2015年05月19日

キャベツが150円じゃ安くねえじゃろ

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   田舎の村でキャベツ一個がB40じゃ高いだろう

先日、村中央にある市場へ行った。私は余りこの市場が好きじゃない。何故なら小口で買うので高くつくからである。家内はいつもこの市場を利用しているが、一年も住んでいると市場の値段の付け方がそれなりに分かるのである。

ジャガイモ、玉ねぎなど買い物客はだいたいが小口での買い物である。店側では朝市(この市場とは別の場所にある)で仕入れてきて、ここに並べるだけ。

必要だったので、キャベツを購入することにした。値段を聞いてびっくり。何と40バーツもするのである。すでに自分の感性ではB20、高くてもB30程度と踏んでいたので驚いた次第。現在の為替レート3.7円で掛けると148円と出る。

日本でキャベツが幾らくらいするのか調べてみると一個150円程度と出ていた。何とサコンの田舎村の値段は日本の値段と同じなのであった。サッコーン!



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2015年05月18日

ノイを見殺しにした真犯人

去る5月6日に失踪し、二日後の8日20時に遺体となって発見された愛猫ノイ。母猫テオが生んだ二匹の子猫の片方である。残ったクーンは元々、勝気な性格で判断が素早く行動も敏速だった。

ノイの急死を考えれば考えるほど、娘のネーンに憤りを覚える。理由はこうだ。

先ず、私は6日は午前9時に迎えに来た親友とゴルフに出掛けた。帰宅も割と早く3時半には戻っていただろう。母屋には寺から戻っている義母と娘と滞在中の息子がいた。

私は帰宅した後、テオとクーンを見たがノイの姿は見えなかった。仕事から戻った家内は夜になって初めて私と口を利いた。「あなた、ノイを見なかった?」

翌日は私は入管に用事があり、朝から出掛け、戻ったのは午後4時くらいだった。前日同様、娘は訪問中の息子と一緒に母屋でゴロゴロしていた。

そして、この日も姿が見えないノイを家内も私も近所を探しまくった。しかし、呼べど暮らせどノイは姿を見せなかった。

二日後の金曜日、母屋でゴロゴロしていた息子が外に出てきた。そして、急に私の所へ来た何か言った。実は私はこの息子の話す言葉が理解できないのであった。スラングがきつ過ぎるのと口調がとびっきり早口なので聞き取れない。

「ノイ」という言葉は理解できたので、「良かった、見つかったのか」と安堵したら、それがとんでもない間違いだと判明した。

長男ジェイクの家の裏で死体となって発見されたのだ。・・・・。惨い姿で見つかったノイのきれいだった顔は噛み付かれたせいで、その面影はなく、大量の蟻が体中を覆い尽くしていた。

ノイは両手を前に出し、抵抗する姿で見つかったのだ。

何故、私は娘が見殺しにしたといいたいのか。それは、この17年間、別れ離れとなっていた実兄との再会が、彼女を興奮状態にさせており、四六時中、二人きりでべったりしていたからだ。

つまり、精神的高揚状態にあり、普段からあれほど冷静な判断が下せる娘の関心、注意が疎かになっていたからだ。

兄が出てくる前は事があるたび、「テ〜オ、ク〜ン、ノ〜イ」など猫撫で声を出し、大そうらしく可愛がっていたのだ。それが無関心になるほど、兄との関係に執着していたということだ。

私が留守にした日、母屋の裏木戸も開いていた。そして、母屋には義母も娘も息子も甥もいたのだ。

すでに、長男の家の裏からどら猫が侵入してきてノイは二度も襲われているのだ。私が助けたのだが、この日もノイは絶対に助けを求めたはずなのだ。それを家に四人も居て気付かなかったのだ。

耳の遠い義母は仕方ないだろう。12歳の小学生の甥も仕方ないであろう。19歳の兄は訪問者である。これも無理には責められないであろう。

だからこそ、女のネーンにはもう少し注意を払う必要があったのである。彼女が女性らしく周りに対して注意を怠っていなければ、ノイの救出は絶対可能であっただろう。

少なくとも、命まで落とすことは無かったはずである。二度も襲われていたのだから、もっと慎重であるべきだった。留守にして家を開けていたのが悔やまれるノイの死である。合掌。



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2015年05月17日

予測がズバリ、半値以下

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   以前ロータスで買ったのと同じメーカー機種

パタヤ時代から長年使い慣れたドリップ式のコーヒーメーカーが壊れてしまった。先月、パタヤ訪問の時、北パタヤのロータスに立ち寄った時、値段をチェックしようと家電売り場へ行ってみた。

ところが、同じ型のOTTOは無く、高い製品ばかりだった。その後、ビッグCにも行く機会があったので、やはり家電売り場で確認した。すると、料金はB700であった。私の記憶では4、5年前にロータスで買った時はB600程度だったと思う。

金額を確かめると売り場を後にした。少し、考えたかったからである。

まず、買うことは善しとしても、田舎までのバスの旅、荷物になるのが嫌だった。そして、ビッグCとロータスなら県都サコンナコンにもある。同じコーヒーメーカーを売っているチャンスは大きい。と、すれば、値段であるが、パタヤより高い方の確率が低いと読んだ。何故なら、人口と年収を考えてもパタヤよりずっと低い田舎なので、安くなければ売れないはずだと考えたのだ。

そこで、「Take a chance」とパタヤでの購入は中止し、田舎へ戻ってから再度、この二軒を当たってみることにした。

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   フィルターはバンコクのダイソーでB60で買っておいた

先ず、先に向かったのが街中にあるビッグC。丁度、入管に用事があったので、その帰りに行ってみた。

有った。有りましたよ。最後の一つだったのだけど、丁度、在庫整理だったのか、値札にはB299と出てました。超ラッキーでした。係り員が近くに居たので正札で幾らか聞いてみました。すると、それでもB399だというのです。

つまり、パタヤのビッグCでB700の物が、まったく同じでB399、私は在庫処分のB299だったという訳です。つくずく、値段のチェックは疎かにできないと感じました。サッコーン!



