2014年11月30日

とりあえずノン自民に投票する選挙

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   小沢・鳩山が破れた時点で移住を決めました

日本のメディアが腐りきっていることはネット住民にはすでにはっきりしている。

さて、今回の「大義のない」選挙であるが、このまま安倍の自民党を継続させるわけにはいかない。しかし、対抗できる野党が存在しないことも事実であろう。

では、有権者は今回の選挙で何ができるのだろう。

私が考えるには「とりあえず反自民」に入れる選択しか国民には残されていない。そして、自民をある程度落としておいてから政界再編成となるしか方法は無いのである。

ある調査によると、現在多くの国民が自民と拮抗できる二大政党が理想のようだ。日本人のバランス感覚も捨てたものじゃない。

内政、外交と今後も難しい時代が待っている状況にある。先の大戦での敗戦に学ぶとすれば、常に国民が国政に関心を示し、注視する必要がある。

その為にも、バランスのある二大政党は国民の選択を可能にさせてくれるはずである。今回、みんなの党が解党したが、一緒になっていたのが可笑しいのだ。渡邉は自民に浅尾は民主にでも入っていれば良かったのだろう。

小沢・鳩山が内部フィルスに毒されて消されてしまったのが、今となっては遅過ぎる。米国に毒まんじゅうを喰らわされた連中がまだまだ民主に残っている。であるならば、この際、ノン自民、ノン民主、ノン公明で投票するしか方法は残っていないのではないか。

そして、政界再編に望みをつなぐのがセカンドベストになるはずである。サッコーン!



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posted by ラッキー at 13:52| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本が危ない! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月27日

何を食べようと自由だが・・・

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   遺族年金の手続きを行う役所

家内が突然「ジェイク(長兄)がサコンに行くけど、一緒に行かない?」と聞いた。「で、何時出掛けるの?」と訊き返すと「今からよ」と言うのでパソコンのスイッチを切った。

支度して外へ出ると義母が食事を始めるところだった。義母の飯が先ならそう言えば良いものを「今すぐ出掛ける」というからパソコンの作業を途中で止めたのだ。義母の飯が先なら、20分は待たされるだろう。

「忍耐・忍耐」私は書斎に戻りパソコンのスイッチを入れ直した。

その30分後、やっと家族の準備が整う。火曜日だというのに公務員ジェイクは仕事に行かない。有給でも取ったのであろうか?

ジェイクのピックアップトラックは自爆事故で大破、妻トムの家族から借りている三菱ランサーに乗ったのは義母、家内と私の四人であった。

私は特に用事がある訳では無かった。家内が自分の買い物でサコンにあるビッグCに行くという。まあ、家内からすれば、「ジェイクの車だから、荷物を運ぶのに便利」ということで私に声を掛けてくれたのだろう。

義父の亡くなり、遺族年金の受取の用事でサコンにある役所(恐らく県庁だと思われる)からスタート。そして、書類を受け取り銀行へ。

官庁街から市内にあるビッグCへ向かう。さて、義母は食事(ランチ)を摂らないので、ジェイクと家内と三人でビッグCのフードコートで先にランチすることになった。

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   家内の買い物のついでにフードコートへ

ジェイクは(予想できたが)コイティオ、定番のタイフードである。家内はポークステーキとフライドポテト。さすがに普段、パンナニコムの村では食べられない物を選んだ。

私も見て周ったが、ほとんどがいつも見慣れたタイフード。飽きているのは家内と同じ。場外にまあまあの寿司屋台を見つけた。ネタを見るとサーモンなども薄くて小さなインチキ寿司ではなく大き目に切ってあった。これなら、まともだし、タイフードはジェイクの奥さんが毎晩作るので飽きていたし。

普通というか大概の人は、街中のレストランとか普段行かない場所で食事をする場合、普段食べられない物を注文するだろう。滅多に食べられない物を頼むのが常識というものだろう。それが、いつでもどこでも食べている物をわざわざ頼むというのは、他に食べ物を知らないからなのだと思ってしまう。

ジェイクは家内と私のオーダーを見て、箸を舐めながら「味見したい」と言ったが私は寿司だったので無視した。辛い物しか味が分からない男に寿司を味見させる訳にはいかない。何しろ「キッコーマン」の醤油の味も理解できない男なのである。

帰り道なので、途中サコンにあるロータスに寄ってもらった。義母と家内もついでの買い物をして、帰途についた。

さて、実家に到着して車から降りようとすると、ジェイクは「500バーツ」と言うのが聞こえた。つまり、ガソリン代という訳だ。だが、私も家内も聞こえないふりをしていた。

こちらに用事があって頼んだ訳ではない。義母の用事でサコンまで出向くというので、一緒に乗って行っただけである。私はジェイクの車で出掛けるのを好まない理由もここにある。

家内は実兄の車で便利だと思っているが、私は自分一人でバスでも用事が足せるし、その方が自由で気楽で良い。サッコーン!



