2015年04月30日

テーマは俺の「死後」

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   俺の死後がテーマの家内

娘が生まれてすぐ離婚した家内は娘を引き取り、前夫が息子を引き取った。息子は当時2歳くらいだったのだろう。

息子を手放したことが家内にとってトラウマとなっていたのは、私も付き合い始めから知っていた。

フェイスブックで偶然、見つけたのかと思ったら、そうではなく、家内が娘に促して探すように指示していたようだ。そして、一カ月ほど前に実兄を娘が探し当てた。

20年ぶりの再会はこうして叶ったのだ。それ自体は本当に喜ばしいことだが、これから先の関係を思うと、私の立場は微妙である。何故なら、全てが「私の死んだ後」を想定して動いているようだからだ。

まあ、死んだ後、家族で仲良く暮らしてくれればそれで良いのだろうが、「先の心配」ばかりして、現在(今)を楽しめない家内の生き方は変わることはないであろう。

家内の話を聞いていると、「あなたが残してくれる遺産でマイカーを買って、娘と息子と何時でも会えるようにして、あたしは洋品店をやっていくのよ」とすでに将来像を決めている。

私がすでに他界した後の話を私にするのである。何とも言えない心境である。サッコーン!



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2015年04月29日

スーパーマン願望

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   最初の英会話講師デ・クラークさんはベルギー人

私が子供の頃と言えば昭和30年代。敗戦後、10年程度で直後の「焼け野原」まで酷くはないが、日本が立ち直り始めていた時代である。

実家が料亭ということもあり、商売のため、自動車もテレビも扇風機もほとんどの新しい物は一般家庭よりも先に囲まれていた。

白黒テレビの時代だったが、「白馬童子」「鷹の羽」、「少年ジェット」や実写版の「鉄人28号」、少し経って「七色仮面」や「ナショナルキッド」などヒーローがたくさんいた。

特に好きだったのが、「マント」系。七色仮面もナショナルキッドもスーツの後からマントが翻り、悪党どもをやっつけるヒーローに釘付けになっていた。

料亭のでかい調理場の脇にあった四畳半にテレビが置いてあり、すぐ横に出前配達用の会津塗の弁当箱の戸棚の傍には小口の注文の弁当を包む風呂敷が箱に押し込められていた。

その風呂敷は煮魚などの汁をたっぷり吸い込んでおり、臭い嫌な匂いではないが、匂いを十分過ぎるほど発散していた。

番組を食い入るほど見ながら、終わると同時にその箱から風呂敷を取り出し、首の周りで縛り、颯爽と遊びに出掛けるのだった。

今、思い返せば、スーパーヒーロー願望はその頃芽生えていたのかも知れない。スーパーヒーローと言えば、もう一つ、大事なエレメントがある。それは「超能力」であろう。

「正義の味方」「悪漢をやっつける」「強い」などは普通の人では成し遂げられない超能力をもっている。私はいつも「超能力」に憧れを抱いていた。

そして、その願望が或る意味、英会話の習得に繋がったのだと思う。すでに高校一年の時には街に居る大概の外人(主にアメリカ人)と英語で話をしていた。
うちが料亭なので、時々、彼等を招待して昼食をご馳走してもらった。多くの人々が英会話などできない時代であるから、私にしてみると、この「英会話」ができるということは、他人から見ると「超能力」と映るだろうと思ったものだ。

今でも年配の人と接すると「○○さんは良いですね。英会話ができるから。」と返ってくることも珍しくない。少年時代の影響がこんな形で現れているのである。



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2015年04月28日

去年の今頃

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   7年間の積もった荷物整理に追われた二週間

来る五月十六日で、田舎に越して丸一年となる。丁度、手元に小さなタイの手帳がある。和式手帳が見つからずに、安かったので(確か30バーツ程度)取敢えず手にした手帳である。

この手帳は引越しの時に重宝した。そこで、手帳を開いてみると、丁度、一年前の今日、パタヤ滞在残り二週間となり、一人でホテルの部屋の撤去作業に取り組んだ日であった。

残りの日々は思い残すことが無い様に好きなことをやって過ごそうと考えていたが、丸々二週間のホリデーという訳にはいかなかった。バンコクまで本を売りに行ったり、整理と箱詰め。片付ける度にゴミが出て、毎日のように少しずつホテルの部屋の前にゴミ出しをしていた。