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2015年05月16日

引越し一周記念の日

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   越してきた初日はこんな感じだったのか・・・

今日でサコンナコンにある家内の村に越して丁度丸一年となる。まだ、生きてるぞ!(笑)

この一年をふり返ると二つはっきりしたことがある。その一つは私と家内の結婚が失敗だったことと成功だったことである。

失敗だった点は、家内の頭脳の中に於いては私は家族の一員ではないということだろう。まあ、娘ネーンにしても甥のフェッチにしても自分の子供ではないので、家内の言い分は一理ある。

しかし、米国生活が長かったせいもあり、自分の子でなくとも、自分の子同様に接してきたつもりである。所謂「ステップ・ドーター」という奴である。初婚の旦那と二人の子供をもうけた家内であるが、娘が生まれるとすぐ離婚し娘だけを引き取ったのである。

長男は旦那が連れていったので、それ以来別れ別れだった。つい、最近までは・・・。

まあ、この関係については話が長くなるのと、現在続行中なので、後述する機会も多々あると思うので、ここでこれ以上述べるのは控えることにする。

成功だった点は只一つ。家内の実家に建てた書斎を確保し、最高とは言えないが棲家が確保されたことだろう。

その上、山の中の暮らしはできない私だが、村の中央から1kmの所にあるので、徒歩で自由に歩くことができる点である。もっとも、越してきた最初は行く場所もなくて(それは変わってはいないが)最悪だったが、バスを利用すれば県都サコンまで40分という距離。

元々、多くを望んではいないので、この引っ越しは成功だったと言えよう。

多くのファランがそうであるように、基本的に骨はタイで埋めようと思っているので、取敢えずはここまで生き延びてきた。サッコーン!



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2015年05月15日

多過ぎる食器類

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   家内も荒い物はとっておく習慣なので全員右え習え

我が家の問題点は物が多過ぎることと前に書いた。まったくもって私の観察力が正しかったと証明するようなことがあった。

行動心理学(Behavieal Science)ではないが、この家の住人たちは、全員「片付けることを後回し」にする習慣がある。もっとも片付ける前に「散らかす習慣」を忘れてはならない、が。

私は17歳に渡米し、米国の高校に通ったが、ホームステイした家での食器洗いは子供の担当で、長男、長女、次女と私が交代で毎日洗った。当時アメリカではすでに電気の皿洗い機があって、流しで軽く汚れを落とし、ディッシュ・ウォッシャーに入れるだけ。

洗い物と言えば、大きなフライパン程度で、それほどの労働ではなかった。簡単とはいうものの、家事手伝いは家族全員の務めであった。

それに比べると、この家には17歳の娘と12歳の甥が居るが、子供に家事を手伝わせない。実を言うと「言うことは言うのだが、子供たちが言うことを聞かない」と言った方が正解かも知れない。

たいがい、私がやっておいてやるのだが、今回は余りの酷さにあることを考え実行した。

全員、食べた皿をそのまま残飯も捨てずに、台所の流しの中、流しがすでに一杯だと、そこら中に置いてそのまま。蟻やハエで台所は充満している。

実際にあったことだが、反吐が出そうになったことも数回である。お昼に何か作って食べようかと思っても、台所で流し周辺を見ただけで、「周れ右」、とてもそんな気にならずに戻ってしまった。

今回、流しの中に二つ共、汚れた食器類で満杯だったので、流しで洗うことすらできない。そこで、家内がよくやっていた屋外の大きなタライに食器を全部持っていった。

そして、すぐには洗う気がせず、(水に浸してないので、食べ物が皿にくっ付いてしまっているため)、そのまま水に付けて放置した。

それから、約一週間くらいになるだろうか。何十枚とある食事用の食器はタライに入ったまま、誰も洗わないのだ。

その間の食事に使う分の食器はまだまだ、あるのである。甥が出家して居ないので、少しはきれいな居間になるかと思ったら大間違い。家内と娘だけでも十分に汚くする。

基本的にきれいさを保つ発想は無いので、片付けてもきれいなのは一瞬のこと。すぐさま、汚くなり、その状態がずっと続くのだ。一週間に一度程度、大掃除のような真似ごとをするが、やっても同じ。あまり意味はない。

さて、このタライに食器を入れたまま、放置しておくのは「正解」だったと思う。何故なら、残りの食器はすぐに洗わねばならず、次々と別の食器を使い放題にできなくなったからである。要するに我が家には「物が大過ぎる」という結論が正しいと証明できたのだ。サッコーン!