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posted by ラッキー at 01:08| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月26日

汚い人種朝鮮人

これはヤフーニュースに配信されたものです。いまさら朝鮮人の汚い根性を指摘するまでもありませんが、(個人的には良い人もいますがね)グループになった時のえげつなさは非常に情けないですね。

これでは朝鮮人を「辞めたくなる」理由も理解できますね。本当に心から「日本人で良かった」「韓国人でなくて良かった」と思います。



悪質な韓国人消費者の手口に世界の企業が警戒感・・韓国ネット「良心と道徳はどこに?」「だから日本に…」
XINHUA.JP 11月26日(水)1時1分配信
韓国日報の25日の報道によると、海外のオンラインショップを利用する韓国人消費者のモラルを欠いた行為によって、世界の業者に韓国人顧客に対する警戒感が広まっているという。

記事によると、韓国のネット上には、「高級化粧品1個分の代金で商品を2個ゲットする方法」という文章が堂々と掲載されている。内容は、英国の化粧品ラッ シュを注文する際、配送追跡のないサービスを選び、販売業者に「受け取っていない」と抗議メールを送れば、もう一度送ってもらえるというもの。この文章に は「本当にできた」「ありがとう」といったコメントがついているという。

こうした韓国人顧客が増えているため、ラッシュは11月から韓国への発送のみ、配送追跡のないサービスを使用できないようにした。ラッシュ関係者は「韓国 顧客から『商品が届かない』『壊れていた』という抗議メールがたくさん送られてきたため、やむを得ず下した処置。真心をもって出荷してきた私たちとしては 非常に残念」とコメントした。

また、韓国消費者の間では、製品購入でプレゼントされる商品を受け取ったうえで、製品をキャンセルするという手法も流行っている。韓国のネット上には、イ タリアのコーヒーブランド「illy」が定期購入を申し込むとマグカップなどをプレゼントするサービスがあり、30日以内にキャンセルすれば返金が可能だ と紹介したうえで、「配達サイクルを1か月以内にして、2回目の配達までにキャンセルしよう」「キャンセルした後、もう一度申請しても景品がもらえる」と いった体験談が書きこまれているという。この結果、同社のプレゼントイベントが激減したという。

このほか、米国のオンラインショッピングモールの掲示板には「送料を無料にしろ」「プレゼントをくれ」といった韓国消費者からの無理な要求が相次ぎ、8月に自制を求める文章が掲載されたという。

韓国の専門家は「外国企業がイメージ低下を懸念して消費者の抗議を受け入れる点を悪用している」と指摘。「国のイメージが低下し、善良な消費者に損害を与えるということを積極的に周知し、消費者の倫理を向上させる必要がある」と訴えている。

このニュースについて、韓国ネットユーザーからは以下のようなコメントが寄せられている。

「チンピラ乞食根性…マジ恥ずかしいわ〜」(その通り)

「ホント良心が腐ってる。こんな情けないことを悔いながら、まともに死ねるとでも思ってるのか!」

「スーパーのバイトで韓国人の乞食根性を痛感したから、こんな記事で驚かない。『好意を受け続け、それを権利と勘違いする』という映画のセリフは、韓国人の習性を的確に皮肉った言葉」(その通り)

「英国では電話注文でも『国際電話料金がかかるのでこちらからかけ直す』と対応するらしい。消費者に最大限配慮していると。消費者が盗むことしか考えていない韓国に、好印象を持つ訳無い」

「サイトを見ると、まるで消費者の権利のごとく書いてある。賞賛一色の書き込みを見ると、韓国人として怒り心頭に」

「悪事を武勇談のごとく語り、他人に勧める狂った意識水準。一体、良心と道徳はどこに捨てて生きているんだ?」(その良心なんて最初から無いでしょう!)

「不幸にも、市民意識が成熟していないのは事実です」(市民意識の問題じゃないでしょう)

「挙げられた製品は、全部女性に人気のある製品だな・・なんでそんななの、韓国の女は。ああ、マジ恥ずかしい」(程度が低いからですよ)

「だから日本に国を奪われたんだ…タダ飯根性、乞食根性、奴隷根性…」

「まず『正々堂々』という言葉から学んで心掛けろ。ひとそれぞれ、では済まされない。外国の人は韓国の国民を相手にしたくなくなるだろう」(先ず恥ずべき人種と心得よ)

「韓国のIPを遮断するのが正解」

「日本人を悪く言うことばかり学ばす、日本人が外国で歓迎される理由を学べ!!!」(まったくその通りですね。でも100年、否1000年掛けても無理でしょうな。)

(編集 兼田)

posted by ラッキー at 14:30| バンコク | Comment(0) | TrackBack(0) | パタヤから発信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

超簡単本格的ラーメン術

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   じっくり煮込んで出汁を採る

甥のフェッチが大のラーメン(彼の場合バーミー)ファンで、私と好みが同じである。

ホテル住まい時代(パタヤ)でもよく自室でラーメンを作っていたが、やはりキッチンがあり、ガスコンロがあると違う。

しかし、幾ら台所があり、鍋や冷蔵庫があると言っても二人で食べるとなるとせいぜい二度までである。出汁が無くなってしまう。

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   実家に越したので何度もラーメン作りをした結果

そこで、先日、出汁が切れてしまったので、試したことがある。これが大正解。めっちゃ美味く仕上がった。

チャーシューは結構な量を作れるので、すでに冷蔵庫で保冷してある。問題は出汁である。通常、鶏と豚でじっくり煮て出汁を採るのだが、この日は先に採ってあったラードと鶏ガラスープの素で作ってみた。

煮詰めてあったタレは濃い目に仕上がっているので、ラードと鶏ガラスープの素を合わせると本格的醤油ラーメンのスープが出来上がった。

鶏と豚でスープの素を作るのと大差ない仕上がりである。余りにも美味かったので、フェッチは後回しにして、自分で先に食べてしまった。腹っ減らしのフェッチは待っている間、口がへの字になっていた。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:26| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月25日

