2015年02月28日

びっくりパーティーにならず

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   学校が休みだったので息子を連れてショッピング

昨日は娘の誕生日。去年から結構「サプライズパーティー」を企画していたが、今回のネーンの誕生祝いはすでにケーキも用意されて、バレバレなのでサプライズとは行かなかった。

実は娘から頼まれていたのだ。学校で誕生日が同じ子が他に二人いて、もう一人の友達は今日、一日ずれただけで四人が誕生日だというのである。

娘から学校で友達と誕生祝いをしたいのでケーキを用意して欲しいと頼まれたので、私が二つ用意すると約束をしてあったのだ。

そこで、一昨日、ロビンソンまで息子フェッチを連れて買い出しに出掛けた。遊び盛りのフェッチも親と遊べるのはもう少しだけだろう。来年には中学に上がるので、友達との遊びの方が忙しくなるはずである。

さて、このロビンソンには県都サコンナコンのレストランであるグリーン・コーナーが出店している。家内も昔、初デートでそこで食事をしたと言っていたが、亡くなった師匠トニーも愛していた店である。

以前、ロビンソンで見つけて、試しにケーキを買ってきたのだが、娘と私はこのグリーン・コーナーのケーキが大好きになった。

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   娘も私も気に入ったグリーンコーナーのケーキ

そこで、今朝は早起きして誕生カードにメッセージを書き込み、家内と息子もサインして、朝送り出す時に娘に渡した。慌て者の娘はすっかりケーキを忘れて冷蔵庫にしまったまま出掛けてしまった。

昼時に滅多に掛けない電話を娘にしてみた。すると、すぐに出たので、ケーキを届けるかどうか聞いた所、土曜日に特別授業があるので、大丈夫ということだった。

帰宅した娘に買っておいたサーモンの寿司を特別プレゼントすると、すっかりサーモンファンになった娘はペロリと食べてしまった。前に日本に連れて行った時は食べ慣れてなくて、その時はあまり美味しく食べられなったが、最近はすっかりサーモンファンである。サッコーン!



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2015年02月27日

娘の誕生日

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   最初に会ったのが9歳の時だった

今日は娘の17回目の誕生日である。2008年の10歳の誕生日から祝っているので今年で8回目の誕生日となる。

何故、娘なのに8回目かというと、実の父は彼女が生まれてすぐに離婚してしまい、家内が娘を引き取ったからである。上に兄がいたが、兄の方が前夫が引き取ったので、娘は一人っ子と同じである。

家内は娘を両親に預け出稼ぎに出たので、祖父母が育ての親である。

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   12歳のバースデー祝いはパタヤで

私が初めて娘に会ったのは、義父が脳梗塞に倒れ、見舞いに来た時である。サコンナコンの病院へ見舞った後、滞在先のホテルに家内とやって来た。小雨の中を歩いて近所のレストランで食事をした。

今では私より身長が高くなってしまったが、その当時は小柄で大人しい子供だった。

娘に私の初対面の印象を聞くと、「恥ずかしがり屋」だと思っていたら、そうではなく、「怖い人かどうか、様子を見てた」と笑って云った。

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   16歳でしっかりした良い娘に育ってくれた

結婚する前から「ポー(お父さん)」と呼んでくれたのは嬉しかったなあ。

その娘が満17歳を迎えた。来年はいよいよ大学である。本人は看護士になりたいと言っていたが、病院の研修で「血」を見たら、「自分にはできない」と思うようになったらしい。

いずれにしても、本人が幸せになるやりたい事をやらせてあげたい。ハッピー・バースデー、ネーン!



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2015年02月26日

日本人は幸せか?

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   素晴らしい日本だが、どうも病んでる人間が増えている気がする  

私の好きなブログ「外から見る日本、見られる日本人」の今日のコラムは現在の日本の社会状況を適切に捉えていると思う。詳しくは氏のブログをご覧いただくとして、私も一言加えさせていただきたい。

氏は始めに「切れる若者」として、最近起こっている若者の殺人事件から入り、その理由を列挙している。私も同感である。

簡単に云ってしまうと「核家族が進み、人間の絆が失われた」結果であろう。便利になった社会とか食生活の変化などは、核家族となった家族構成の変化によってもたらせたもので、日本でなくとも核家族となった先進国はどこも似たような社会環境である。

昔、「鍵っ子」なる言葉が流行ったことがある。共働きの両親が家を出てしまうと、残った子供は鍵を持って学校から帰ることになる。それが珍しかった時代は大分前のこととなった。

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   都会ではまだ公共の乗り物を利用するが田舎ではほとんどがマイカーである

モンスターペアレントの出現は、家族構成よりも「戦後の民主主義世代」と関係しているのではないだろうか。このテーマを取り上げると、メディアの存在から米国による日本民族破壊工作、とどんどん広がざるを得なくなる。

そこで、個人レベルでの原因として、「自分勝手」になってしまった親の世代を指摘しておきたい。

便利になった時代が実は社会的に不便なものにしている実例がある。私がホテルを経営している時に実感したことである。

車社会となり、誰もが好きな時に好きな場所へ行ける時代になった。すると、従業員の応募に来る半数以上の人が、平気で「自分の要求をする」のである。思考回路がまさに「自分勝手」になっていたのだ。

