、市場の関係者たちが「天気の神様」を連れてくるのでしょう。

雨が降っていても市が立つまでにはピタリと止んでしまう不思議なお天気のお話でした。サッコーン!








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2015年07月16日

驚異的ペースで増えるファラン人口

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   白人の投資が急増しているタイ東北部イサーン

僅か一年の間に直感的であるが、ファランの人口流入が激増している雰囲気のサコンナコンである。隣県のウドンターニーにはファランの住む大きなコミュニティーがあると聞く。

以前であったスコッチから聞いた話では、ある村に住み着いたファランのカップルが友達を紹介して、越して来たら、次々と仲間が後を追い越してきて、遂には20世帯以上のファランコミュニティーになったと言っていた。

そのウドンターニーと国道22号線で結ばれたサコンナコンは距離にして130km程度なのだから、ファランがジリジリとこちらに向かって侵入してきているのは想像に難くない。

その多くが、完全なる移住ではなく、最初に居住となる住宅を建てて、現在は母国とタイを行ったり来たりしながら、将来的には移住するような形で動いているようだ。

やはり、それだけ田舎で建てる住宅は安いのだろう。これがマンションでもバンコク、パタヤ、ホアヒン、プーケットなどの一等観光地となると値が張るのはこの数年の出来事である。

それに比べ、田舎で建てた場合は少なくとも半分くらいの予算で大きな家を建てることが可能である。外人が快適に住めるような大きなコンドミニアム(マンション)となると300万バーツから500万バーツは軽く超えてしまうだろう。豪華なマンションは幾らでもあるが、幾らでも予算が必要となる。

外人の地べた所有はまだ認めていないはず(会社所有は別かも知らないが)なので、大概はタイ人奥さんの家族所有の土地に建物を建てる形となるので、将来的に売却なんてことは計算に入らないと考えた方が良いのだろう。

もっとも、多くの人間は投資目的ではなく、純然とした居住用の住宅として建てているようだが。これが実際にやった人間じゃないと分からないが、最終予算は当初の建築予算の4割から5割増しは普通のことであるから、そのくらいの覚悟はしておいた方が無難だと思われる。サッコーン!





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2015年07月15日

田舎の投資や商売も難しいよ

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   プラニン魚の養殖の盛んだが簡単ではない

フィッシュ、ダック、シープ。いったい何の話か分かりますか?そうです。田舎でのビジネスのお話です。さすがに農村ともなるとブリーディングが一般的なビジネスの対象ということになるのでしょう。

しかし、養殖も簡単なようでそうでもなさそうです。旱魃で雨が降らないと水の問題が起こります。当然ですが、病気にも罹ります。

アヒルもそうですが、なるほどタイ人がアヒルを飼っているのは少ないようです。先日、ファランの友人が始めましたが、市場のタイ人に聞いたら「あまり良い投資じゃないよ」と言ってました。

じゃがいも、パームオイル、タピオカ、最近は旱魃で値上がりしているライムなど農産物もあるでしょうが、最近は大家族が少なくなり人手が大変です。最低賃金も上昇してるし、経費が昔よりかかるようになっているのは事実でしょうね。

そんなこんなを考えていると、「労力を考えるなら高利貸しが良い」とばかりに飛び込むと、借主に逃げられたりしますからね。む、む、むずかしーいのはどこでも同じですね。







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2015年07月14日

自殺は家内の奨めでは?

   15 jul 14.JPG
   田舎の儀式である契は意味なんてあるのだろうか?