PS 実はこれを書いたのは先月。夏休み中に家族旅行で全員出掛け、私が一人で留守居をしていたのだが、家族が戻ってきて驚いたようだ。何故なら台所が綺麗になっており、流しの中には一枚の皿も無かったからである。

それ以来、多少片付けるようになった。10日間の滞在をしていた臨時息子にも皿洗いをやらせた。一番ダメなのは残念ながら娘のネーンである。



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2015年05月14日

異様に映る兄妹の添い寝

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   高校2年で初めてのサロン体験

17年ぶりの再会は「再会」というのは文字だけで実質上、初めて出会う兄と妹である。互いに長い年月、お互いの存在を気に掛けて生きてきたので、その出会いの嬉しさは想像に難くない。

しかし、すでに来月に19歳となる兄と17歳の妹は思春期である。仲の良いことは問題無いが、二人は「べったり」なのだ。

夏休み中なので、用事が無ければ家に居るのだが、テレビを前にして二人で添い寝している。

この間は長男の誘いで会食となったが、その時、乗ったジェイクのピックアップトラック。行きは私と娘と甥の三人が後部の荷台に乗ったのだが、帰りはどういう訳かそこに息子が加わってきた。

すでに夜となっていたので、娘は荷台に横になった。すると、兄の方も後ろから抱き締めるように添い寝しての御帰還となった。その様子はまるで「恋人」のようであった。

何しろここは「なんてったってタイランド」、このような行為に対して家内は何も言わない。或いは、何も気づいていないのかも知れない。

しかし、私からすれば、小中学生、12歳、13歳くらいまでならば兎も角、すでにハイティーンとなった兄と妹の行き過ぎたスキンシップは問題のように思うのだ。

もし、このような姿が第三者(友人とか)がいるところでやるとしたら、その第三者は単なる仲の良い兄妹のように考えるであろうか。

今まで、「頑張り屋」の印象が深く、それなりに感性を高く評価してきた娘だが、去年あたりから、娘の理想であった家族になればなるほど、精神的に弱くなっているように思える。

ここへきて急速に「出来の良い子」から「普通の子」に成り下がりつつある。成績も3.5から2.7に急降下。高校2年の「中弛み」も取り返すのは難しいと見ている。サッコーン!



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2015年05月13日

「多極化への捨て駒にされる日本」より

GWも終わり、安倍首相の訪米も無事終わってほっとした感のある日本であろう。評論家の中には絶賛する者もいれば、すでに役に立たない日本のメディアの論調では全体像は全く見えてこないのではないだろうか。

そこで、非常に分かり易く今回の安倍首相の訪米と議会演説のもつ意味を全体像として詳しく説明してある記事をお伝えしたい。詳しくは以下全文をお読みいただくよう希望します。

1. 何故、反安倍だったオバマと議会が急に安倍を招待し、演説させたのか?
2. 官僚が牛耳っている日本では政治家は役者でしかない。国民不在。
3. 米国の戦略は幾通りも用意されており、どのシナリオでいくか、誰が決めているのかという点
4. ドル崩壊への予兆と将来像
5. 覇権構造の変化と日本の位置


多極化への捨て駒にされる日本
2015年5月10日   田中 宇


増田俊男氏のブログでも取り上げられていますが、いよいよ今年から来年に掛けて、ドル体制が崩れる時期になったようであります。

安倍首相の米議会での演説が「何かを成し遂げた褒美」ではなく、「これから支払わされる代償」のためだとする説の方が正しいと考える方が正論でしょう。

日本のテレビ、新聞はもう存在価値はまったく無いとネット社会では痛感せざるを得ません。国民不在の安倍首相の手法は何らかの形で日本国民を後悔させるような事態を招くのではないでしょうか。日本が危ない!



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この暑さに毛皮では堪らない

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   連日の猛暑でグロッキー気味のクーン


愛猫ノイの急死も癒えぬ中、残ったもう一匹の子猫クーンが愛おしくてたまらない。

臆病だったノイと違い、クーンは少々「獰猛」なくらい勇敢である。(恐らく父猫だと思うが)襲って来られると素早く逃げるのはクーンであり俊敏さもノイとは違った。

家内が朝起きると一番先にするのが、母屋の裏木戸と正面の玄関を開け、猫を解放することである。

私が起きて書斎のドアを開けると、嗅ぎつけたクーンがイの一番に飛び込んでくる。そして、書斎の机の下に敷いてある絨毯で爪を引き掻くのである。それから、私の顔を見ると「ミャオ」を連発して白魚を強請るのである。

私は自分の非常食のおかずにパタヤからいつも白魚を買ってくる。これが、猫ちゃんたちにも気に入られ、強請られるようになってしまった。

母猫のテオと死んだノイは白魚を指に挟んで餌付けしても、私の指を噛まずにスマートに食べるのだが、食い意地の張ったクーンは私の指も食べようと噛み付く。苦笑いしながら、直接食べさせるのを諦め、白魚を一つまみタッパーから取り出しフロアに置いてやる。

クーンは猫のくせに犬のような声をグルグル言いながら頬張るのである。

餌を食べ終わったクーンはマッサージが大好きだ。猫好きの方は知っておられるだろうが、いつも自分の体を舐めて匂い落としをしている。綺麗好きと言われる所以だ。

私が背中からお腹をさすってやると大喜びのクーン。顔や首周りも摩ってやる。気持ちが良いのだろう。私はいつも「クーン、これが気持ちいいのか?」と話ながら摩るのだが、いつも、これに続く言葉がある。

「(毎日)暑いね。そうだよね、なんてったって(この暑さなのに)毛皮を着てるんだもんね。」

猛暑の毎日、猫も自分の毛皮が鬱陶しいのではないだろうか。サッコーン!