まだ、マイカーなど無い時代には、バスが来る時間前にバス停に行き、一台のテレビを皆で見ていた訳である。つまり、生活における社会環境は必然的に「合わせねば」暮らせない状況だった訳である。

家庭も学校も会社も社会生活の営みにはそれなりの「協調」が必要だった訳である。「自由」のみが先走り「責任」は伴わない社会の出現は「責任」を後払いする形となってしまった。

もっとも、高級官僚や大物政治家などは、その「責任」すらもとらないのだから、何をか云わん、であるが。

日本の官僚主義や社会システムなど諸々の事を考える時、「日本人に生まれ良かった」と思うと同時に「日本に住まなくて良かった」と思うのである。サッコーン!



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2015年02月25日

王室外交の栄誉

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   この魚プラ・ニンの養殖は今上天皇の皇太子時代の贈り物

タイに来てから、イサーン料理も幾度となく食べるようになった。魚を食べるなら海の魚の方が美味いのだが、イサーン料理によく出るのがティラピアを塩付けにして焼いた物である。こちらではプラ・ニンと呼ばれている。

他のもっと美味い魚はあるのだが、田舎ではこのプラ・ニンが人気である。こちらの人はこのプラ・ニンを食べる時、ご飯と一緒には食べない。

では、どうやって食べるのかというと、米粉を細い麺にした(ド忘れした)のと魚を一緒にタレを付けて白菜に包み口に入れるのである。

これを全員一緒にやる訳だ。これだと、大き目のプラ・ニン一匹でも十分に足りることになる。ご飯のおかずにしてしまうと一匹ではとても足りない。

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   至る所で見られる養殖用のポンド(池)

さて、あるブログを読んでいて、驚く発見があった。それはこのティラピア、つまりプラ・ニンについてである。

それによると、この魚、実は日本の現天皇が皇太子の時分、タイを訪れた時に紹介したとある。詳しくは以下、記事をお読みいただくとして、「ニン」は「明仁」の「仁」から採ったとあります。

この話、長男ジェイクに言うと、教養の無いジェイクは「なるほど、そういう歴史があるのか」ではなく、「そんなことは無い。昔からずっとあるよ。」娘が脇でジェイクに通訳していたが、タイ語ではっきり言われてしまうと黙ってしまった。話ができない男である。サッコーン!



まずは今上陛下(平成天皇)から。皇太子時代にタイを訪問した際、タイの国王から相談を受けました。「山奥の部族の栄養状態が悪い。特にタンパク質が足り ない。」陛下は魚類学者でもあるので、「じゃ、コレを養殖してみてはどうでしょう?」と飼育の簡単な「ティラピア」という魚を50匹、タイ国王に贈りまし た。この魚をタイでは養殖しまくって、タイ国民の栄養状態改善に役立てました。

それどころか、バングラデシュへの食料支援として、50万匹ほど贈ってます。結果的に陛下は2国の食料事情を救ったことになります。もちろん、一番の功績は一生懸命魚を育てたタイの国民ですが、タイ人も「この魚は日本の皇太子が持ってきてくれたんだ」と感謝してます。

今ではこの魚の漢字名は「仁魚」と言われてます。この話を聞いた華僑系市民が感動して陛下のお名前(明仁)から一文字とって命名したそうです。



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2015年02月24日

家長ぶる長男にがっかり

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   男の割に台所へよく顔を出すジェイクは自分の好みに煩いのだ

「毎晩、晩飯はここで6時に食べるのだ」と我が家族も一緒に食べるよう威張っていた長男ジェイク。甥のフェッチも私もジェイクの家族と一緒に毎晩食べるなんて嫌である。

デリカシーの無いタイ人ジェイクはまったく意に介せず、理解できないだろうが、私たちは自分の家族で食べたいのだ。二家族の食事は時々なら許されるだろうが、毎晩なんて真っ平御免なのである。

理由は簡単。まず、言葉にしないが、私はフェッチの心の中が読める。実の母と別れ別れ暮らしているフェッチにとって私の家内が実の母以上に母親なのである。

家内はフェッチの好みも知っており、フェッチは甘えることもできるし、好物の料理も出してもらえる。ジェイクの奥さんトムの料理は不味くはないが、フェッチの好みも知らないし、フェッチは甘えることはできない。

私もフェッチと同じ理由だが、それに加え、家族で会話ができないということがある。やっぱり食事の時間は家族の団欒にとって一番大事な時間なのではないだろうか。

あれだけ能書きを扱いておいて、その癖、自分たちの用事で居なくなる時の心配は全くしていない。

実は私にはジェイクの腹の中が読めているのである。ある意味、自分たちの都合も含有しているのだ。

例えば、フェッチを例にとると、「飯を食わしているのだから、お使いをするのは当然だ」というものである。祖母も家内も調理中に何か足りない物があると(かつては娘ネーンの役目)フェッチを使いに行かせる。当然「行って来て頂戴」などという頼み事ではない。命令である。