あれだけ物が集まっていたのだから、それは相当な量になった。その片付けの合間を縫って大好きなパタヤゴルフを堪能したが、やるだけやると覚悟もできるものである。

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   出発日の前には綺麗に片付けられた部屋

家内は今でも「あなたはもっと早く越すべきだったのよ。資金も底を着くまでパタヤに居るから越してから大変なのよ」と文句を言う。しかし、私からすれば、全て織り込み済み。

この私が好んで田舎なんかに住める訳が無い。そこで、「退路を断つ」方法を取ったのだ。中途半端な引越しでもしたら、田舎暮らしは二週間ともたなかったであろう。

それに、資金だってそれなりに「ある」と思われたら、幾ら予算があっても足りなくなるのは「なんてったってタイランド」なのだ。「後少し出して頂戴」、「あれが足りない、これが十分でない」と追加予算で「倍」以上係るのは必至のこと。

「もう、これ以上無いよ」とでも言わなきゃ、追加の嵐になるのは先人たちの話を聞いても分かること。逆に「無い」と言えば、「あなた、恥ずかしいから、金持ちの振りをしてね」とこうなる。見栄っ張りなのである。

在住者のファランの間では有名な話だが、タイに住むファラン、タイ人たちの間では暗黙のニックネームがあるのだ。それはズバリ「ATM」、現金自動支払機である。



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2015年04月27日

兄妹喧嘩から夫婦喧嘩に発展

20年前の離婚時に別れ離れになっていた息子に再会した家内。当然、娘ネーンも実兄に初めて出会ったのだ。これだけなら「喜ばしい美談」なのだった。

だが、はるばるノンカイからタイ正月の休暇を利用して、やって来て再会を果たしたばかりだというのに、今度は家内が娘を連れてノンカイに訪ねて行くというのだ。

これに「待った」を掛けたのが、長男ジェイクである。どんな言い方だったのかは知らないが、極普通に考えれば、普通のアドバイスだと私は思った。

家内は「兄がとんでもない言いがかりで、私のノンカイ行きを非難するのよ」と夕食のテーブルで言った。私は家内に「誤解だよ。兄さんは普通のアドバイスをしただけだよ。そう、感情的になるなよ」と諭したが、それが油を注ぐ結果となった。

家内が「激情型」で理性的に話ができない。私が「兄さんは、良く注意しないと他人の目があるから誤解を招くよ」ということを言いたかったのだろう。

就寝前に私はパティオで家内と話をした。久しぶりの会話である。「何故、息子が見つかったことをすぐに言わなかったんだい」と聞いたが、答えは「激情型」だった。

「何故、ノンカイにまで出掛けるの?」息子に会いたくて行くのは百も承知だ。だが、敢て、家族旅行で散財した後、また出掛けるのに予算なんか無いだろうと言うのがポイントである。

この時、「元旦那が息子と迎えに来る」と家内は言わなかった。今月の家計に入れる資金を4割増してくれというのを聞いて、今度はこっちが激怒した。何の計画も無しにただただ家庭サービスと言う理由で散財していたら霧が無いではないか。この辺が「なんてったってタイランド」なのだ。

あまりに理不尽なので、今朝になり長男に彼の真意を聞いてみることにした。すると、私が思った通り常識のある見解を披露した。

私が「無計画で出費していたら、いつまで経っても借金生活から脱せないし、計画した一年で脱出の目標も達成できない」ご愚痴を溢すと長男は私に理解を示した。

別れ離れになっていた母と息子の再会の感動は理解できる。だが、その後、別れた旦那の所へ娘を連れて泊まりがけで出掛けるというのは長男も私も非常識だと判断する。

この会話を娘が盗み聞きしていた。そして、長男が言った「行く必要は無い」という言葉にショックを受けたようだ。

夜になり、家内がパティオに出てきて、「いったい兄さんと何を話したのよ?」と私に詰め寄ってきた。私が考慮する事案と長男の思案することは極めて近いもので、説明したが、「激情型」の家内は泣きながら「あなたは自分の子供がいないから分からないのよ」と他人の感情はまったく無視の家内なのである。