私の家内は奇妙な性格をしていて、時折、表現が100%真逆になる時がある。実に難しい性格なのだ。

最初の頃はこれほど酷くはなかったのだ。私は徐々に家内が謙虚にコミュニケーションの修練を積むと思っていたが間違いだった。人間が意志疎通を図ろうとする時、一番大事なことは「自身が自分の気持ちを正直に正確に表現できるか」に懸っている。これは訓練されていないと意外難しいもので、私は18歳の時、ショーラインカレッジでこの訓練を受け、指導者の訓練も受けている。

しかし、家内の方は英語も日本語も下手で語学のセンスが非常に低く、基本的にいうならず人間的幅が非常に狭い人間である。それが悪いとか非難しているのではない。誤解するタイプの人間はここですでに間違いを犯す。私の家内はその好例ともいえよう。

謙虚に現実を掴み理解することによって前に進むことができるはずである。しかし、ここで責められていないのに、見誤ることで理解できずに閉鎖的になってしまう。完全なコミュニケーション・ブレイク・ダウンである。

はっきり言ってこんな女とは付き合えないというのが結論である。なるほど、そういう意味ではこの一年を除き、ほとんどコミュニケーションが取れていなかったのが頷ける。つまり、昨日、今日のことではないというのが見えてくるだろう。

「イエス」が「ノー」で「ノー」が「イエス」であっても、その全てが完璧に反対を意図するなら構わないが、時と場合によって「イエス」と「ノー」の意味が入れ替わるとなると、これはもう理解不可能である。

ちょっと考えてみて欲しい。「今晩、どうだい?」と誘っても「ノー」と言われたら、どう受け取ればよいのか?これは「イエス」を意味するのか或は「ノー」を意味するのだろうか。男と女のこと、話さなくても分かるだろうという人もいるかも知れない。

話は別にセックスに限らない。「○○食べる?」食べ物でも同じである。

困るのは、こちらが返答しているにも関わらず、家内の態度が真逆なことである。こうなると、もう何が何だかまったく解らない状態となり、「言葉」は最早言葉の意味を為さなくなる。その上、この「イエス・ノー」クエスチョンに対し、返ってくる答えが「あなたはどう?」なんてなるともう画面真っ暗状態になってしまう。

たった今もそうだ。「あなた、今晩の夕食はどうするの?」と聞かれたので、「もう、済ませたから(今晩は食べなくて)いいよ」と返答しているのに、自分と娘の食べる分を用意しながら、「食べるなら(一緒に)食べたらどう」と言うのだ。

彼女は過去に前歴が何度もあるが、正反対を意味することが度々あった。

「あなた、絶対に自殺だけは考えないで頂戴」と何度も言われたが、今、考えてみると彼女の真意は全く正反対の処にあるのかも知れない。

俺に自殺されると自分は天国に行けないと信じている(らしい)家内の言動を素直に採ると(あなたに自殺されると)私は天国に行けなくなるので、そおしないで頂戴、とこうなる。

しかし、真逆に考えると、「もう離婚に調印したのだから、どうなっても良いよ。(逝くなら)勝手にしたら」とも聞こえなくもない。否、むしろそのように言われている気がしてならない。

7年前から金欠は分かっていたことなのだ。つまり、その間に十二分に対処する時間があったはずなのである。今、現実に問題となってしまったのは義父の急死によるものが多大な影響を及ぼしているのである。と、なると、過去の事を悔やんでみても恨んでも始まらないではないか。

どうやら、家内の恨み節は私のこの7年間の暮らしにあったようであるが、それは卑怯な理論だと理解できないのである。

元々、多くのタイ女性が持つ欠陥であるが、それは他人(旦那やボーイフレンド)の資金は自分の物だという感覚でいることだろう。これは私の元家内だけの話ではない。まあ、男女の話は縺れてくると想像も付かない終局を迎えることもあるので、慎重にことを進めなくてはならない。




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2015年07月13日

宝くじ3回当てた人物

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    同じ買うなら東京の宝くじ売り場の方がチャンスありと思うのだ

バブル崩壊後の失われた10年(実際は20年とも言う)は、すでにオープンしていたモーテルの経営に追われていた時代である。

抵当証券なる金融商品が銀行から提案され、その条件での貸し付けは先に行けば行くほど返済額が膨れ上がるバルーン(風船)と呼ばれる返済計画であった。

そんな事もあり、将来的な憂鬱さは約束された事態だったので、いつも「宝くじ」には関心があった。本来なら返済は商売の売り上げからなされるべきものである。そんな事は百も承知である。しかしながら、借金の金額(三億円)と返済スケジュールを見る限り、30年の返済は最初から見込みは無かったというべきであろう。