これをジェイクの奥さんトムがフェッチに対してもやるのだ。伯母に当たる訳だが、フェッチにしてみれば、「何であんたに言われなくちゃならないの」ってな心境であろう。

私はもう一つ理由があって、一緒にいつも食べていると、ジェイク家族が母屋に進出してくるのではないかという恐れである。ジェイクが作った家はとても小さくて、寝るだけのスペース。家の中に入ると間仕切りをしてしまったものだから、どの部屋も小さ過ぎるのだ。

私と年が一回りも違うのに、長兄面して何でも知っているような態度をするジェイクに、些か失望している部分もある。確かに私はジェイクの妹と結婚した訳だが、それでも年上には違いない。それに対してのリスペクトが全く無いのである。

その上、世界中を歩いて来た私に対し、このド田舎から遠くに行ったことも無ければ、いろんな国の料理を食べたことも無い男が「辛くなければ美味くない」なども講義をするものだから、話をする気も失せてしまった。

結局、家長として皆を心配する振りをするが、実は自分の都合がありありなのがバレバレの長男ジェイク。デリカシーの無い男である。サッコーン!



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2015年02月23日

失踪した子猫クーン

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   何とも間抜けな格好の母猫テオ

日中、誰も居ないのでほとんど鍵を掛けられている猫たち。私は時々、外に出してやるのだが、子猫もいるので余り長い時間は無理である。用意してあげたトイレのトレイも三匹となると大所帯、砂が濡れてしまい猫が嫌がる。

家族はこの猫のトイレ問題を解決しようとはしない。哀れな母猫テオは仕方なく居間の裏にある小部屋(私は怖くて中を見たことがない)にて、大きな、大きなウンチをしたらしい。

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   私の書斎の前の砂地がテオのお気に入りだったが・・

家中が「臭い、臭い」と大騒ぎになり、ウンチ騒動となった。結果として、テオの家族は母屋の外へ出されることになった。

ところが、翌朝、恐らく子猫の父猫と思われる茶色の猫がやってきて、子猫を殺しに係ったようである。「万物創世記」によると、雄猫には子猫を殺す習性があるという。雌猫の発情を促すためとか。

必死に子猫を守りきったテオだったが、その間に長女のクーンが失踪してしまった。慌てたのは家内である。敷地をくまなく探したが、どこにもクーンの姿が無い。

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   左のノイは母猫テオ似だが、長女クーンは茶色の父猫似なのです

私は「恐らく(あの茶色の父猫に)殺されてしまったんだ」と家内に言った。その日は一日、暗かった。

ところが、夕飯を食べていると、突然猫の泣く声が聞こえた。今に居たテオもノイも泣きはしなかった。家内と私は大急ぎで台所に裏の木戸を開けた。子猫の姿はそこには無かった。

私は母屋の表に周り外に出た。「ミャオ、ミャオ」と泣く声を真似ると「ミャオ」と返ってきた。隣の空き地から聞こえてきた。雑草が覆い茂る敷地に甥っ子フェッチを派遣した。続いて娘もフェッチを追う。

娘と甥の大捜索が始まった。やっと見つけ出し、無事クーンは家に戻ることができた。ハッピーエンド!



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2015年02月22日

日本人が知らない天皇陛下の権威

日本人が知らない天皇陛下の権威


いろんな情報が錯綜する時代、やはり情報に接して、そして自分の頭でよく考えなくてはならない。

「人・物・金」がこれほどまで自由に行き来できるようになった時代は過去にない。

物事を表面的事象だけで判断するのは危険である。必ず舞台裏があるはずである。

だが、余りに複雑になり過ぎると、何をどう信じてよいのか分からなくなる。そのような時には意外と「直感」が正しいという場合が多い。

今年はひつじ年。何やら不穏なことが起きる年と言われているが、「テロ」のニュース以外にはまだ大きな事変は起こってはいない。

ギリシャ問題もとりあえず四カ月の猶予をもらい先延ばしになった。されど問題が去った訳ではない。中国の経済崩壊も話題になってしばらく経過している。

天変地異、何か起こる前に自分の国の本来の姿を見つめておきたい。


日本人が知らない天皇陛下の権威


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追い出されたテオ

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   母屋が恋しく「入れてくれ」とせがむテオ

二匹の子猫を産んだ母猫テオ。初産で初めて母となったテオは大忙し。テオはナイーブで音にも敏感。見ていると凄く愉快である。

私は元来、猫嫌いだったのだが、テオだけは特別である。すっかり「テオ好き」になっている。

自分で遊びにも行きたいが、子猫も気になる。その上、バイクの音も気になる。テオの様子を伺うと、いろんな事が気になってまごまごしている姿が可笑しく映る。

とっくの前に私がトイレ用にトレイを買って上げたが、テオは外で「する」のが好きで、いつも私の書斎前の砂地を選んで用を足していた。

子猫の方はというと、二匹のどちらもトレイで用を足す。生まれてからすぐに用意してあったトイレを使うように飼育したからだ。

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   追い出され行き場を失くしたテオはパティオのベンチで寝る

