2014年12月09日

甘え上手な甥と下手な娘

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   三年前、次兄の葬式の時の写真

四年前、7歳の時に父親(義兄)を亡くした甥フェッチ。娘は生後まもなく離婚した母(家内)に引き取られ実父を知らないで育った。

それがどのように影響したのかは分からない。どちらも小さな時から父親がいないことは事実である。

そして、義母に育てられたのも同じである。家内が働きに出ていたために娘はずっと寂しい思いでいた。実父が亡くなり、家内が実家に戻ることを決意したのが去年3月。

それまで離れて暮らしていた時は娘も小さく母親を恋しがっていたが、実家に戻り一緒に暮らしてみると現実は理想とは掛け離れていたようだ。

子育てをしたことがない家内は、子供との接し方が分からないようだ。義母のようにタイの伝統に則り、命令調の口調で話す。簡単に言えば「幼児扱い」、決して一人の人間として扱わないのである。

前置きが長くなってしまった。今日はこの二人の子供がテーマである。実の娘ではないにしろ、ネーンにとって私は「父親」ということで関係が始まっている。

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   頭が良く感性が優れている娘のネーン

ネーンが9歳の時から知っているが、最初は大人しかった。非常に頭の良い子で観察力と思考力が備わっている。賢い子である。自分の考えをしっかりもっており、安易な贔屓などしない子で公平に物事を見る力がある。

育ち盛りの幼少の頃、離婚した父はおらず、家内は出ていたので、実家には祖父母と暮らしていた。お祖父さん(義父)とは馬が合わず、お祖母ちゃん子であった。

そのような理由からか、娘はどうも甘えるのが苦手なようである。他人には期待を抱かず、自分で頑張るタイプなのである。成績も優秀である。ある意味、実家を「反面教師」としている部分もある。

そのような娘に対し、甥のフェッチは男の子で義母から大分、甘やかされて育ったようだ。

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   義母に甘やかされて育ったフェッチ

フェッチの父、つまり私の義兄にあたるトムがどんな父親だったのかは知らない。しかし、私は田舎婚を実家で挙げた時、初めてトムと奥さんのオイを知ったが、フェッチが「愛情」による「結果」には見えなかった。

トムは息子フェッチを愛していたようだが、妻オイに対してはそう感じられなかった。私はフェッチが「できちゃった婚」の落とし子だと思った。

タイでは男の子を甘やかす習慣がある。ほとんど溺愛に近い感覚であろう。だから躾もできていない。義母は父親を亡くしたフェッチを可哀想に思い、引き取らないオイ(母親)に代わり引き取って育てた。その生活費の負担は私の家内任せであった。

フェッチは心優しい子で甘え上手。娘とは正反対である。だが、厳しい躾が備わっておらず、「欲」に負け、家内の財布に手を付けることもあった。

私は家内の宿命を知り、娘同様、息子として接するように気持ちを定めたが、子育てに余計な口を挟むなと言わんばかりの家内の態度に「父親役」を降りてしまった。

しかし、娘から「お父さん」という日本語を習い、いつの間にか私を「お父さん」と呼ぶようになったフェッチ。強請るのは美味い。私は財布の紐に関しては冷静な方だが、この「お父さん」というフェッチの口調に弱い。

そんなこんなで、二人の「子持ち」になった訳だが、こちらも「幸せ」を分けてもらっている。そんな毎日である。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:48| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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