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2015年05月12日

思春期の兄妹間のケミストリー

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   17歳の娘を見ていると妙なケミストリーを放っている

生まれてからずっと会ったことがなかった兄ノンと妹のネーン。兄がもうすぐ19歳、娘は二月に17歳になったばかりだ。

まだどちらも「恋愛」などしたことが無いようなのだ。しかし、思春期ともなれば自然と「恋心」が芽生えてもおかしくない年頃である。

私にはこの兄妹間に存在するある種の「ケミストリー」を感じ取っているが、どうも家内はそれに気付いていないようである。

タイの場合、男の方が要注意ということはない。かなりの確率で女の方が積極的に出る場合も多々あるようなのだ。

以前、やはりタイ人奥さんと結婚しているファランと話をしていて、面白い話を聞いたことがある。

やはり、甥っ子と姪子の話となった時のことである。奥さんの姪が二人、中学生くらいで、甥の小学生と三人で寝ることになったらしい。

これはその時、ファランの親友から聞いたことであるが、その奥さん曰く、「年頃だから気をつけないと危ないのよね。」

それに対し、親友が言った。「一体何を考えて言ってるの?まだ、坊主は小学生じゃないか!」

すると、それに対し奥さんが言った。「甥の方じゃないわ。私が心配するのは姪子の方なのよ。」それだけ、女の子が積極的だと言う意味だと親友は笑った。

私もこの話を聞いて笑っていたが、娘の興奮度を考えると笑ってもいられなくなってきた。なんてったって此処はタイランド、暑い国なのだ。サッコーン!



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2015年05月10日

ショックが癒えない愛猫ノイの死

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   いつも一緒だったクーン(右)とノイ

一昨晩は愛猫ノイの死を受け入れることができなかった。大の猫嫌いだった私が初めて好きになったのが母猫のテオ。本当に「品が良く、大人しい」雌で義母が出家していた寺から家内がもらってきた。

我が家に来たのが9月で、すぐに妊娠したようだ。家内はずっと「食べ過ぎで太った」と言い続けていたが、私は懐妊だと言い続けていた。そして、12月13日、旅から私が戻るのを待っていたかのように翌日、無事子猫二匹を出産した。

最初に出てきたのが、クーン。二番目が死産で三番目の子がノイ。四番目も死産であった。クーンは最初からしっかりした大きさだったが、ノイは小さな子で臆病だった。

小さくて可愛いノイを私は可愛がった。同じ皿で餌を食べる時、二度、三度、クーンがノイの顔面を引き掻いているのを見つけたので、クーンを叩いて叱った。それ以来クーンは私に用心するようになってしまった。

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   私が書斎に猫を入れるのはノイが初めてだった

一方のノイは甘えん坊で私が白魚の餌をやると「ミャオ、ミャオ」と甘えるような声を出して「お魚頂戴」と強請るのであった。

母猫テオは初めての出産で子育ては大変だったと思う。成長するまで、二匹の子猫はテオの乳を飲んで育ったが、三カ月くらいからかキャットフードを食べるようになっていた。

それにしても、子猫がこんなに可愛いとは思いもしなかった私である。クーンとノイの姉妹(実は兄弟らしい)は二匹で遊ぶのが大好きで、テオと子猫二匹とも、私にとっては特別の猫であった。

クーンは自分の便の片付けが下手で、匂い消しも途中で止めてしまうが、そのクーンの便の処理をノイは何度も手伝っていた。勇気のあるクーンは母猫の後を真似してジャンプしたり、飛び移ったりしたが、臆病なノイはよく失敗していた。

最近はクーンが懐いてくれてずっと一緒にじゃれていたが、まさかノイが突然死するなど誰も思っていなかった。子猫二匹はセットのようなもので、ノイの消失のショックはしばらく心の傷として癒えないだろう。サッコーン!



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2015年05月09日

これが「日本の真実」

本来は「これも・・・」とすべき所だろうが、私は敢て「これが・・・」とする。

かなり昔、そうだなあ戦後から昭和40年代くらいまでの日本はもっと「人に優しい」社会だったように思う。高度成長期を経て、団塊の世代が親となり、少子化と核家族の社会の出現、弱肉強食が当たり前の社会となった日本。

少子化、核家族となってしまえば、高齢者が頼れるのは「お金」だけとなる。女性は何とか遣っていけるものであるが、男はそうもいかない。惨めな暮らしが待っていることになる。懐も貧乏なのだろうけれど、精神的落ち込みは想像を絶しがたいものがあるだろう。