だが、三匹の猫が使用するにはトレイは小さ過ぎる。毎日、トレイをキレイにしてやるのだが、オシッコで砂が濡れてしまうと乾くまで時間が掛る。

そんなことを心配していた矢先、数日前、朝から家内が文句を言いながら掃除を始めた。「臭いったらありゃしない」

何を怒っているのかと思ったら、話を聞くと猫のトイレの匂いが強烈だというのである。実はトイレではなく、居間の後にある小部屋でテオがうんちをしていたらしい。

娘に手伝えと言った家内は断られ、自分で大きいウンチを処理したようだ。それを機にテオとクーンとノイは母屋を追い出されることになった。そして棲家は台所の裏手と決まった。

しかし、母屋が恋しいテオは裏口から正面に出てきて、私にドアを開けるように催促するのである。以前はいつも私がドアを開けて入れてやっていたからであろう。残念だが、母屋に入れる訳にはいかない。可哀想なテオ。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:17| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月21日

11歳の大食漢フェッチ

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   食べ盛りのフェッチは大食漢

11歳の甥っ子フェッチは正に食べ盛りである。昨夜は家内と娘がお寺へ出家するというので、早めの帰宅。その際、バーミーを持ち帰りで買ってきた。

午後5時は我が家に夕食には早い時間である。娘も家内と一緒にお寺へ行くというので、帰宅早々、ネーンとフェッチはバーミーを食べていた。

家内は私にも勧めたが、私にはまだ早かったので遠慮した。それにバーミーをた食べるくらいなら、自分の手製のラーメンを作った方が美味い。何も食べる物が無い時からバーミーも食べるが、それより美味い物があるなら、そっちの方が良いに決まっている。

知る人は知っているだろうが、タイの麺類、そのまま食べることはしない。普通のタイ人の麺類(コイティオ)の食べ方は自分でテーブルに備えてある「砂糖」「魚醤」「唐辛子」「酢」を勝手に混ぜて自分用の味に仕上げるのである。

つまり、そのまま食べてそれほど美味く食べられる料理でもないのだ。それならば、自分で作った方が本格的ラーメンが作れる。丁度、市場で麺の玉を買っておいた。出汁は先週たっぷり作って冷蔵庫に保管済みである。

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   私とフェッチの共通項は食べること

私は午後七時くらいに自分の夕食を作ることにした。すでに家内も娘も出掛けた後である。

慣れたもので10分もしないで、玉二ケ、チャーシュー、海苔、玉子が入った特製ラーメンのできあがり。

すると、それを見たフェッチが「お父さん、僕にも作ってよ」というので、二つ返事でOKした。私はバーミーを午後5時に食べたばかりだと知っていたが、敢て聞いてみた。

「玉は幾つだ?1つ、それとも2つ?」。フェッチは間髪を入れずに「二つ」と答えた。私はすでに出来上がっていた自分のラーメンを先に食べた。それからすぐにフェッチに特製ラーメンを作って出した。

しばらくして、母屋を覗くとフェッチがまだラーメンを食べていた。大好きな肉は食べてしまい麺と闘っていた。私が洗い物を済ませ居間に戻ってもまだフェッチが食べているので、無理せず残せと言うと安心したように麺が少し残った丼を流しへ持って行った。

家族が誰も居ないので、この晩はゆっくりテレビを見ていたフェッチが私の書斎にやってきた。「お父さん、セブンイレブンまで一緒に行こう」というので、学校の用事なら出掛けるところだが、コーラが飲みたいというので、止めさせた。

それから、またしばらくして、フェッチがやってきた。「お父さん、お母さんが買ってきた(お父さんの分の)バーミーがあるけど、あれ食べてもいい?」

私はすでに伸びたバーミーなど食べないので、「おお、いいよ。食べなさい」と言ったが、たった四時間でラーメン三杯は幾らなんでも食べ過ぎだと思うよね。サッコーン!



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2015年02月20日

名も知らない女性だが・・

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   偶然にしても僅か半年のうち5度も違う場所で出くわす彼女

2007年にパタヤに越してから去年サコンに越すまでずっとナクルア地区に住んでいた。

その頃はまだ結婚する前で現在の家内とよくソイ・ウォンアマットにあるミュージックバーやカラオケバーに行っていた。当時はまだお酒が飲めた頃である。

私たちが好んで行ったマライバーに出没するドイツ人がいた。アメリカに移民として移った彼は米国の大学の先生となったが、休暇の度にパタヤへ来ていた。その彼が付き合っていた女性がサコンナコン、もっと言えば偶然に私の家内と同じ村、パンナニコムの出身だったのである。

そのドイツ人と別れた後、しばらく彼女を見掛けなくなったが、二年後くらいにまたパタヤに戻ってきたようだった。

家内は彼女の姉さんを知っており、結婚式の時には姉さんのサロンで髪結いを頼んだこともある。しかし、お互いに村が同じということは反対に作用する場合がある。彼女と家内はあまり仲は良くなかった。