そして、家族旅行も今回のノンカイも旅費は自分の懐が痛まない旨を主張した。ここは「タイランド」でござるぞ。話、半分以下にしておきたまえ。

全額賄われるといっても、自分の懐がまったく痛まないことは絶対に無いことだ。多少とも出費を余儀なくさせるのは当然であろう。

普段でもまともに話ができない家内なので、ジェイクと腹を割って話したのは家内には理解できないようだ。少なくとも私の中では、ありがたかった。

ところが、それが今度は夫婦喧嘩に発展してしまうとは。家内は時間が経てば収まるが、娘が傷ついてしまったことが私にはショックだった。



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2015年04月26日

別れた旦那と息子に会いに行く

本当に内の家内の感情的な思考が理解できない。20年ぶりに探し当てた息子に会いたい気持ちは良く分かる。知り合ってからもずっと気に掛けてきたのは承知している。

偶然、娘がフェイスブックで離ればなれになった兄を見つけたのが一カ月くらい前である。私が家内から聞かされたのは数日経ってからである。

聞かされた時には一緒に喜んだが、どうして早く、その時に言わなかったのかは今でも謎である。

そして、私が留守の間にノンカイから別れた旦那と息子がやって来ていたのだ。それも、私が帰宅してから聞いたのだ。

恐らく急遽、やってきたのだろうが、家内が散財したであろうことは想像に難くない。

そして、その後、長男家族に同行し、三泊四日の旅行に行ったのだ。借金は多いが預金が無い状態での出費である。

その上、今度はノンカイの息子に会いに行くというのだ。すでに、息子は会いに来ているではないか。その上にまた出費がかさむのである。いったい、どういう了見なのかさっぱり分からない。

それでいて、いつも「金が無い」と愚痴をこぼすのである。私の利息収入をあてにしていて、営んでいる洋品店は閉まったままである。今月は恐らく10日も店を開けていないだろう。

確かに暇な時期ではあるのだが、店は開けなければ話にもならない。もっとも、そんなことを一言でも言えば「あなたは何もしないで家にいるくせに、よく文句を言うわね」と言うことはお馴染みである。

物事の本質を捉えることができないのである。こっちは20歳も年上でリタイヤしているのである。何をか言わんや、であろう。それにしても、こんな女性では無かったのに。実家に戻ってから、まったく性格が変わってしまったようだ。娘もそれを認めている。サッコーン!



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2015年04月25日

お金も時間も大事にしたい

子供の頃、両親とも共働きで中々、家庭的な暮らしはできなかった。だが、料亭を営んでいたお陰で、その従業員たち多くの人々に囲まれながら生活できた。単なる大家族どころか大が二つ三つ、付いてもおかしくない位の人数である。

料亭の裏手には大きな家庭風呂があり、四五人が同時に湯船に浸かることができた。

通常、料理を作り終えた男子従業員が先に風呂に入り、兄弟は男風呂で一緒に風呂に入ったが、休日、日曜日は女性従業員が先だった。

子供ながらにも、休日、日曜日に女性と一緒にされるのが嫌で、恥ずかしかった記憶がある。今、考えたら「そんな勿体ない」と考えることである。(笑)

トイレは男子の小便用と大便用に分かれているだけで、今の様に男性、女性の区別は無かった。つまり、女性は同じ便所をいつも利用するが、男子は小便と大便で入るトイレが違ったのである。

そんな訳で、子供の頃から「排泄」と「性」は普通の子供や現代の子供たちよりも敏感に育ったと言えよう。

生まれたのが昭和30年であるから、戦後10年、まだまだ日本が復活に頑張っている時代である。

そして、高度成長期へと移り、私も留学させてもらえた。もっとも、米国での暮らしはある意味、日本で大学へ通うよりは安かったともいえるが、ここでは触れまい。

前述した通り、共働きの両親とは、幼少時代は家族揃っての暮らしという訳にはいかなかった。特に母親とは親密になる時間はほとんど無かったと言っても良いだろう。

ただ、有難かったのは父親が子供好きで、私は特に指定の「子守り」が居なかったので、親父の後をよくくっ付いて歩いたものだ。30年代の映画もよく父親に連れていってもらった。まだ無料で入れる年齢である。

片岡千恵蔵や大友柳太郎、中村錦の助など東映の大スターの映画を見たことは今でも覚えている。千恵蔵の「多羅尾伴内」や柳太郎の「丹下左膳」なんか良かったなあ。そうそう、大川橋蔵もいたっけ。

幼少の頃は父親との会話の方が多かったが、留学後は母親とも近くなった。両親、どちらも幼少の時、時間をとってもらえなかった分、そして米国滞在が長く日本に居なかった分まで、その後の関係は「時間」を大事にするようになった。