まちまちなバス料金

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   遊び盛りの甥フェッチを連れて隣町のプールまで

愛しの甥っ子、11歳のフェッチがせがむので、再び、隣町パンコンにあるプールに連れて行くことになった。

亡くなった次兄の一粒種フェッチは遊び盛りである。フェッチを見ていると自分の子供の頃を思い出すのだ。

中学校に上がると同級との遊びが忙しくなり、親と遊ぶことも少なく成ろう。一緒に遊べるのは後一年くらいであろう。

さて、15km隣のパンコンまで大人15バーツということになっている。前回は往復とも二人、つまり大人一人、子供一人でB20だった。

ところが昨日は往復とも一人B20、合計40バーツ請求された。このようにバスの料金が毎回違うのである。

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   バス料金がマチマチで予算に狂いもでるのだ

タイではご存知ある方も多いと思うがエアコンバスだの一等、二等だの等級に分かれている。しかし、通常、私が知る限り近距離の場合、この適用は当てはまらない。

私の村から東へ35km離れた県都サコンナコンまでが大人一人30バーツであるが、この間乗ったエアコン無しのバスは20バーツだった。

バスターミナルでチケットを買うと29バーツなのだ。この1バーツの違いも理解できない。

一カ月ほど前にフェッチを連れてロビンソンに行った時は50バーツ札を出したら20バーツ札のお釣りをくれた。往復ともそうだったので、その次の回に30バーツ出したら、追加で20バーツ要求された。

このようにバスの運賃が毎回珍しいのもタイならではと言える。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:02| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月23日

呆れた歯医者

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   県で一番大きいサコンナコン病院

(昨日の続きです)

やっとたどり着いたサコンナコン病院。受け付けはスムーズに終わり、担当の歯科医と面談となったが、次の会話でスタートした。

「で、今日はどうして欲しいのか?」

何 て言う馬鹿げた質問なのだろう?俺は別に「買い物」に来た訳じゃないぞう。歯が痛いから来たのであって診察をしなければ何も分からないだろうが。その診察 の結果を聞いてから治療のオプションを聞いて、それから「何をしたいか?」と尋ねるべきであろう。いきなり、「今日は何をしたいのか?=英語ではっきりと 「What do you want?」と聞かれたのだ。

診察する前に状況を聞かれるのが普通だろう。ところが「どうして欲しいのか?」と聞かれても、何とも答えようが無いではないか。

私は構わず、自分の状況を説明した。痛みが出てどのくらい経つのか聞かれたので一週間と答えると「ではレントゲンを撮りましょう。」と言い、看護師(と思われる人)の案内でレントゲン室に入った。

撮影の手順は日本と同じ。違ったところは、日本の歯科では重いキャッチャーのプロテクターの様な物を着装したが、こちらでは剥き出しだった。

三枚のレントゲン撮影はすぐに終わった。すると、その映像を部屋の前にあるパソコンで皆(看護師四名)で見始まったのである。私はせっかくだから「俺にも見せてくれ」と頼んで一緒に見始まった。

すると、そこへ担当の歯科医がやってきた。画像を見ながら、部屋に移動するよう言われ、診療室に戻った。

前に係った医者の治療が悪かったような話振りなのだが、はっきりとそうは言わない。医者同士で「悪口は言いたくない」という態度なのだ。これには少々、がっかりした。別に他の医者の診療に配慮することはないではないか。「良い、悪い」がはっきりしているなら、そう言えば良い。

そして、私にレントゲンの写真を見ながら説明するのだが、説明不足。こちらが、タイ語を理解しようとしまいと、関係なく、説明できるのか否かが問題なのである。

結局、痛み止めの薬を出すことで終了。一週間後に家内を同伴で出てくるように言われた。

バンコク病院と同じである。どうもタイの先生、面倒くさくなると、タイ人の妻に丸投げする傾向がある。これだと、タイ語で説明して終わり。患者とのやりとりをしなくて済む訳だ。後はそっちで決めてくれという訳だ。

しかし、そっちで決めてくれ、と言われても簡単に決められる訳はない。こんな態度の医者があまりにも多いのである。それに治療の費用も聞いてみたが、よく知らないとのことであった。

抗生物質と痛み止め、タイの病院で大好きな投薬である。せっかく中央病院まで来た甲斐もなく病院を後にした。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:58| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月22日

県都の中央病院まで

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   ラッ・サコン病院の裏手には知っているドゥシットホテルが

歯が痛くなって一週間。ようやく、高利で貸していた資金が戻ってきたので、歯医者に行くことにした。家でじっとしていても歯が治る訳ではない。

すでに友人ディーンからパンナニコムの病院とサコンナコンの病院の歯科の情報は聞いていた。彼曰く、ブリッジを治すのならパンナニコムの村の病院では多分無理だろう、行くなら最初から県都のサコンナコン病院(一番大きい)の方が無難だろう。

当然のように家内を同行させなくても独りで行ける。「痛い歯があるなら抜けば良いじゃない」という家内を同行させても意味はない。朝方、家内から聞いていた病院名と私が行きたい病院の名前がどうも違うようなのだ。えーい、兎に角、バスに乗っちまえ、と来たバスに乗った。

行き先はいつも行くデパート・ロビンソンの先である。サコンナコン・ゲートまで行けるようなので、ターミナルで下りずにそのまま乗っていた。

車掌に聞いたら、ゲートで下りて、ラッ・サコン病院なら歩いても行けるという。下りた道路の信号二つ目を左に折れるとすぐだと言う。勿論、私はゲートで下りて歩き出した。

途中、レストランから出てきた若い小父さんに道を確認した。すると車掌に言われた通り、二つ目の信号を左だと言う。

私は礼を言い、病院方面へ歩き出した。すると、その小父さんが後ろからバイクでやって来て、「乗せてってやるよ」と言いバイクを止めた。私は遠慮せずに彼のバイクに跨った。