だが、私は違って、彼女と会う度に挨拶は交わしていた。そして、二年前、私がオークパンサー(出安居)で実家を訪問した際、サコンナコンの縁日で彼女を見掛けた。

私が山車の写真を撮ろうとした時、画面の中に突然入ってきたのが彼女だった。お互いにびっくりしたのだが、それ以来も行く所どころで彼女と出くわすのだ。

先日のパタヤ訪問の時も偶然、ソイ・ロイラーンを歩いていると彼女と新しいボーイフレンドが道沿いのバーで飲んでいた所に出くわした。

そして、今日もATMからの帰り、一寸見派手な女性が私に手を振っているではないか。タムのレストランに彼氏と一緒に座っていたのは彼女だった。まったく名前も知らない彼女だが、縁があるには違いない。サッコーン!



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2015年02月19日

人生、考え方次第では・・・・

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   遊び盛りのフェッチは楽しいことが好き

只今の心境は「牧伸二」である。これだけで私の気持ちを分かっていただけるのは恐らく50代以上の年齢の方でしょうね。

まったく家内の不出来なのは分かってはいるが、ここまで来ると本当に嫌になる。いろんな意味で家内は可哀想なのだが、一番可哀想なのは、「習う」ことができないことであろう。

特に私が非常に悲しくなるのは、「人間の生き方は心構えで決まる」ということを私から習ってくれないことである。

「笑って暮らしても一日」「泣いて暮らしても一日」「怒って暮らしても一日」なのだ。だったら、笑顔で暮らしたいものである。

全ての周りの事象は怒ろうが、泣こうが、笑おうが変わらないことは変わらないのである。

だが、笑って暮らしていると、何が良いことが起こるのである。怒って暮らしていても良いことなど何一つ無いではないか。文句があるなら、それを超えるだけの努力が必要であろう。

目的を決めたら、それに向かって淡々と進む以外に無いのである。簡単な出口を模索するようだと、トラブルが待っている。

私はひょんなことから縁を持った二人の子供が大好きである。家内の連れ子の娘と次兄の残した一粒種の甥である。娘のネーンも甥のフェッチもどちらも私を日本語で「お父さん」と呼ぶ。

体調が不調なのか夕飯を作らぬ家内に、今晩はフェッチが「お父さん、お母さんがご飯を作らないので手作りのラーメンを作ってよ」と頼み込んできた。

この甥は実に甘えるのが上手なのだ。私のラーメン作りの腕も上がったので自慢のラーメンを拵えてやった。ところが、トイレでうんちが長引いてラーメンは無残にも伸びてしまった。サッコーン!


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   上島竜平の格好をさせると喜んで何も知らずに真似するフェッチ


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2015年02月18日

タイ人の裏表は普段の生活に根差していた

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   敬老の思想は良いが、命令調の口調には賛同できない

私が一週間、バンコク・パタヤに所用で留守にしている間に出家していた義母が家に戻って来て居た。そして、その後もずっと家で暮らしていたので、出家は完全に終了したものと思っていた。

僅か八ヶ月の間に長兄夫婦が二人の幼児を連れ出たり入ったり、義母が出家してお寺に籠り、家に戻るのが病院の検診の時だけとなったり、兎に角、小さな家族の割に、出たり入ったりが頻繁である。

ところで、義母が戻って来ると我が家の就寝時間が恐ろしく早くなったのに気付いた。私は毎晩、ブログを書いたりしているので、寝るのは午前零時前後と規則正しい。

それまで午後11時が我が家の平均的就寝時間だったのが、義母が戻って来たら午後9時には母屋の電気が消えるようになっていた。自慢じゃないが、私の観察力は鋭い。

家内が寝た後でも、一度二階の寝室に籠った娘や甥が、その後再び起きて下りてきてテレビを見たり宿題をやっていたりするのは明かりがつくので知っている。

午後9時くらいの就寝は田舎では当たり前なのだろう。しかし、である。私自身もそうであったが、中学や高校生の頃はやたらと夜更かししたくなるのである。元気の塊のような少年だった。

だからと言って無闇に夜更かしを勧めている訳ではない。ただ、青少年期に夜更かししたくなるほどエネルギーが溜まっていることに理解を示しているだけである。

田舎文化の真骨頂、年配者の命令は「問答無用」であり、絶対的である。義母が寝る時間に合わせ、全員が寝ている訳である。

しかし、そんな中、義母が再びお寺に籠るように家を出た。すると、「あら不思議」、娘も甥も以前のように就寝時間が午後11時になったのである。権力の及ばない所では無視するというタイ人の二面性はすでに幼少の頃から鍛えられているのである。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:02| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月17日

大震災な夜

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   午後八時頃強烈な豪雨と共に停電、断水が発生

どうやら乾季も終わりに近づいたようである。この一週間、嵐(ストーム)の天気予報が出ていたが、ずっと雨にならないでいた。二日前の日曜日にロビンソンへ行った時、空に分厚い雲が見て取れ、いよいよ嵐も近いのかと思っていたところだ。