この頃、つくづく思うが「時間とお金」と両方とも、大事にしたいものである。



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家族旅行一日早い帰宅

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   この二家族に奥さんの姪子を加え総勢8名

やっぱり、流石にタイの家族、超出鱈目の無計画旅行であった。第一、運転手のジェイクでさえ、はっきりとしたプランを持ってなかったのだ。

私を抜いた我が家の三人、長男ジェイク夫妻に坊主二人。それに、15、6の(恐らく奥さんトムの姪子)少女一人を加えた総勢8名がジェイクの愛車トヨタ・カリーナに乗りこみ出掛けていった。姪子を連れていったのは、坊主の「子守り」のためであろう。ジェイクは子守りができなく、トムは一人だと疲れるというのが真相だろう。

途中経過ではサタヒップで海を見ていると言っていた。そこから、パタヤ近郊にある仏陀丘、カオ・シー・チャンのお寺詣りをすると話を聞いた。

そして、昨日、家内が珍しく電話をくれ、すでにチョンブリーを離れ、コーラートに居るという。翌日戻ると言って電話を切った。当然、翌日と言えば今日である。

ところが、深夜0時を周った頃、外で声が聞こえた。私の書斎は道路側に建っているのだが、普段は夜に子供の声など聞こえない。なんと、その声の主は甥のフェッチだったのだ。鉄格子に鍵を掛けてあったので、「扉を開けて」と叫んでいたのだ。

本来なら、その日の晩も泊まって帰ってくるはずが、何処にも行かずに大急ぎで戻ってきたのだった。私の心では「こんなこともあるだろう」とタイ人家族の出鱈目ぶりは予測済みだった。サッコーン!

  

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2015年04月24日

猫と一緒の休暇も終わり

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   私に懐くクーンとノイ(奥)

四日間の家族がいよいよ明日で終わりとなる。実家での私一人の留守居も終演である。二日目の晩、昨夜あたりは余りに静かすぎて少し寂しさを感じていたが、今晩が最終日、いよいよ明日、家族が帰ってくると思うと短か過ぎるように思う。

毎朝、6時起床で、母屋の扉を開けて、テオ(母猫)と子猫を解放する。土間の台所へ行き、餌皿をチェックすると大概は空っぽである。どうやら、猫の生態は「何時っちゃ訳なし」に食べているようである。特に、子猫二匹は食べ盛りなのであろう。

猫の餌を与えているが、私が自分用に調達してきた小魚を大好きで、私が居るとどうもペットフードを食べないのだ。と、いうか、「できれば小魚の方を食べたい」という態度なのである。

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   クーンもノイも私の書斎が大好きなんだ

朝の内、空気の入れ替えでドアを開けておくと、朝食を終えたノイとクーンが勝手に私の書斎に入ってきてしまう。この二匹、私の書斎が好きなのだ。

まさか、この自分が猫を自室に入れるようになるなんて、5年前、10年前の私だったら考えられない。読者の方はお馴染みかと思うが、以前、この田舎で子犬をもらってきた時の初日と二日目に子犬と一緒に寝る羽目になったが、自分でも驚いている。

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   お母さん猫になってもセクシーなテオ

子猫たちは勿論可愛いが、実は母猫が最高に素敵なのだ。大人しい性格で、噛んだり挽き掻くことをしない静かな猫なのだ。この母猫テオの存在が私の「猫嫌い」を変えさせたのだ。

今晩の晩飯は私と一緒で「鯖」の焼き魚だった。恐らく猫たちも私の一人留守居の方が良い物を食べられると思っているだろう。サッコーン!



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2015年04月23日

留守中に前夫と息子が現わる

二週間のパタヤ滞在休暇中に異変があった。家内は二番目の子、つまり娘のネーンが生まれてすぐに最初の旦那、お巡りさんのタイ人と離婚した。経緯は忘れてしまったが、酒飲みで給料を家に入れなかったからだと記憶している。

離婚する時にネーンの二つ年上の長男は前夫が引き取ることになった。それ以来、ずっと息子の所存を気にしていた家内である。

それがひょんなことから、見つかったのだ。娘が偶然、フェイスブックで兄を見つけたのだ。そして、連絡を取るようになった。通常、このような出来事、家内ならイに一番に私に告げただろう。