だが、それほどまで世の中はバブルで狂っていたのである。まあ、そんな時代背景の中で、私はよく世話になっている親友の不動産屋に出入りしていた。

そこで、出会ったA氏のお話である。まあ、話半分として聞いていただきたい。(もっとも、そういう話の仕方の方が信憑性があるのだが)。

私はその昔、ツアコン時代によく事務所のある茅場町から銀座まで出向き、わざわざ西銀座チャンスセンターで宝くじを購入していたのである。昔からこの西銀座チャンスセンターでは高額当選者を数多く出しており、すでに当時から超有名であった。

私は関東のローカル都市出身で、なるほど県内でも高額当選者は数えるほどである。つまり、どこで買おうと当選者が出ていないのである。そこへいくと、どれだけ多くの人を集めようとも、毎回、十数人という高額当選者がこの西銀座チャンスセンターから輩出されていたのである。

私の考えは、同じ宝くじを買うなら、県内で買うより、少し出費と時間が係っても此処西銀座チャンスセンターで買う方がチャンスがあるという考えでいた。何といっても実際にその売り場から当選者が出ているのである。

その時代から付き合いのある親友とはグループ買いなどもしたことがあり、西銀座チャンスセンターへ購入に出向く時は、彼の分も頼まれて購入したこともあった。

ある時、不動産屋の事務所で偶然A氏と一緒になった。お茶を飲みながら世間話に興じていたのだが、話題はジャンボ宝くじになった。私と親友はこの話題で盛り上がっていたが、
A氏は驚くほど冷静で静かに聞いているだけだった。

そして、しばらくしてA氏は事務所を後にした。A氏が帰った後、親友は「実はね、Aさん、ジャンボを当てているんだよ。」口止めされているので、「今の話、彼に直接しないでね」と念を押された。

しかし、その半年後、親友はA氏を前にして自分から大当たりを購入した件を話すことになった。何故ならそのA氏は一年の内、宝くじの高額当選を三度も果たしていたのだ。

私は話題が解禁になったのをきっかけにAさんにそれまで聞きたかった事を直接ぶつけてみた。

すると、「やはり」と思う答えが返ってきた。それは、ある程度まとまった金額の予算で、私と同じように東京まで購入に出掛けるというものであった。うーん、妙に納得している自分がいた。




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2015年07月12日

悪女房ではないはずだが・・・

    15 jul 12.JPG
    二人とも新しい出会いを探してパタヤに戻るような雰囲気に

まあ、物事が悪い方へ動き出すと、全てが坂を転げ落ちていくような場合もある。確かに人生、そんな人もいるのだろう。どうも、私の女房殿が「運の無い女」のようである。もっとも、私に言わせれば、考え方次第、女房殿は「無い物欲しがり」であり、「在る物を評価できない」人間なのだと思う。

「私が正しい」「私は間違いを犯さない」と大層な自信家である。私が「人生は生涯勉強だ」と言うと「私は全て習ってしまったわ」と返ってくるくらいである。

他人の宗教観をどうのこうの言わないのが私の主義なので、家内が仏教を信じ(もっともタイの仏教とはいったい何なのか私には分かりかねるが)宗教儀式に夢中になっても非難はしない。だが、全て、分かってしまったような口を利かれると可愛いという感じは全くしない。

決して悪い女房だとは思わないが、まあ、せっかくきっかけを造ってくれたのだから、また自由人に戻り、人生最後のチャレンジに挑むのも悪くはないか。カミさんもパタヤを目指し、私もパタヤを目指すのだ。二人とも新しいロマンを求め。(笑い)






ポイント

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ハワイオプショナルツアー


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posted by ラッキー at 00:21| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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