そして、昨夜、午後八時ごろだった。いきなり雷を伴い土砂降りとなった。それから間も無く電気が消えてしまった。真っ暗になった書斎で、充電バッテリーの残っていたパソコンだけが明るさを放っていた。

母屋では家内が灯した蝋燭の光が漏れてきた。しばらくすると、電気の無い書斎でパソコンを打っていた私のところにも蝋燭を持って家内がやってきた。「ネットもダメだし、何時電気が戻るか分からないわ。」

家内にはそう言われたが、内心、「まだ午後八時だ。二時間もすれば復旧するだろう」と私は思った。だが、それが、とんだ甘ちゃんだと気付かされることになる。午後十時になっても復旧しない。とうとう、パソコンの電池も切れてしまった。

外は完全な暗闇と化して、いつも煩い音楽もどこからも聞こえない。しかたなく、ベッドに潜り込んだが、そんな時間に普段寝たこともないし、完全な静寂もほとんど経験したことがない。

目をつぶり、休もうとすると、いろんなことが頭に浮かんできた。電気も水も遮断されても、この田舎なら慣れっこである。しかし、もしこれが今の日本で起こったとしたら、最悪の状態となるであろう。食事とトイレを考えただけでも、恐ろしくなる。しかも、それが二、三日で終わらないのだから。

サコンナコンの停電は翌日昼過ぎまで続いた。サッコーン!



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posted by ラッキー at 14:38| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月16日

十代で影響を受けた「青春とはなんだ」

   

昭和40年に日本テレビで放送された青春ドラマの最も早いドラマであった「青春とはなんだ」に強烈な影響を受けた。

原作は都知事だったご存知石原慎太郎である。41話まであり一年以上も続いたことはまったく覚えていない。

だが、出演者であった夏木陽介や寺田濃、岡田可愛、藤山陽子、十朱久雄などほとんど全員覚えているし、役名の久保や寺田と覚えている。

このドラマが当たり、青春シリーズは竜雷太主演になり、「これが青春だ」「でっかい青春」と続いていくのであるが、やはり最初の「青春とはなんだ」の出来が一番だったように思う。

それにしても昭和40年というと私がまだ十歳であるから、丁度甥のフェッチの年頃である。

中学にはどっぷりとこの「青春学園ドラマ」に染まっており、自分の生徒時代には模範となっていた。(笑い)


   

アメリカ帰りの若者がふらっと立ち寄った田舎町で、英語教師として雇われるところから始まるのだが、古い風習を踏襲するだけの変化も進歩も無い田舎文化を野々村健介がことごとく破っていく姿に憧れたものである。

そして、少々愚連係っていた男子生徒もおませな女子生徒もそれぞれが生き生きとして生きていく姿の心底感動したものである。

私は今でもそのスピリットは持ち続けている。このド田舎へ越してきた時から、どうしたら、馬鹿げた風習を破れるか、それがテーマで生きている。サッコーン!



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サコンナコンのお天気

posted by ラッキー at 00:15| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 少年時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月15日

これが田舎のスクールバスだ!

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   多人数の村からはソンテオでは間に合わない

家内の実家は国道22号線を挟んで中央まで徒歩5分から10分くらいの所にある。娘も甥も家内がバイクで毎朝学校まで送っていくが、本当は歩いても行ける距離である。送り迎えが村民の風習のようだが、これも元を正せば見栄から始まったことであろう。

学校から近いというこじつけでそれまで住んでいた嫁さんの実家を出て、母屋の裏手に作った新居に長男が子連れで越してきたことは随分前に書いた。

何故、こじつけと言ったかというと、田舎にもちゃんとスクールバスがあるのである。

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   真中にもう一列腰掛けを追加してあるソンテオ

タイをご存知の方は皆さんご存知だと思うがソンテオなる乗り物があり、それを改良してソン、つまり2ではなくサム(3)テオとなって走ってくれるのである。

恐らく、公共での運用ではなく、民間業者が経営しているものと思われる。学校から離れた村から通う児童のために朝と帰りに村と学校を往復してくれるのである。

多分、料金は片道一人10バーツ程度だと思う。通常のソンテオはピックアップトラックの荷台の両側に腰掛ける台を取り付けたものだが、サムテオは中央にもう一列、腰掛けの台をこしらえてより多くの児童が座れるよう工夫してある。

多人数の児童が住む村からだとソンテオのピックアップでは間に合わないので本物のトラックで運行されている。

午後2時を過ぎる頃になると下校時間まえに、学校の裏通りにスクールソンテオが集まってくる。帰りのソンテオは毎日鈴なりの子供を乗せて帰っていく。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:17| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月14日

究極の見栄文化

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   滅多に片付けなどしない長男が一生懸命に洗車?