だが、今回だけは違った。数日してから家内から聞かされたのだ。そして、それはすでに数回、息子と連絡を取り合ってからのことだった。

そして、私の留守の間にソン・クラーンの休暇を利用して息子が実家を訪ねてきたというのだ。しかし、元旦那だった父親と一緒に。

娘のネーンは私にその話をすると、「お父さんの方が好きよ」てなことを言ってくれた。感性の優れたネーンは私に気遣ってくれたのだろう。素直に嬉しかった。

しかし、家内の方は、旅行に出掛ける時のハグも力も抜け、この一カ月の急展開に少々、疲れている様子だった。

正式に離婚しているので、それはどうってことは無いのだが、今月末には父と息子が住むノンカイに娘と出掛けることになっているという。私との関係はどうなるのだろう?少々、不安が頭をよぎるようになった。サッコーン!



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2015年04月22日

行き先はサタヒップ

一昨日の晩、我が家ではうちと長男の二家族8人、ジェイクの愛車トヨタカリーナで休暇に出掛けた。不明だった行き先がサタヒップと判明した。

私と家内はいつもパタヤの思い出を話しており、家族もやはりビーチリゾートに憧れるのだろう。先に行き先の候補に上がっていたホアヒンもビーチリゾートである。

内陸のイサーンに住んでいると、本当に海が恋しくなる。海を見たことのないイサーン人も多いはずである。知らなければ、どうってことはないだろうが、知ってしまった者にとって海が近くに無いことは寂しいものである。

まあ、昔と違い「暇とお金」があれば、少しくらい遠くても、今の時代、行けないことはない。

サタヒップでの休暇、家内が昔、出家したことのあるカオ・シー・チャンのお寺に家族して籠るようである。どうせ無計画な家族、どのくらいの時間を費やすのか分からないが、この家族なので、寺に籠るのが似合っている。

それにしても、行き先がサタヒップとはパタヤから南に30km程度下ったところにある。入れ替わりで良かった。無事、元気に帰ってくれば、それで良い。サッコーン!
posted by ラッキー at 11:26| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月21日

4日も伸びた私の休暇

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   ジェイクの運転するカリーナに家族8人

昨日、早朝四時にパンナニコムにある実家に戻ってきた。電話をすると家内が起きて迎えに来てくれた。

私がこの日に戻って来るには訳があった。それは家内が長男と家族旅行を計画しており、20日が出発日にしたいというのだ。私が戻らなければ留守番が居らず(義母は出家中)、家内は出掛けることができなくなってしまう。

最後の電話の時、家内は旅行は中止だとも言っていたが、もう慣れたもの、何を聞いても「話半分以下」になっている。計画性の無さは家内だけでなく、長男も然り。他のタイ人の家庭がどうなのかは、データが少なくて分からないが、少なくともこの家族の計画性の無さは以前から知っている。

迎えに来た家内に旅行の件を聞くことはできたが、私は敢てそれをしなかった。素直な返事が返ってくることも期待できないし、第一、「出掛ける」まで、行くのかどうか分からないからである。

その代わりに私は娘に聞いてみた。ネーンは私が帰ってきたのを知ると、すぐに外へ出てきてハグしながら「お父さん、会いたかったよ」と言ってくれた。

「ネーン、旅行はどうなった?今日、出掛けるのかい?」と聞くと、はっきりした返事が返ってこない。娘がそのような態度をするのは、本当に確信のある返事ができないからである。

「前にジェイクがパタヤの近く、ラヨーンに行くって言ってたよね?すると、ネーンは「あれはキャンセルになったのよ、お父さん」と返ってきた。

昨日は月曜日なのでジェイクは仕事に出掛けたようだった。二人の坊主は朝から母屋に出入りしていた。どうやら、家族旅行は中止で、このような状態で暮らしが続くのだろうと覚悟を決めた。

すると、そこへネーンの友人が二人、バイクで訪ねてきた。パティオで友達との会話が聞こえてきた。休日中の出来事をネーンに聞いていた。実は連絡が取れなくなっていた実兄と実父が私の留守の間に訪ねてきたようなのだ。ネーンの話に友人たちは関心を示していた。良い友達だと思った。

そこへ朝食を買ってきた家内が戻ってきた。食事の席で、「今晩から旅行に出掛けるから留守番をお願いね」と家内から頼まれた。「で、何処へ行くの?」と聞いてみた。答えは「ホアヒン」だった。

どうやらラヨーンからホアヒンに変わったようだ。その席で戻るのは24日だと聞いた。余暇に出掛ける資金の余裕など無いのに、これである。今月もビッグ「赤字」に決まっている。もう、これ以上、何も言うまい。私にとっては休暇が四日間延長になったのだから。サッコーン!