数分で言われていた病院に着いた。改めて礼を言い、病院に入ろうとしたが、やはり家内が言っていた名前の病院だが、私が目指す病院ではない。家内に電話したが、話にならない。

私が言っていた病院とは義父が最初の梗塞の時、入院した病院で私は家内と一緒に駆け付けた病院である。知らないはずがないのだ。

面倒なので電話を切り、以前、三度ほど泊まったことのあるドゥシットホテルに入った。ラッ・サコン病院の丁度裏側がドゥシットホテルだったのだ。

レセプションで綺麗なフロントの女の子に聞くと、ホテルを出て右に二度曲がるように言われて歩き出した。

市内循環バスに乗るとぐるっと周って最後の方にビッグCまで出てくるのだが、病院はその手前のはずである。どうもフロント係りの案内とは違う方向のようなのだ。

私は今度は配達便の運転手に聞いた。すると彼が言うには逆方向だと言う。この兄ちゃんの方が正しいと思い、私は反対側に足を進めることにした。

すると、この兄ちゃんも後ろから来てバイクを止め、「乗せてってやる」と声を掛けてくれた。私は今度も遠慮せずに乗せてってもらうことにした。

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   サコンナコン病院の受付

結構な距離があった。バスを待っていたら相当時間が係ったであろう。しかし、この兄ちゃんのお陰で10分程度で病院に着くことができた。

この日の歯科の受付は午前11時までだったらしい。私は運良くすぐに受け付けしてもらったので間にあった。しかし、いつものようにこの中央病院でも素っ頓狂な質問をされた。

「で、今日はどうして欲しいのか?」

何て言う馬鹿げた質問なのだろう?俺は別に「買い物」に来た訳じゃないぞう。歯が痛いから来たのであって診察をしなければ何も分からないだろうが。その診察の結果を聞いてから治療のオプションを聞いて、それから「何をしたいか?」と尋ねるべきであろう。いきなり、「今日は何をしたいのか?=英語ではっきりと「What do you want?」と聞かれたのだ。

今日はこの辺まで。この続きは明日にしましょう。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:41| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月21日

出家して死を待つ義母

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   木を組んだだけの入口

次男を四年前に亡くし昨年夫、つまり私の義父を亡くした義母。家内から聞いていたが、ずっと二人の死を嘆き続けていたらしい。

今年の入安居に出家した義母だが、私は当然、出安居のオークパンサーには家に戻って来るものと思っていた。

だが、どうやらそうではないらしい。月に一度か二度、病院の検診があり家に戻って来たのだが、二、三泊するとまたお寺に戻っていった。

そして、今月になり白装束のまま、戻ってきた義母は四泊くらいしていた。私はてっきりこれで決まりがついて義母は家に戻ったのかと勝手に思い込んでいたら、先週の土曜日に再びお寺に戻るという。

家内が一緒に行くかと聞くので、ジェイクの車でなら行っても良いだろうと思い同意した。いずれにせよ、一度は義母の出家しているお寺に表敬訪問しなければと思っていたので、当方としても都合が良かった。

だいたい30分くらいと聞いていたが、とんでもない所に寺はあった。私の予想に反し東ではなく、西、つまりウドンターニー方面へ向かい、途中から左折して農村を突き抜けると山道になった。

それをずっと登りきった所にそのお寺はあった。家内のバイクで一緒に来ず良かった。(家内が母に届け物をする時、一緒にバイクで来ようと思っていたのだが、そうせずに正解であった。)

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   集会場のような中に仏像があり、ここで出家信者たちの修業があるようだ

そこはお寺というには御堂が無い。あるのは集会場のような広間だけで、そこに仏像が安置されているだけだった。

多くの白装束に纏った信者が出家していた。坊さんの食事が終わると、同じ広間で我が家族も食事を始めたようだが、私は家内に言われた通り、その辺をほっつき歩いていた。

どっちち、食べるような物は無いと家内が判断したのだろう。私もお寺の食事はする気にはならないので平気であった。

いつまで待っても帰る様子もない。私は乗ってきたピックアップの荷台で横になり眠ってしまった。

家族が集まって来て話声で起こされた。だが、どうも帰る様子がない。あまりに退屈なので、家内に「先に帰りたい」と言ってみた。

従兄が私を乗せて先に帰っても良いということになり帰宅した。後で家内の話を聞くと、義母はすでに家を出て、仏と心中するつもりなのだと心境を代弁した。

家内が言う「義母は死を怖がっているから、お寺に籠る決意をした」という意味が分かった。サッコーン!



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2014年11月19日

初経験!寒い冬

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   日中は気温も27、8度前後で涼風が心地よい


現在、夜の気温が16度。明け方には19度と予想が出ている。日中は27、8度くらいまで上がるので約10度の温度差である。

昼間は風が吹くと日本の丁度五月晴れの感じで本当に清々しい。しかし、夜のこの温度は非常に寒く感じられる。

待ちに待ったはずの冬なのだが、やはりパタヤ暮らしが長かったせいもあり暑い方がありがたい。もっとも、今の書斎にはエアコンが無いので、寒いくらいの方が過ごし易いのか知れないが。

いずれにせよ、「寒くなる」と聞いていたが、中々気温が下がらすに多少嫌気が差していたので、これからの数カ月、少なくとも3カ月は穏やかな天候を楽しむことができるのだろう。サッコーン!