私がタイを移住地に選んだ理由の一つがこの辺にある。時代の変化を予兆していたからである。



仕事内容はウソ、奴隷並みの扱い...中高年の派遣労働のブラックすぎる実態を体験ルポ!
 多くの大企業が新卒採用には意欲的と伝えられている2015年の日本。しかし、中高年になればなるほど、厳しい労働環境が待ちうけているのは変わらない。
 リストラで正社員の地位を追われた。老親の介護のために会社を辞め て田舎に帰った。賃金カットで住宅ローンが払えなくなった。年金が少なくて生活できないなど様々な事情で困窮する中高年だが、「へたに中高年を採用すると 売り上げに響く」という説がまことしやかに囁かれ、ひとくくりに忌避される。時給1500〜2000円といった好条件の職場は「中高年はお断り」で、すん なりと採用されるのは時給800〜900円といった低賃金の警備、清掃、介護ばかりだ(警備、清掃、介護は「三種の辛技」と言われている)。
 さらに、経済的に困窮する労働者の足元を見て、大ウソの就業条件をうち、低コストで人集めをする企業も多い。劣悪な労働環境で働かざるをえないのだ。
「扱うモノがモノなので女性が多く、明るく楽しい職場ですよ」という謳い文句で集めた「化粧品の検品」。ところが、現地に行ってみれば、真っ赤なウソで、実際には、大手印刷会社の倉庫内で5時間えんえんとカレンダー作り......。
「お菓子の工場での製造補助。女性に大人気の職場。パティシエにお菓子作りを教えてもらっちゃいましょう」という洋菓子工場の仕事。ところが、現地に行っ てみれば工場街の一角にある灰色の建物、実際の仕事は消毒液の塩素ガスがたちこめる密室内でひたすら6時間、イチゴのヘタとりをさせられた......。
  ウソが横行する派遣の広告と、ウソと気づいても働かざるをえない中高年労働者の現実に迫ったのが、『中高年ブラック派遣 人材派遣業界の闇』(中沢彰吾/ 講談社現代新書)だ。元毎日放送アナウンサーという異色の経歴を持つ58歳のジャーナリストが試験監督・学会運営補助・検品などの日雇い派遣バイトを自ら 体験し、労働法無視の奴隷労働の現場に迫っている。
 たとえば、さきほどの「化粧品の検品」と騙って集められた「カレンダー作り」は、タコ部屋同然の監禁労働だ。
「派遣はエレベータ使用禁止」のため作業場のある5階に駆け上がり、点呼の際には、事務服姿の若い女性から、「(返事が)聞こえねえよぉ。声は大きくって いつも言ってんだろ」と罵倒され、ベルトコンベア前に並んで1個25秒で卓上カレンダーを作成し続けなければならない。午後5時から5時間の勤務で私語厳 禁。休憩は2時間30分後に15分間のトイレ休憩のみ。体調不良で作業場から出ようものなら、欠勤扱いになるのだ。
  派遣会社で聞いた仕事の内容が違うと若い作業監督にクレームをつけようとするも、「言い訳するな。二五秒で一つできなければ欠勤扱いだからな」と刑務所の 看守並みのドスのきいた低い声でドーカツされ、やむをえず作業を始めても、作業監督から「いい年して、どうして人並みのことができないんだ!? いったい ここへ何しに来てんだ」と怒声を浴びせかけられる......。
 これだけでも十分にブラックな現場なのだが、さらに異様なのは、押し黙って働いている70人ほどの多くが中高年ということだ。一方で派遣先のスタッフは若く、自分の親とそう変わらない年齢の中高年の派遣労働者を罵倒し続けるのだ。
「作業場の監督は『おまえらが二五秒で作らないと、うちは赤字なんだよ』と何度も繰り返していた。私はとうとう最後まで二五秒以内にはできなかった。当た り前だ。どんな作業かあらかじめ知らされておらず、老眼鏡も持っていないのだから細かい手作業などできるわけがない。タコ部屋に連れ込むために真実を隠 し、その結果、ぜんぜん能率が上がらない。悪意に満ちた労働現場。二一世紀の日本でこんな働かせ方をする職場があることに驚いた。貧しい途上国の幼い子供 を酷使する工場にも似た光景(略)簡単に調達できる時給九〇〇円の中高年をこき使ったほうが儲かるのだろう」(同書より)
  こうしたウソの募集に対しても、人材派遣会社は見てみぬふり。契約先を失いたくない人材派遣会社が労働者の側に立つことはない。常に派遣先のクライアント 企業の立場で行動する。労働者派遣法は2012年の改正で派遣労働者の保護を一応、打ち出しているはずだが、実態はあいかわらず、派遣労働者はピンはねす る対象でしかない。
「人材派遣会社にとってはクライアント企業に機械的に労働者をあてはめていくスピードが勝負だ。クライアントの求めに応じてとりあえず出せる人数を通告する。労働者の名前等はあとで連絡するが、これは出欠や勤怠確認などの事務手続きのためだ」(同書より)
 人材派遣会社は圧倒的な安さで事業入札を次々落札し、すでに政府や大企業に深く食い込んでおり、人材派遣が問題視されることはほとんどない。
「問題のある派遣会社の顧客リストには驚くほかない。最高裁判所、法務省、厚生労働省、国土交通省、財務省、総務省、文部科学省等の中央官庁。全国の地方 自治体が運営する美術館や大ホール、運動場などの公共施設。新聞社やテレビ局などの大手マスコミ、大手通信会社、大手金融機関、大手小売、大手製 造......世間から真っ当と見られている団体、企業がこぞって人材派遣会社の繁栄を支援している。歪んだ労働市場に寄生し、中高年を低賃金の奴隷労働 で酷使し、ピンはねで肥え太る人材派遣......彼らの増殖と繁栄は底辺の労働者のさらなる困窮と表裏一体であり、日本社会の創造的な活力を削いでいる のではないか」(同書より)
 いまや、2000万人を超えた非正規労働者のうち、6割以上が40代以上の中高年だ。タコ部屋同然の監禁環境下で使い捨てされるのはあなたの両親であり、あなた自身かもしれないのだ。
(小石川シンイチ)



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2015年05月08日

惨殺されたノイ

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   私の書斎の窓の外で甘啼きするノイ

一昨日の朝から二番目の子猫ノイの姿が見えなかった。私はゴルフに出掛けたので、午後4時頃帰宅したのだが、猫の姿は一匹も見ていない。

早く帰宅した家内が家族に聞いたようだが、母猫テオと長女クーンは居たがノイの姿が見当たらないという。

私がノイの失踪を知らされたのは夜遅くなってからだった。夕食後、私は入口付近で白い猫を見たので、てっきりノイだと思ったのだが、その猫は近所に逃げて行ってしまった。

家内が何度も尋ねるので、私は100%確実にノイだと断言できないと言って、皆で屋敷内から外まで探し回ったが遂に見つからず、昨日になってしまった。

私は90日レポートの手続きがあり、朝から県都サコンナコンに出掛け、午後遅く帰宅した。丁度、塾から甥子を連れ帰った家内にノイの所在を聞いたが、まだ分からないとのことだった。

そして、滞在中の息子と娘が探していたところ、何と長男ジェイクの家の裏手で惨殺された死体となって発見された。

近所に犬は居るが敷地内にはあまり入って来ることはない。もし、あっても私の書斎と母屋があるので、一番奥のジェイクの家まで犬が入って来ることは滅多にないのだ。

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   母猫テオに似て美ニャンなノイは父猫の刃にかかったのか?