先週末、長男ジェイクが休みを利用して実家の奥にある彼の家の車庫で洗車をしていた。日本人が家でマイカーを洗うように丁寧に洗車してからワックスを掛けていたようだ。

余りに念入りにワックス掛けをしている姿を見ていて、思わず可笑しくなってしまった。何故なら、ジェイクの実家(当然、家内が住んでいる家)は相当汚く、本当に掃除などしたことがない。そのような家で暮らしてきたジェイクが車だけ丁寧に洗っている姿が滑稽に見えたのだ。

さて、ジェイクの洗車がまだ終わらぬうちに珍しく家内が早く帰って来た。そして、どうやら長男と相談したらしく、夕食は我が家族とジェイクの二家族揃って外食に出掛けることになった。

家内が私の書斎まで来て、「あなた、今晩は外食よ。バーベキューにジェイクの車で行くのよ。」と言って母屋に入っていった。

私がすぐに支度をしたが、何時ものこと。家内もジェイクも誰も用意がすぐにできない。早いのは甥のフェッチだけである。

しばらく待たされて、ようやくジェイクが車を出してきた。彼の顔は「どうだ、綺麗になっただろう」という自慢の顔をしていた。だが、ドアを開けて中に入ったとたん、私はびっくりした。二人のガキ共が散らかし放題にした座席がそのままになっていたからである。

外見だけ夢中で綺麗にするというのは、正に見栄っ張りの真骨頂と言えるだろう。サッコーン!



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サコンナコンのお天気
posted by ラッキー at 00:15| バンコク | Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月13日

天候に満足も後一月くらいかな?

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   雨季の豪雨が思い出される

サコンナコンの田舎に越して来たのが去年の5月半ばなので、まだ一年とは経っていない。しかし、すでにタイに住んで8年になるので、残りの数カ月の天候は予測できる。

タイでは四月が一番暑い月とされ、有名な「水掛け祭り」も丁度、その頃行われる祭りである。デパートなども「サマーセール」と銘打って売り出しのイベントを行うのもこの頃である。学校もこのタイ正月「ソン・クラーン」に合わせ約一カ月の夏休みとなる。

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   サマーセールの看板を見るとご覧のとおり

早いもので、すでに二月中旬である。寒かったイサーンの天気もようやく深夜、明け方の気温もそれほど寒く感じなくなり、丁度日本の「五月晴れ」のような絶好の天気を満喫している。

しかし、来月ともなると気温がぐんぐん上がり、一気にど暑い天候となろう。そして、その気温の上昇と共に雲が発生し、雨季を迎えるという訳だ。

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   長雨も時々あるが、ほとんどがゲリラ的豪雨

去年を思い出すが、雨季になると湿気でじめじめして、何時降り出すか分からぬ分厚い雲の覆われた空に嫌気が差す。

そして、忘れてはならないのが昆虫である。今は冬なので、あれほど居た昆虫が顔を見せない。私にとっては過ごし易い季節である。しかし、雨季ともなると、夥しい数の昆虫がどこからでも押し寄せてくる。あまり見掛けなかったハエが部屋に迷い込んでくるようになった。

暑いのを我慢して、窓を閉め切って暮らす生活がすぐそこまで来ている。サッコーン!



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サコンナコンのお天気

posted by ラッキー at 00:13| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月12日

信じられない家内の変身

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    田舎文化風習にどっぷりと浸かって変身した家内

家内と結婚してから今年で丸6年になろうとしている。それにしても人間の性格とはこれほどにまで変わるものかと驚いている。それは私のみならず、娘も言っているのだから、嘘ではない。

どのように変わったかというと、(娘も私も同感なのが)昔は会話も楽しく笑い声が絶えなったが、家内が実家に戻ってから変わってしまったようだ。

口調が酷く粗くなり、怒鳴るようになったのだ。本人は怒鳴っていないというのだが、聞いている私にはそう聞こえる。そんなことを思っている時、偶然、娘を話す機会がった。

と、言うより私の愚痴を娘に聞いてもらっていたのだ。すると、どうだろう。娘も私と同感だというのです。「母さん、前はあんな風じゃなかったのにね。最近、は怒鳴るし命令調の口調ばっかり」。

それを聞きながら「この娘は本当に頭も良く、依怙贔屓しないで物事を判断できる子だ」と感心した。そして、私は理解力のある娘に礼を言った。

娘が続けて言った。「でも、あの素行はお祖母ちゃんとそっくりなのよ、お父さん。お母さんはお祖母ちゃんを真似するようになったのよ」

実によく見ている娘である。次男が残した一粒種フェッチに対する口調は義母を始め、伯父にあたる長男ジェイクもその妻のトムも皆同じである。

私と娘だけはフェッチに対しても静かに言って聞かせる口調であり、フェッチも一人の人間として扱われることに対し、真摯に受け止めるようになった。田舎に残る人格無視の「奴隷扱い」はそろそろ止めるべきだろう。例えそれが、田舎の伝統であり風習であったとしても間違いを認める時がきているのだ。サッコーン!



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サコンナコンのお天気
posted by ラッキー at 00:21| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月11日

祝!ビザ更新終了!