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2014年11月18日

静かだと思った村の暮らしだが・・

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   夜明け早朝から拡声器で爆音のスピーチが流れる


パタヤという都会からサコンナコンの西35kmにあるパンナニコムの村に越すことになり、田舎の暮らしはさぞかし静かで寂しいもんだと勝手に思っていた。

すでに越して来てから半年になろうとしているが、それが私の過ちだと認めなければならない。と、いうより半分は当たっているのだが、残りの半分はそうでもないのだ。

では、今日はその残りの半分について語ることにしよう。

私の書斎は家内の実家の敷地の一番前に建っており、道路一本向こう側には国道22号線が走っている。そして、その道路を挟んだ反対側が村の中心部となる。

従って街中ならぬ村中に住んでいるので、それほど不便さを感じさせない。むしろ便利なくらいである。残念なことは村内ではそれほど行く場所が無いというだけである。

しかし、静かだと思った村の暮らしはこの国道22号線に近いということで車の走る音が響く。車の騒音が我が書斎まで響いてくるのだ。

それから、他には音楽がある。イベントの無い村なので、自分たちでイベントするのだ。だから、当然のように巨大なスピーカーからカラオケが流れてくる。タイの生活を良く知る人からすぐり理解いただけると思うが、タイ人はボリュームを最大限まで上げて耳が痛くなるようなノイズが大好きなのである。

これなど「辛い物好き」なのと関係しているのかも知れないね。何しろ心地よいサウンドとは大違い。耳をつんざくような音とはこういうのを言うのだろう。

下手はカラオケは延々と続き12時近くまでやっている。今晩はこっちの家と思うと翌晩は隣の家とか、兎に角、このカラオケイベントは多い。

全然、静かでない暮らしの中でやっと静かになり眠れたと思うと、翌朝、早く、村の拡声器の付いたタワーから、これも同じような巨大なボリュームでスピーチが始まるのだ。

まだ暗い内、日の出と共に爆音で起こされる。タイ語で何やら演説しているようなのだが、延々と3、40分もこのスピーチが続くのである。時間にして早朝5時から6時くらいである。家内に聞いたら「政府・役所の広報だ」と言うのだが、人迷惑な話である。まるで強制収容所のようである。

本当に堪ったものではない。これで起こされるともう二度と眠れない。すでにお日様が東から昇り、煌々と辺りを照らしているのだから一度起きてしまった体は二度眠りできない状態になってしまっている。

こんな状態が田舎の様子である。山中にでも入り込めば別なのだが、村中の暮らしは決して静かではない。(現に今もバイクの爆音が聞こえている)サッコーン!



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2014年11月17日

米国市民権を獲得した真美

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   70年代のロスアンゼルス

中学校の同級で仲の良かった真美が米国在住でニュージャージーにいる。先日、フェイスブックを覗いたら、どうやら真美は米国の市民権を獲得したようだ。本人が喜んでいるのだから、「おめでとう」と言ってあげたいが、どうも素直に喜べない私である。

10代で渡米し、26歳で帰国した私は自分の夢(米国永住)が粉砕され、しばらく立ち上がれないでいた。

しかし、その後ユニツアーズに専属ツアーコンダクターとしての仕事を得た。そのきっかけとなったのが、真美である。私がいて現在の真美があり、真美がいて現在の私があると言えよう。

その後、彼女は米国で知り合った旦那と一緒になり、やっと市民権を得たという訳だ。一米国市民として、いろんな権利を得た訳だが、果たしてそこまでして得た益はあるのだろうか?

一方、私の方はツアコンとなり80年代、中国を始めアジア各地を周り、早くからタイには希望を持っていた。当時からリタイヤするなた「タイ」と決めていた節がある。東南アジアの優等生となったタイにはまだまだ古き良き時代が残っており、少しずつ前進する姿は私にとって好ましい。

先日、「フューチャーショック」という映画を40年ぶりに見た。70年代にアルビン・トフラーが書いた本の映画化である。

氏曰く、「社会の変化のスピードが速すぎると人間はついていけない」と言っている通り、現代の変化のスピードは国や地域によっては早過ぎる感が否めない。

それから、私のスタンスは基本的に「アンチ・ステート」、つまり国(ネーション)とは誰(為政者)がどのように運営しているのかという疑問が常にあり、どこの国であれ信用できない。それと共に私はやたら規制で縛られるのは嫌いなのだ。「法律」や「条例」やら、ある程度は仕方ないとしても最小限であるべきと考える。つまり、法律を作る国会議員が仕事をすれば、どんどん法律は増えていって息苦しい社会となる訳である。すでに70年代にDr.ロスのクラスで学んだ社会学である。

民衆にとって敵、つまり相手とは自国の政府であり、他国の政府なのである。それが私の信条であり、昨今ネットでも話題の遺伝子組み換え食品、医療制度、税制、大企業保護、中産階級破壊、などを考えると必ずしも現在の米国が理想とも思えないし、日本も世界水準の生活を勝ち得たと見えるがそれが日本人を幸せにしているとも思えない。

むしろ、素朴さが残る人間らしい暮らしをしているタイ農村の暮らしの方が意外と幸せなのかも知らない。俗世間から離れてみればそういうことになる。サッコーン!