やはり、犯人、いやこの場合人ではなく、犯ニャンはあの茶色の父親猫ではないのだろうか。以前も二度ほど敷地内に入ってきて、素早いクーンは逃げのびたが、か弱いノイは恐怖感で縮こまってしまい、側溝のドブに中で真っ黒く泥だらけにされていたことがある。

二度とも私が気付いてドブから救い出し、急いで水浴させてきれいにしたのだ。そのノイがジェイクの家の裏で襲われたのだろう。顔面に噛み痕が残り、すでに大量の蟻たちの餌食となっていた。

発見者の息子ノンが私に報告に来た。家内と一緒に急いで現場に行って確認したが、きれいだったノイの顔はノイと確認できない状態だった。涙ながらに遺体をビニール袋に入れ処分した家内。

去年の12月13日、誕生以来、づっと一緒だったクーンとノイ。私の好みは白くて可愛いノイの方だった。ヤンチャなクーンは最近になって凄く懐くようになったが、それでもか弱いノイは私の贔屓だった。

茶色のどら猫が敷地に侵入していたのは、知っていたのだから、もう少し用心すべきだったのだろう。

だが、家内と私ほど子供たちは気遣いはない。義母が戻っていて、見つかった息子が滞在中といつもの家族構成では無いのも、この事件に無関係だったとは思えない。家内の次兄の事故死に始まり、義父の銃殺、そしてノイの惨殺。

やはりこの家族は「呪われている」のかも知れない。サッコーン!



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2015年05月07日

近親相姦を予感させる兄妹

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   兄弟愛は良いのだが、思春期なので心配するのだ

17歳になった娘と12歳の甥の二人の子供が同居している。一つ屋根のタイの家で暮らしているので、この甥の成長度を心配していた。事実、最近よく股間を手で掻いているのを目撃していた。

そろそろ勃起の経験と夢精を体験する頃であろう。実家では長男ジェイクが出入りしており甥のフェッチにとっては伯父である。そういう質問を甥がジェイクにするようには思えない。

「オトウサン」である私にしても父親というような存在では無い。何かあれば助けにはなってやりたいと思っているが、甥の方でそう思わない限りこちらからアクションを起こす気はない。

そんな訳で甥と娘を心配していたら、もっと大変な問題が出てきた。それは生まれてから別れ別れになっていた二歳年上の兄の所存が分かり、復縁を果たしたことだ。

幸い長男ノンも真っ当に成長していたのだが、恐らくまだ恋愛関係は持ったことが無いようだ。そして、娘の方はずっと憧れていた兄と交流が持てることで浮き足だっている。半興奮状態なのである。

勿論、娘の方も恋愛をしたことは無く、この二人を見ていると当然ながらある種の「愛情」を互いに芽生えさせている。冷静に思っても、それは単なる私の焼きもちではない。

仕草といい、会話といい、丁度恋愛中の恋人のようなのだ。勿論、この二人の兄妹が一気に関係を結ぶことは考えられないことだが、感情的にはすぐそこまって来ているような雰囲気はある。サッコーン!



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2015年05月06日

留学先まで真っ直ぐ行かず

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   出会った当時、キャロリンはまだ中学生

昨日は42年前の子供の日が私の留学記念日だと書いた。真っ直ぐシアトルを目指さず前年にディズニーランドで知り合ったコリーンを尋ねてロスに立ち寄ったのだ。

迎えに来てくれる予定ではなく、空港から電話する約束だったが、コリーンは母親と妹と共に空港まで出向いてくれ、待っていてくれた。

事前に手紙でお祖母さんが来るので、私はソファに寝る予定だったが、お祖母さんの方がキャンセルとなり、一室貸してもらえた。

確か二泊くらい泊まらせてもらい、次の訪問地としたサンフランシスコへ飛ぶ。実は当時、航空券の値段は飛行距離で決まっており、その距離内ならどのセクターを飛んでも自由だった。

すでに当時から研究していたので、私はそれを知っていたので、東京−シアトルと飛ばずにその料金で東京−ロス−サンフランシスコと切符を買ったのである。

シスコには同郷の安蔵幸子さんがいた。彼女は高校卒業後、シスコの家庭でメイドとして雇われ私の渡米と同期だった。ロスからシスコの空港に着くと安蔵さんが雇い主のご主人と迎えに来てくれた。

シスコで数日過ごし、別途シスコ−バンクーバーのチケットを買い、日本で知り合い何度もデートしたキャロリンに会いに行くことにした。

実はキャロリンとの出会いは高校の学園祭。高一の時、三年の先輩がキャロリンとキャシーを連れて案内していたのだ。私は先輩の付き合っている人だと思わず、遠慮せずキャロリンに住所を聞いた。

当時、彼女は勝田市に住み、東京の学校(インターナショナル・スクール)に通っていた。

文通をしながら、彼女が家に帰ってくる度にデートを重ねていたのだが、私がYMCAの米国語学研修の旅から戻るとカナダへ越してしまったのだ。

つまり、キャロリンと会うのもそれ以来だったのだ。まだ17歳でろくに英語もできなかったが、度胸はあったのだろう。バンクーバーの空港からキャロリンの家までイエローキャブに乗り、住所を頼りに送ってもらった。

やっとの思いで到着したキャロリンの家だったが、残念ながら留守で誰も居なかった。17歳の坊主が遥か日本から一人でバンクーバーにやって来たのに、留守では仕方が無い。しかし、他に行く当てがある訳じゃない。

待っているより方法が無いので、キャロリンの家先に荷物を置き、芝生の上で待っていると隣家の子供がやってきた。

「何してるの?」とか会話になったに違いない。パターソン一家が戻るまで、その子の家で待つように招待してくれたのだ。本当に人間って素晴らしいよね。

しばし、待っているとやっとキャロリンと家族が戻って来た。嬉しかったねえ。そして、数日、バンクーバーを案内してもらい、そこからグレイハウンドのバスでシアトルへ向かった。