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   県都サコンナコンの警察署の脇にある入管

去年、田舎に越してからずっと悩まされていた今年のビザ更新。それが、今日、やっと無事、取得できました。イエー、万歳、万歳、万歳!三唱するほど嬉しいです。

何故、そこまで悩まされていたのか御説明しましょう。

実は私のビザ期限が2月末までなのです。毎年、パタヤで更新してましたから、それは慣れたものです。多少、入管では緊張するものの、何度もやってますから、手続きは分かってます。

しかし、今回のビザ更新は此処、サコンナコンで行うことになった訳です。理由は簡単、こちらの越してしまったからです。

そして、読者の方はお分かりのように、今回はこのビザ更新の前にパスポートの切り替えもあったのです。旅券は今年12月まで使えますが、その前に切り替えすると新しく取得しないで済みます。

では、それを何時切り替えるかで悩んだ訳です。ビザ更新の前の方が無難と考えました。何故なら、古い旅券の有効期限は一年未満となってしまい、有効なのかどうか分かりませんでした。仮に有効だとして、(ビザを)更新したとしても、その後、旅券の切り替えはしなくてはなりません。

だったら、旅券を切り替えてからビザを更新した方が良いだろうと考え1月に大使館へ行った次第です。

ありがたいことに我が国大使館はたった三日で申請、受理できるスピードでした。そして、入管と大使館から注意があったようにビザを発行した入管、私の場合パタヤ(ジョムティェン)で古い旅券から新しくなった旅券へのビザの移し換え作業があった訳です。

住んでいる場所がサコンナコンですから、何度もバンコクとパタヤを往復する訳にはまいりません。上手く事が運んで旅券も査証の移し換えも無事一週間で終えることができました。

そして、今度はビザの更新が待っていたのですが、いままでのパタヤの入管とは違います。それまでは住居の証明はずっと住んでいたホテルで書いてくれたのですが、今回は家内の実家住まいです。

自分の家は築きましたが、登録はしておりません。そこで、入管からの注文で村の警察署で届け出証明を書いてもらったり、面倒な作業があった訳です。

リタイアの条件である80万バーツの証明が査証切れの三カ月前だと思っていたら、そうではなく更新前の三カ月以上の期間80万バーツが残高として残っているのが条件で、即ち私の場合、去年の11月10日に金額を満たしておりましたので、その日から三カ月間ということで、本日ということになりました。

入管では先客のファランが一人いただけで、私の後から誰も来ませんでした。すぐに前の客が終わり私の番になったのですが、そこへ若いカンボジア女性が二人入って来ました。担当官は私の作業を中断し、その女性の相手を始めたのです。

全部、必要書類にサインをしてあり、問題は無いはずが、恐ろしく時間を掛けているのでこちらは不安になりました。そして、待つこと約一時間、やっと旅券にビザの判を押してくれたのです。

やっぱり万歳三唱を唱えたくなりますよね。こんなに苦労したのですから。サッコーン!



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サコンナコンのお天気
posted by ラッキー at 00:02| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月10日

乳代40万バーツは本当か?

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   お坊さんの読経は祝辞なのか??

去る8日、近所の駄菓子屋ラダーさんの娘の結婚式が自宅で執り行われた。我が家族も近所の好で全員招待された。

午前7時(もしかするともっと前から)に坊さん9人の読経が始まり、9時近くまで式は続いた。そして、新居へ新郎・新婦が移動して「小銭取り」の儀式が行われた。

私もやったことがあるが、ベッドに撒かれた小銭を新郎と新婦で取り合い、多く取った方が家庭の主導権を握るというやつである。因みに私の場合は37バーツ同士で「合い打ち」となった。

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   田舎料理ではなくレストランのケーター料理

さて、9時近くに祝宴が始まり、来賓にご馳走が振る舞われた。カニチャーハンにシューマイなどの点心、それから揚げた魚の辛タレ付け。鴨料理にイカの辛いサラダなど、ボリュームも味もまずまずであった。

知人の英国人ディーンはタイ料理は基本的にまったくダメで(この村在住5年くらいなのに)ビールしか手を付けない。全然、食べないのも見っとも無いのでタイ人の奥さんがカニチャーハンを器に入れ、ディーンに差し出す。

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   「嫁をもらいに来たぞー」と練り歩く新婦

そんなこんなで食事が進行していると、家の外に出てきた新婦が「嫁取り」行進の儀式。丁度、我が家の前くらいから、近所の村人に付き添われ、新婦が新郎の家まで「嫁をもらいに来たぞ」と行進するのである。

実家に着くと、「金のゲート」「銀のゲート」が待ち受け、心付けを渡しゲートを開けてもらう。それから先へは私は入らなかった。家族の面子が一杯だったからである。

中では儀式が続けられた。外にいると、司会者の声がマイクを通して聞こえてくる。新郎が新婦の両親にご祝儀をして上げる「乳代」が40万バーツだと聞こえてきた。この辺の数字となるとタイ語でも聞いていても何の話かすぐに分かった。40万バーツと言えば単純計算でも日本円120万バーツ。現在の為替レートだと144万円となる。

しかし、私にはこの40万バーツというのはすぐに信用できなかった。何故なら私はすでにそれが「見せ金」のような物だと知ってしまったからである。恐らく、「半返し」で20万バーツは新郎に戻されるだろう。サッコーン!



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