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2014年11月16日

家内と会話にならない理由

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   気持ちは良い人だが会話のセンスが無さ過ぎる

不思議なことである。私の家内は「イエス・ノー」クエスチョンで会話を始めるとたいがいオウム返しで答えるのである。

私が「アイスクリームが欲しいかい?」と聞くと「あなたはアイスクリーム欲しいの?」と訊き返すのである。

我が夫婦の会話はほとんどがタイ語若しくは英語なので、日本語ではない。

先日、米国在住の大学時代の旧友がバンコクへやって来た。かれこれ40年来の友達である。

タイ人の彼女にその話をすると意外な答えが返ってきた。実は彼女も時々、同じような返事をしてしまうそうだ。

彼女と知り合って40年になるが、元々出会ったのがアメリカであるから二人とも米語を話す。彼女との会話はいつも弾んで楽しく、今指摘したような会話になったことは一度もない。

「イエス・ノー・クエスチョン」に対し、同じ質問を返されたら、私はは返事に困ってしまう。

実はこの件で昔大喧嘩したことがあった。ロータスに行った時、アイスクリーム・パーラーがあったので、好意で(結婚する前の)家内に「アイスクリームを食べたいか?」と聞いたのだが、返事は「あなたはアイスクリームが食べたいの?」だった。

私が聞いたのだから返事は当然「イエス」か「ノー」であると思っていたのだが、オウム返しの返答に私は怒ったのだ。「俺が聞いているんだぞ」と言うと「あなたが食べたいんじゃないの?」ときた。

田舎へ越したらこの傾向は更に酷くなっている。これってタイ語の「病気」なのかも知れないね。会話になりません。サッコーン!



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2014年11月15日

夜空の星

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あなたは最近、満天に輝く星を見たことがありますか?私の言う星とはひとつや二つではありませんよ。少なくとも100個以上の星が同時に見える光景です。

実は田舎へ越すことが決まった時、密かに期待していたのが天体観賞です。ですが、実家は村の中心部に近く住宅の多い地区なので意外と街灯が多いのです。星が見えないことはないのですが、明るいため天体に見える星の数は数個です。

自分で見てすぐに分かるオリオン座や北斗七星、或いはその延長線に見える北極星など探そうとしても見える星の数が足りません。

ウドンタニーとサコンナコンを結ぶ国道22号線ではほとんど電灯が付いており真っ暗ということはなく視界に電気の明るさが入ってしまい天体観測には向きません。

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ところが、長兄ジェイクの自爆事故で入院した病院が村から北にいったアーカード・アルムナイという村、やはり35km北部になるのですが、そこまで行く途中が真っ暗だったのです。

送り迎えの車はピックアップトラックですので、後部荷台に座っておりましたところ、途中、電灯がまったく無い直線距離に差しかかりました。

私は空を見るとびっくり。ざっと見ても百個以上も星が見えるではありませんか。私はすぐに知っている星座を探しました。すると北斗七星が確認できました。そしてその延長線にある北極星も見つけることができました。昔、子供の頃からいつも見ていた星ですからすぐに分かりました。

まさに「百聞は一見にしかず」です。天体には多くの星が見えると頭では知ってはいても、最近はずっとこれほど多くの星を見たことはありませんでした。改めて素晴らしい夜空を楽しむことができたのです。

テレスコープを使っての天体観賞も良いでしょうが、人類の歴史を、もっと言えば我々の先祖や祖先の時代、どのような気持ちで暮らしていたのか考えるような機会はこのような真っ暗な中で夜空の星星を見るような時でなければ味わせませんね。

日本でもタイでも都会化が進み、夜空に輝く満天の星が見える環境はどんどん無く成りつつあります。これから日本も冬ですから空気も澄んで夜空の星観賞するには最良の季節ですね。少し寒いのを我慢して、たまには真っ暗な所へ行き星空観賞というのも素敵ですね。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:08| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月14日

諂い(へつらい)外交は何処から来ているのか?

私の好きな「増田俊男」氏のブログで今回のAPECサミットの総括が出ていた。もちろんテーマは日中米である。

中国の日本に対する態度や米国の外交についての氏の洞察は大したものである。(と、私は思う。)

米国が中国に「へつらった」とするライス氏の起用や、日本が米国に「へつらった」と言える黒田日銀総裁の「大規模追加緩和策」など、見事な解析であろう。

米国はともかく、日本のこの外交の「へつらう=諂う」という態度はいったいどこから来ているのだろう?私が考える一番の理由は日本の行政を司る「官僚
体制」つまり、官僚村に由来すると考える。

序列主義であり、上下関係のみが重要視されるこの「特殊村」でこの「へつらう=諂う」態度が育成されるのではないかと考えられるのである。

多くの官僚が国費でハーバードなどへ留学されてもらい、向こうで「米国至上主義」を叩きこまれ洗脳されて帰ってくる。

アメリカによる戦後日本の操作術と戦略は見事であり、このシステムは実に巧妙に見事なまでに完成されている。ダ・ヴィンチにも負けない芸術性を見ることができる。

それに比べ、我が日本は「大人と子供」、政治においては昔の日本人とは比べ物にならないほど「幼稚化」しており、優秀な人材が集まらない(拡散してしまう)状態が出現しており、また同時に国民も低俗化されられている。

すべて、これらは外からの影響であろうが、それを他人のせいにすることは許されない。そこまで堕落したのは自国民の責任であり、その大部分においてマスゴミが追及されて然るべきだと考える。

しかし、マスゴミの自己防衛は堅固なものがあり、媒体としてすでに「敵の手中」にあり、一般の国民(愚民)は中々それに気付かない。

幼稚で何の策も無い日本の「へつらい外交」を見ると、増田さんの指摘するような高度な外交は望むこと自体、空しい夢に思えてしまう。

日本の皆さん、官僚も政治家も「あなたの税金の無駄遣い」だと思いませんか?
小沢・鳩山が破れた時に移住を決めました。



北京APEC(アジア太平洋経済協力会議)



posted by ラッキー at 11:08| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本が危ない! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月09日