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2015年04月20日

帰ってきたサコンナコン

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    デル邸はナクルアでも静かな住宅街にある

いやー、最高に楽しいホリデーだった。二週間ぶりに実家の書斎に戻ったが、パソコンをこうやっていじるのも久しぶりである。

実は親友、デル宅に滞在することで、WiFiを利用できると思い、パタヤから連日、ブログのアップを考えていた。ところが、ネットが繋がったのは初日と二日目まで。その後、まったく繋がらなくなってしまった。

いろいろやってみたが、とうとうダメで、近所に昔あったネット屋を探したが、ほとんど全滅。一軒だけあったが、日本語の操作ができないのでブログ更新は諦めた。

そういう関係で、ほとんど二週間、ネット無しの生活となったが、慣れてしまえば最高でもあった。便利なようで、便利でない。不便なようで不便でない。

お陰さまで、念願だった「遺言」も書くことができ、翻訳まで終わったので、後は地元の役所で手続きを済ませるだけだ。

そして、用事が済んだので、悲願の「パタヤ・ソンクラーン」を満喫することができた。あまりに多くの出来事があったので、数日、パタヤの滞在記を書きたいと思う。サッコーン!



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2015年04月10日

留守居に帰ってこい

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   愛車に家族7人を乗せて出発するのだろう

いやはや、流石に我が家である。二週間の予定でお寺に籠った娘は私が用事でパタヤに来てしまったため、甥フェッチの面倒を見る者がいない。十中八九、それが理由で娘の帰宅を家内が急がせたのだろう。

それだけではない。電話をすると家内が聞いてきた。「あなた、何時帰ってくるの?」私が翻訳の作業がどの程度で終わるのかまだ分からないと答えると、「20日までに帰って来て。」と言った。

家族旅行を計画しているようなのだ。「何処へ出掛けるの?」と聞いても「あなたが留守居をしてくれないと猫の餌をやる人が居ないので、私は出掛けられないのよ」とそれまでに帰って来いと言う。

私は「何処へ行くんだ?」と再度質問すると、「ラヨーンに海を見に行くのよ。ジェイクが車を出すのよ。」

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   テオと娘猫二匹は私と留守居

そんなアホな。私がいるパタヤの隣ではないか。まあ、私は一緒に行かないので、一人で留守居の方がありがたい。

これで、パタヤでタイ正月ソンクラーンを過ごすことが決定した。この家族旅行の話がなけりゃ、長期滞在のシナリオを考えなければならなかったが、家族旅行に間に合うように帰れば良くなった。サッコーン!

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2015年04月09日

怒りのワイフ

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   話も聞かず会話にならないワイフ

一昨日、出掛ける日の話である。普段から私の話を聞かないワイフは、その日の朝になっても私の出発を覚えていなかった。出掛ける直前まで黙っていても良かったのだが、家内が朝、店に出掛ける時に確認の意味で「今晩のバスに乗るから5時に出掛けるよ」と言った。

すると、驚いたような顔で「えっ、今晩?で、何時戻るのよ?」と訊き返すので「まだ分からない」と答えると驚きの表情が一転、怒りの顔付きになった。

前から言ってあったので、こちらに過失は無い。何度も書いているようにプラン、計画など無い家内である。全て、行き当たり場足り。こちらの方は驚くどころか、全て予測できる。

兎に角、気疲れする家なので、私のとってはこの休暇は必要である。ろくな話もできない家内とフェッチでは行き場を失うのが当然である。唯一頼りの娘は出家中で来週にならないと戻らない。

今週は遺書の翻訳をすることになっているが、結構難しいもので、ひな形の良いサンプルが見つかってはいない。まあ、内心は休暇だけに終わったとしても個人的なことなので、それでも良いと思っている。

一人で家を出る理由が必要なだけだった。そして、すでにバスの切符も購入済み、家内が笑おうと泣こうと怒ろうと、今晩のバスに乗れば・・・そこは天国「パタヤ」なのだ。ハッピー・ホリデー!