ワード家の両親と娘たちがバスステーションまで迎えに来てくれた。だが、ワード家のママは私がほうぼう友人を訪ねて歩いてからやって来たことを快く思っていなかった。つまり、最初からワード家での悲劇は決定していたのかも知れない。



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2015年05月05日

アメリカ留学記念日

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   祖父母も駅まで、親友たちは羽田空港で見送ってくれた

1973年5月5日、子供の日、県立高校3年になったばかりの私は全部、手続きを自分でやり、誘いがあったワシントン州カークランドのワード家にホームステイしながら、ボッセル高校に通うことになった。

出発の前日は学友共が泊まりに来て、皆で祝宴を挙げてくれた。その流れで、地元の駅から都内へ入り、モノレールで羽田国際空港まで一緒に行き見送ってくれた。

私はつくづく友に恵まれている。本当に心から神に感謝している。当時はまだ留学できる学生などほとんど居なくて、私の高校から留学したのは恐らく私が初めてだと思う。

普通なら焼きもちや妬みから、嫌味を言いそうな友人も一人くらいは居るだろうが、私の親友・友人たちにそういう小さな心を持った者は一人も居なかった。本当に気持ち良く送り出してくれた。

高校3年になったばかりの4月の半分は学校に行けなかった。(本当は行かなかった)何故なら、留学ビザの申請(パスポートは前年すでにYMCAの語学研修で取得済み)は藤田観光で聞いて自分でやったからである。

当然、藤田観光に頼めばやってもらえたが、それだと手数料を取られる。両親になるべく負担を掛けたくなかったのと、親友・友人たちが後続組となって留学する場合に手助けとなれるようにとの思いから、自分で大使館へ赴き自力で取得したのである。

アメリカの学校は9月が新学期なのは知っていた。つまり、5月に渡米しても高校2年に入るようになるのだ。日本ではすでに3年であるから、半年ほど遅れることになる。

そこで、高校に編入する前に私は真っ直ぐ目的地であるシアトルに飛ばず、ロスに行くことにした。ロスにはディズニーランドでバイトをしていたコリーンと友達になっていたからだ。

帰国してからコリーンと文通していた私は留学の折り、ロスに立ち寄るので数日間、泊めていただけないか?と聞いてみた。すると、コリーンから返ってきた返事はOKだった。

当時、まだ子供が一人で飛行機に乗って旅行しているような時代ではない。1973年である。ロスの空港に着いたら電話するように言われていたので、到着荷物のカーセルで荷物が出てくるのを待つ間に公衆電話からコリーンに電話することにした。

近くにあった公衆電話を受話機を取り、番号を廻しながらカーセルの方を見るとお母さんと見られる女性と若い娘二人が私の方を見て会話していた。

「ふ、待てよ」私は呼び出し音に返答が無い電話を置き、その女性たちの方へ向かって歩いて行った。「コ、コリーン?」と言うと先方も笑顔で頷いてハグしてくれた。

大人の女性はコリーンの母で若い方の子はコリーンの妹だった。私がコリーンと出会ったのは前述した通りディズニーランドだったが、コリーンの家はすぐ近くのオレンジカウンティーにあった。

お祖母さんが訪ねて来るので、私はソファに寝る約束だったが、それがキャンセルとなり、彼女が寝る予定だった部屋を用意してくれたベッドで眠ることができた。

米国留学、渡米第一日のことであった。(続く)



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2015年05月03日

これぞ田舎暮らし!朝六時からモーラム全開

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   途中で一緒になったタマワンさんの案内で

昨日は月二回の大市の日。早朝、拡声器から例のアナウンスが聞こえてきた。六時前である。

そして、それに続いて長男の家の後の方からタイ独特の音楽モーラスが聞こえてきた。私は8時過ぎにタラート(大市)に出掛け、戻ってきてもまだモーラムは続いていた。

何をやっているのか分からないが、方角が馴染みの方向ではない。家内も子供たちも出掛けてしまい、留守は私と義母の二人。

家事などを片付け、義母と談笑していると話題がモーラムになった。何処で何をやっているのか聞いてみたが、義母の説明に私は理解できないでいた。すると、近いから行って来いと義母が薦めた。

丁度、甥の自転車があったので、行ってみることにした。実は聞こえてくる音楽から「もしかするとモーラムダンサーが居るかも知れない」という淡い期待があったのだ。

私はすっかりモーラムダンサーに魅了されている。もう彼此7年くらいになるだろう。パタヤのセカンドロードで至近距離から見たモーラムダンサーには散々笑わせてもらった。

近所の駄菓子屋を右に曲がり、次の角をまた右に曲がると後ろからバイクがやってきて、私を見るとスピードを落とした。運転していたのはナコンチャイ・エアーのエージェント、タマワンさんであった。後部座席に連れを乗せていて、村の祭りに出掛けるところだと言う。私もそうだと分かると「後を付いて来い」と誘導してくれた。