こんなメニューは暫らく無いだろう

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   英式のフィッシュ&チップス

料理が好きな家内はタイフード以外にも作って食べさせてくれるし、子供たちの受けも良い。と、いうよりすで

にそれは過去の話と言ってよいだろう。家内は長い間、田舎を留守にしておりバンコクなどの都会で暮らして

いたので異国の食文化とも接している。と、いうより私と付き合い始めてから色んな異国のフードを体験した。

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   串カツも家内のレパートリーにあるはずだが・・

和食だって最初は「富士レストラン」しか知らなかった家内に好きな料理は?と聞くと「キムチ」と答えるくらいに未経験だった。キムチには呆れかえって大笑いしたのが昨日のようである。

バイキングも苦手、ピザもダメの彼女がどうして異食文化に嵌っていったのかと言えば、「パレット=教育された舌」である。何しろパタヤに住んでいて、タイフードだけで彼女の食費を賄った方が安く済むのは当然で、家内が「私の好みじゃないから(一緒に)行かない」と言ってくれた方が助かった。

家内が「行かない」と言うのを聞いて「しめた」とニヤニヤしているのみ気付いた家内は「やっぱり一緒に行く」と付いてくるようになった。そこで、初めていろんな食事を味わうことになったのだ。少しずつ食べていると所謂「味=テイスト」が分かってくるようになる。食感なども同じである。

チーズなど好きでもないのにピザの上に乗っている熱く焼いたピザの味が忘れられなくなった家内ほどの家内である。

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   ツナ・サンドは実家では食べない

実家に戻ると娘や甥にスパゲティーなど田舎では絶対に食べられない(高級デパートのファランレストラン以外では)西洋料理のメニューを時折作って食べさせていたが、長兄夫妻と子供が越してきたことにより、このようなメニューが(テーブルではなく)フロアに並ぶことは暫らく無さそうだ。サッコーン!



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posted by ラッキー at 11:30| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月08日

もう一泊していたら・・・

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   天気の良いビーチは最高ですね

田舎へ戻ってきた私の心境はというと複雑である。早六ヶ月になろうとしているパンナニコム村での暮らし。

田舎での暮らしのリズムにも慣れ、我が家の生活にも慣れてきたところに長兄家族が越してきて再び生活のリズムが壊されてしまった。

食生活は家内が食事を作らなくなり、長兄ジェイクの奥さんトムが作るようになった。ジェイクが激辛が好きなので、当然メニューは「激辛」のオンパレード。トムは家内から聞いているらしく、一品だけは辛くないメニューを作ってくれるのだが、満足という訳にはいかない。

ありがたいと思ってはいるのだが、それほど美味しいとも思わないのが正直なところである。即ち、「ありがたいがさほど美味しくなく満足しない」ということである。

しかし、トムはジェイクの奥さんであるのだから至極当然、当たり前である。だから、この大家族で住むようになった食事に癖癖しているのである。

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   ビーチリゾートは素敵ですが、パタヤは大きくなり過ぎました

一日の食事の時間は家族にとって大事な時間である。家内と娘、そして甥の四人で食べる食事で家族の絆ができてきた所へこの変化である。娘は伯父に当たるジェイクは父親代わりのように育ったこともあり大歓迎だが、私にとっては最悪の事態となっている。

親友デル・ボーイに薦められ、もう一泊していたら、二度と戻って来なかっただろう。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:33| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月07日

やばいぞ日本の近未来

   


日本の政治はいったい誰の方を見て行われているのでしょうね?

多分、東の海のずーと遠いところにあるお国のお偉いさんの方を見て顔色伺ってやってるんでしょう。

まだまだ眠ったままの国民が多いのでしょうか。すでに民主党は崩壊してるので、頼りになる政党は

無くなってしまいましたね。「小沢・鳩山」が破れた時に移住を決めました。
posted by ラッキー at 19:57| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本が危ない! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月06日

何故小さなサイズを買ったのか??

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   母から小遣いが届き自分で買い物をする甥

毎月2日と16日は村で開かれる大市の日。昨日は2日が日曜日とあって大市は賑わっていた。

家内と娘は仕入れのため、ウドンターニーまで出掛けて留守居は甥のフェッチと私二人だった。

最近はずっと私を「(娘に倣って日本語で)お父さん」と呼ぶフェッチが可愛くてならない。

恐らくバンコクにいる母からだと思うがフェッチはB400持っていた。私に市場へ行くかと聞くので「行くよ」と答えると一緒に行くと手にしたB400を見せた。

一緒に出掛けたのだが、(今日は自分でお金を持っているので)スポンサーは必要ないので、さっさと自転車で先に行ってしまった。混雑している大市でフェッチを見失ってしまったが、心配していない。必ずフェッチを見つける自信があった。

私は自分の買い物(金魚と餌)を済ませ、一回りしていると玩具屋の前でフェッチを発見した。すでに今日のメインの買い物を終わせたフェッチは残りのお金で買いたい物を物色しているようだった。

「俺は先に帰るぞ」とフェッチを残し、家路についた。長男家族も奥さんの実家へ帰っていたので、我が家へ戻ると独りだった。母屋の裏で溜まった乾燥した雑草とゴミを燃やしているとフェッチが戻ってきた。

パティオのテーブルの上に「戦利品」を広げるフェッチ。今週から学校でサッカーの授業があるらしく、上下のユニフォームを買ってきた。「お父さん」と言って自分の胸に買ったばかりのユニフォームを誇らしげに当てるフェッチ。