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2015年04月08日

金返せナコンチャイ

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   526バーツで新型バスで快適だが・・・・

メルセデス・ベンツの新型バスを導入し、時刻を守り早さがモットーとしているナコンチャイエアー。そして、同時に美人スチュワーデスの帯同を「売り」としているはずだった。

だが、村に到着するバスを見掛ける度に近くを通り、スチュワーデスを確認する作業をしていたら、この数回、スチュワーデスは乗っておらず、代わりに若い兄ちゃんが乗っていた。所謂スチュワードである。

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   前回はきちんとスチュワーデスが付いてサービスしてたが・・

そして、私の観察が当たっていた。残念ながら、村に到着した私の予約バスにはスチュワーデスは乗っておらず、気の利かない兄ちゃんだった。

途中食事休憩の20分は時間通りだが、前回食べた食堂は美味しくないので、私は隣にあるセブンでチャーハンを買って食べた。

こうなるとナコンチャイの良さはトイレの綺麗さくらいが取り柄で、実際、座席も結構窮屈に感じていたので、「スチュワーデスが居ない分だけ、金返せ」と思ってしまった。帰りのバス会社はまだ決めていない。サッコーン!


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2015年04月06日

バイバイ、サコン!

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   絶対拒否の家族旅行なのじゃ

いよいよ今日からパタヤ行き。特別に嫌いな家族ではないが、一緒に行動するのだけは御免蒙りたいとパタヤ行きを決めた次第。

前のようにこちらがパタヤに住んでいて、田舎の家族を数日間受け入れるというのはOKだ。しかし、こちらの田舎から一緒に出掛けて、一緒に戻るとなると息が詰まるどころか、完全に命を断たれる。そのくらい嫌なのである。

家内は「タンブン、タンブン」と商売そっちのけで、お寺に入れ込んでおり、今月なんて半分も店を開けていない。その状態で「今月は暇で暇で・・」と愚痴をこぼすのであるが、私に言わすと何をか言わんである。

客の方からしたら、「何時言っても閉まっている」となれば、他所の店に行くようになってしまうのが当たり前だろう。

よ、よそう。せっかく、この村を離れて、のびのびと羽根を伸ばそうというのに、「美味しい食事が不味くなるような」ことを言うのは、愚の骨頂であろう。

それにしても、今回くらい予算が無いのに楽しみだということは、それだけ田舎の生活に飽きがきているということでもある。もっと言うと、実家の暮らしに疲れたという方が的を得ている。

目まぐるしく変わる生活のリズムに疲れてしまったのだ。家族が多いほど、それだけ気を遣うので、出入りが激しいと付いていくのが大変である。別に文句を言っている訳ではない。

長い間、一人暮らしだったので、それはのんびりしたもので、誰に気遣うこともなく自由に暮らしていた時期が長いせいだ。

のんびりパタヤ二週間と考えていたが、急に嫌な予感がした。甥のフェッチが「僕もパタヤに行きたいなあ」と言い出したからだ。敢て「誰と一緒に行きたいのかい?」とわざと聞いてみた。

「お父さんと一緒」という返事なら「残念だったな。次回は一緒に連れて行こう」とか言えるのだが、「誰でも良いよ」と答えたので、もしかしたら、家内に泣き付くつもりなのでは、と不安になった。

せっかく親友宅でのんびりしようというのに、出鱈目家族にパタヤに来られては台無しとなろう。来てしまったら、会わない訳にもいかんだろう。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:23| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月05日

ナコンチャイエア再び

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   最新式のバスはトイレもきれいで快適

いよいよ明日からパタヤ再訪である。勿論、滞在先は前回と同じ親友の家である。

去年、新しくナコンチャイエアというバス会社がバンコクまで就航していて、一月の旅券切り替えでバンコク訪問時に利用したことがある。

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   何十年も使われてボロボロのチャートチャイツアーバス

それまでチャートチャイツアー会社のバスを利用していたが、とてもとても古いオンボロバスで、しかも座席予約をしてもバンコク途中でバス変更を余儀なくされる会社である。

なるほど、村を始発とする路線は満席にならないので、コンケンやコーラートでバスを変更するのは会社側としては当然かも知れない。だが、乗っている客としたら最低であり、最悪である。