行ったことのあるような、無いような場所に特設会場が作られ、バンドのリズムに合わせシンガーの男性が声を張り上げていた。

タマワンさんは私を案内してくれ、それが「村のレジェンドを祝う祭り」だと知った。毎年、この日に祀りの儀式をしてモーラム大会が行われるという。

タマワンさんは一番奥のテント下まで私を案内すると椅子を美女の隣に用意してくれた。「この人は私のボーイフレンドです」と彼女にも分かる冗談を飛ばした。

愉快だったのは、彼女が慌てて「私はボーイフレンドじゃないです。」と自分は男性でないと必死に否定していた。

トランジスタグラマーな彼女はジャケットの中のタンクトップから豊かなバストを覗かせていた。そして、左側の乳の内側に蝶々のタトゥーを彫っていた。

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   朝からなので正午には皆相当酔っぱらっていた

村人たちは50名くらいと若干少なめであったが、すでに真昼間から酔払い、ステージの前では野郎どもが5、6人踊っていた。

すぐ目の前のテント下では若い女性たちが小母さんたちに混じり、強烈なモーラムダンスを披露していた。

コーラをご馳走になり、タマワンさんに礼を言い、会場を後にしようとステージ前を横切ると、何としたことか、ホッとパンツにビキニトップの出で立ちのダンサーが突如現れた。私が見たかったのはこれなのだ。

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   おひねりを渡すのはダンサーの手を握るためである

ステージ前で野郎どもが元気に踊っていたのも、このダンサーたちがお目当てなのだった。皆、盛んに好きなダンサーにおひねりを手渡していた。これぞ「田舎暮らし」の真骨頂を観た気がした。朝、6時から全開のモーラムは夕方6時までの長丁場の宴会だ。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:36| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月02日

旦那から小父さんへ格下げ

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   家族の再会は喜ばしいが、俺の居場所はどうなるの?

できた息子である。もうすぐ6月で満19歳を迎える家内の倅である。息子が二歳、娘ネーンが生まれてまもなく離婚した家内は娘だけを引き取った。元タイ人の旦那が息子を引き取り育てたのだ。

私は昨日が息子と初対面であったが、中々の好青年で本当に安心した。帰り際の挨拶では私の事を「小父さん」英語でアンクルと呼んでくれた。

すでに娘にとっても私はタイ人のお父さん「ポー」ではなく、日本語の「オトウサン」であるのだから、呼称はそれほど問題にならないのかも知れない。

元旦那はすでに50歳で家内の40歳と比べると丁度私まで皆10歳年違いである。元旦那の方も昨日が初対面であったが、好印象を持った。恐らく相手も同じように感じたはずである。

元旦那は私も一緒にノンカイに来るように薦めてくれたが、生憎、こちらは家内が誘ってくれた訳でもなく、家族四人(プラスフェッチ)で水入らずの時間を過ごしたいのだろうと遠慮した。

それにしても、離婚して父親が居ない娘のためにという口説き(家内)もあり、結婚したのだが、ここへきて急に兄と父が出現したのだから、一番、戸惑うのは私であろう。

娘は感受性が豊かですでに、この家族の再会について話をする時に、「お父さんが好きだから心配しないで」てなことを言ってくれているのだ。

そこへいくと家内の方は店に飾ってあった私と二人の写真も奥の冷蔵庫の方へ押しやられ、携帯の写真なども全て息子と娘、元旦那となってしまった。

なんだが、息子が言った「小父さん」という言葉が家内が言っているように感じられ、私は旦那から小父さんに格下げされたような気分である。これから、どのようになっていくのだろう。まさか、私の早い「退去」を望んでいることはないのだろうけれど。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:23| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月01日

死者より生者の慰め?

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   一般大衆にはモラルの欠片も無いのが某国でしょう

葬儀でストリップショー横行 中国各地の農村部
[2015年4月28日17時16分]
 中国各地の農村部で葬儀の際にストリップショーを開くケースが相次いで見つかっている。
 死者を“慰め”たり、多くの参列者を呼び込んだりするのが狙いとみられるが、政府は葬儀の行き過ぎた娯楽化は「社会のモラルを乱す」として摘発強化に乗り出した。
 河北省邯鄲市の村で2月に営まれた高齢者の葬式で、「赤いバラ歌舞団」と名乗る集団が木管楽器チャルメラを吹くなど大騒ぎした後、女性メンバーによるストリップを披露。同月、江蘇省宿遷市での高齢者の葬式でもストリップショーが開かれた。
 いずれも地元公安当局が公共秩序を乱したとして集団の責任者らを摘発、行政拘留処分とした。
 中国では葬儀への参列者が多いほど死者への弔いや尊敬の気持ちが示せるとの考え方があり、報道によると、ここ数年、同様の事案が各地で横行しているという。
 中国文化省は23日、こうした風習が秩序の悪化につながるとの危機感を表明。「“ストリップ”など違法行為を発見した場合すぐに法に基づき取り締まる」との通知を出した。
 中国の農村部では近年、社会主義化や大規模政治運動「文化大革命」などの影響で、伝統的な手法で祖先を尊ぶ風習は廃れた。インターネットメディア 「澎湃新聞」は葬儀の娯楽化の背景について「農村部では宗族伝統が破壊された後、経済力への崇拝が取って代わったのかもしれない」と分析した。(共同)



中国も愉快だね。「こうした風習が秩序の悪化につながる」云々とは、これもまた愉快。悪化につながるのではなく、すでに悪化した状態なんでしょう。

まあ、役人の出鱈目さはどこの国へ行こうと同じことですね。

タイでも中国人のマナーの悪さが避難を浴びるけれども、本当に「お行儀が悪い連中」なんですよ。でも、私なんざ、散々中国は行っているので、彼等が国内でどんな作法で生きているのか知っているから、今更驚かない。

もっと、言えば、中国人は海外に団体で行って欲しくない民族ですな。ところが、どの国でも観光客の落とすお金が魅力で、一生懸命、誘致するのですね。

「武士は食わねど爪楊枝」とはいかない資本主義の汚点ですかね。それにしても、「死者の御霊を慰める」といいつつ、慰めるのは生存者でしょうね。愉快、愉快。



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posted by ラッキー at 00:14| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | パタヤから発信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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