それを見るとどうもサイズが小さいのである。窮屈に見えるので「それでは小さ過ぎるぞ」と言うと驚いてパンツの方も取り出し宛がってみた。やはり小さい。突然、お金の計算を始めた。全品、テーブルの上に揃っていた。無くなっていた物はフェッチが買ってきた二匹の金魚B20分である。

所持金400バーツで買い物に行き、残金を全部テーブルの上に出し、計算しているのだ。手には20バーツ紙幣3枚と小銭が並んでいた。フェッチは決してケチった訳ではなかろう。むしろ、他に予算を廻したいので節約したつもりなのだろう。

「お父さん、交換するのに60バーツ足りないだ。出してくれない?」私は子供がやたらとお金をせがむのを良しとしないので「何故だ?」と聞くと「(買った物はB160だが、大きなサイズに変更すると差額がB39発生する)という内容のことを言った。

フェッチの言うタイ語を全部理解できていないが、説明を何度も聞くと分かることがある。

計算が得意でないフェッチはその差額を出すのに何度も何度も計算していた。手にしたB20紙幣3枚を指して、「大丈夫だ、足りるよ。早く行って交換しておいで」と言いフェッチを送りだした。

私はその後ろ姿を見ながら、あの玩具屋でフェッチが流していた「汗」の意味が分かったような気がした。11歳の子供が急にB400もらったのだ。あれこれ欲しい物がたくさんある。

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   39Bの追加で大きなサイズと変更したフェッチ

そこで、頭を使った結果があの一回り小さなサイズのユニフォームになったのだろう。つまり、一番最初に買うことにしたユニフォームだが、B160とB199ではB39バーツの差額である。

予算を他にも廻したい結果、正しいサイズではなく「安い」方を買ってしまったのだろう。まだ11歳のフェッチ。そんな彼の心境を考えていると、商品交換を終えたフェッチが戻ってきた。

今度はオレンジ色の上下のユニフォームで、自慢げに試着した。そして、その姿でロビンソン(デパート)へ行くことにした。

実家を出てすぐの所にある駄菓子に立ち寄るというフェッチ。別にそこで買う必要は無いのだが、理由が分かった。駄菓子屋のオバサンに買ったばかりのユニフォーム姿を見せたく立ち寄ったのだろう。

出てきたフェッチに私は言った。「立ち寄った意味はこれかい?」と言いながら私は自分のシャツを指で掴みファッションモデルのような格好をした。「ねえ、見て、これおニューよ」と言うと照れ笑いを浮かべ「ノー・ノー」と赤面しながら否定するフェッチだった。

私はこの坊主が大好きだ。サッコーン!



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posted by ラッキー at 14:48| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月03日

床屋のゴーンさん

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   村の西端にあるゴーンさんのサロン

今日の話題はゴーンさん。といっても「日産のゴーンさん」ではなく「床屋のゴーンさん」である。

オカマである床屋のゴーンさんは家内の知り合いであった。床屋というより正式にはサロンであり「サロンのゴーンさん」の方が正しい。しかし、私は自分が散髪に行くので「床屋のゴーンさん」或いは「オカマのゴーンさん」と呼んでいる。

それにしてもこのゴーンさん、他の店と変わらずであった。大丈夫だったのは初回と二回目だけ。二度もOKを出したので、今度も大丈夫だろうと思っていたのが(私の)浅はかさであった。

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   このゴーンさんも他の店と同じだった

何でどうしてこのようにタイ人のサロン・床屋はダメなのだろう。一度、二度、やっても前のスタイルなどを覚えていないのだ。忘れてしまうとは思えないので覚えていないのだろう。

客の要望など聞いてくれたとしても、その通りにイメージできないのだろうか。
何とも四分六に分けてくれと注文しても三七、酷いのは二分八分に分けてしまうのだ。違う店に行っても同じようなことがいつも起こるのである。

パタヤには7年も住んでいて、ついに自分の床屋を見つけることができなかった。

田舎でもそれが続くのだろうか?サッコーン!!



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posted by ラッキー at 00:07| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月02日

やって来なかった生徒たち

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   結局生徒たちはやって来なかった

朝七時起床で、生徒たちが来るのを待った。数日前に「来月(から習いたい)と言うと一日の土曜日だぞ」と確認した時は「そうだ」と言う。

昨晩も「明日の何時からだい?」と聞くと「だいたい9時」と答えたフェッチ。それでも私はフェッチの言葉を信用していなかった。フェッチはタイ人だぞ。その上、11歳の子供である。

「話半分以下」のタイ人の上、子供である。しかも、その上、相手がタイ人の子供二人である。

約束を守る確率は十分の一以下、限りなくゼロに近いと思う方が真っ当である。

そして、今日の9時を周り9時半になっても生徒はやって来なかった。フェッチが母屋にいるのは分かっていたが、私は呼びつけたりしない。怒るなんてとんでもないことである。

タイ人の文化風習を分かっていれば、それで良いのだ。例えばどんなに言葉が通じたとしても出てくる返事は同じである。

フェッチに「話と違うじゃないか?」と責めても「(自分の)友達が来ないのだから俺のせいじゃない」と逃げ口上で終わるのが関の山。逆に私とフェッチの仲が気まずくなるだけである。

どうせ、最初から「話半分以下」にしか聞いていないのだ。タイではこのような事から「他人の言葉を信じる」ことは愚行だということをタイ人自身が知っている。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:12| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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