私が乗り換えを指示されたバスにはすでに前客に席を奪われ、予約席どころか座る席(この時は一番奥だった)があれば良いとのこと。

トイレも汚くて、ドアの閉まりも悪い。便座も汚く、持ち上げても用を足しているうちに落ちてくる始末。

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   コイティオを食べたが不味かった

そんな不愉快な思いもしなかったのが、前回利用したナコンチャイエアだった。ベンツのバスで全席が固定されており、リクライニングにしても前後の客で揉めることはない。

トイレもきれいで、スチュワーデスも乗っている。途中で食事タイムがあるが、20分ときっかり。無駄なロスタイムは一切ない。強いて言えば、食事で立ち寄るレストランの料理がイマイチなこと。近所のセブンで買い込んだ方がベターだというくらい。

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   友達になったナムチャイさん

料金もチャートチャイツアーとナコンは同じくらいなので、今回は迷うことなくナコンチャイにした。売り場のナムチャイさんとはすでに仲の良い友達である。サッコーン!



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posted by ラッキー at 01:18| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月04日

後にも先にも

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   セクシーコヨーテが四人も揃って出演

兎に角、ちょっと取り込んだ用事となるとこの村では不可能なので、バスに乗り県都サコンナコンまで出向くことになる。が、しかし、何時も言うようにバスは頻繁に走っていて便利が良い。その上、40分程度のバスライドは悪くない。

大概はサコンの街中まで行かずにロビンソンデパートで下りてしまう。流石にデパート、だいたいの事は片付いてしまう。
 
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   中の一人が自分の好みでカメラを持って追撃した

そして、先日も書いたようにイベントが盛りだくさんなので、楽しみである。以前は、だいたい甥子を連れて一緒に行くのが常だったが、一度だけ一人で行った時に最高なイベントに出くわした。隣県のナコンパノムのスピーカー業者が華々しいセールのイベントにコヨーテダンサーを出演させたのである。

いやはや、あんなセクシーダンサーはパタヤ以来であった。甥子が一緒じゃなかったので、一人で撮影に夢中になってしまった。(笑)帰りのバスの時間は気にしないように最初から最終バスと決めて取り掛かった。

しかし、その後も「二匹目のドジョウ」を狙って、金曜とか土曜、日曜に一人で行くのだが、他のイベントはあるのだが、あのようなセクシーダンサーは後にも先にも、この時限りだった。今年の暮を待つしかないか。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:02| バンコク | Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月03日

初めて聞いた驚愕の事実

   

国民の税金が何にどのように使われているかの一例ですが、田母神氏の指摘に愕然とします。主張通り、日本人の若者に税金を使うべきではないでしょうか?

中国人に十数万円を援助し、学費も無料どころか、旅費まで払っている国なんて知りませんでした。

狂っているのは政治もそうですが、メディアが売国奴に成り下がっているからでしょう。



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posted by ラッキー at 10:50| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本が危ない! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

タイ人の多くが宝くじに嵌る訳

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   大市や銀行の前に出店する宝くじ販売員

最近、私も当たった私設宝くじ。これは闇で行われている宝くじである。詳しくは知らないが、公営の宝くじを使い、下二桁や下三桁を賭けるようである。

賭け金と10バーツからと一般に売られている宝くじ一枚100バーツ以上とは格段に安い。しかし、安いと言っても当てようとすると、何口も買うことになるので、安いかどうかは?が付く。

先日、親友の英国人と話をしていたら、彼がタイ人の奥さんのことで愚痴を溢してした。宝くじで2万バーツ摩ってしまった補填をせがまれたというのだ。

実はポールの奥さんは数カ月前に何度も高額の当たりを出していて、どうやらその感触が忘れられないようなのだ。

ポールは当選金を貯金するように言ったが、効き目はなく、浪費してしまったようだ。

私はポールに同意した。「そんなんだ、内のやつも同じで決して予算を組まないし、支出の計算もしないんだよ。そして、御宅と同じように私の懐を当てにしてるんだ。」

ポールも頷く。私は続けていった。「どうやら、タイ人の狂ったように宝くじに興じる理由はその辺にも関係してるね。」

つまり、臨時収入が無いといろんな事に資金が間に合わないのである。何故なら計画性はゼロであるから、だいたい金欠が日常化しているからである。確かに食べる事にはそれほど困らないかもしれないが、と言って決して楽ではない暮らしとなる。

但し、奥さんたちの「能書き」だけは凄まじく、理に適っているようなことを口にする。しかし、行動がそれに伴うかというと「否」である。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:15| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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