2014年10月31日

日=セコム、米=銃、タイは斧

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   これが我が家のセキュリティー

ワシントン州シアトル郊外の高校で銃乱射事件が起こった。70年から80年代にかけて約10年過ごしたシアトルとワシントンでこのような悲惨な事件が起こるとは悲しい。

合衆国憲法にあるように「自己を守る権利」というのは、インディアンの土地を強奪して建国した国ならと言えるのかも知れない。

アメリカのライフル協会のロビーが強力なのは有名だが、自分を守るべき銃規制で犠牲者が出るのをどう捉えようとするのか。

日本は働き者の国。銃で守らなくてもセコムがあるからね。タイでもちょっとお金持ちになると「セコムしてます」よ。

しかし、田舎でのセキュリティーは何と言っても「斧」につきます。我が家でも施錠したドアのハンドルに斧を指し込んで補強してます。不審者が来た時はこれで威嚇するつもりなのでしょうか?私は斧を見るだけで嫌なのです。どうみても「凶器」にしか見えないからです。

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   市場ではまるで武器の見本市のようです

以前にも書きましたが右隣の隣家には前科者が住んでいて、左隣りの家には泥棒が入りました。用心するに越したことはないのですが、この斧はどうも・・。

母屋は斧でしっかり閉じますが私の書斎は違います。家内は私が自室に一人で居るのを心配して、「あなたも斧が必要?」と聞くので断りました。「大丈夫、俺の部屋にはゴルフクラブがあるよ」と言って。サッコーン!



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2014年10月30日

今度は長男ジェイクが自爆

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   熱心な仏教徒なのに何故自爆事故などを・・・

今日は用事で一人、サコンのロビンソンに出掛けていた。甥のフェッチは学校が再開されている。

バスの(時刻表など無いが)時間もだいたい掴んでいるので、それほど待たないでスイスイ行くことができるようになった。

かつてはバスターミナルで下りてサムローを利用したこともあったが、今では要領も分かり、ターミナルで下りないでそのままロビンソンで下ろしてもらう。

誰にも言わずにずっと行きたかったミヤビ(雅)で和食のバイキングを腹いっぱい食べて戻ってきた。

午後4時過ぎに実家に戻ったところ、家内が早い時間に帰ってきた。義母がお寺から帰ってきているので、そのせいだろうと思っていたがとんでも無い間違いだと分かった。

自分の書斎でネットをしていると家内がやってきて、「ジェイク(長男)のこと、聞いた?」と聞くので「いや何も」と答えると家内は衝撃的なことを口にした。

「ジェイクがアクシデントに見舞われ、アーカート・アルムナイの病院に搬送されたのよ」

読者の方はすでにお分かりのように数年前に次兄がバイク自爆で事故死している。そして、義父は去年、暴漢に襲われ銃殺されているのだ。

家内がそれほど慌てた様子で無かったのが救いだった。今回の事故は今までのような「突然死」ではないことは確かだった。すぐに迎えが来て病院に行くというので私も一緒に見舞いに行くことになった。

以前から関心があったアーカート・アルムナイは未だに行ったことが無かったので、それはそれで楽しみだった。

ジェイクの奥さんトムの父親の運転するピックアップトラックの後ろには我が家族四人が乗り込んだ。缶ジュースやポテトチップスなどドリンクと菓子持参でトラックの後ろはピクニック気分である。いやはや何とも・・。

30km北にあるアルムナイまで丁度30分で到着。真っ直ぐ病院に着くとすぐに病室に入る。ジェイクは個室で眠っていた。狭い個室には先客も含め10人ほども入ったので満員だった。

怪我人が寝ている傍で皆が大声で話している光景はタイらしいと思った。私はジェイクが眠っているので独り外へ出て一服した。

しばらくしてから病室に戻るとジェイクが起きてトムや家内と話しをしていた。私は挨拶だけして、それからまた室外に出た。

運転中に何かを取ろうとして脇見した時に電柱に激突して車が横転したそうである。すぐに病院に搬送されたようだが、医者は勤務時間を過ぎていたということで診察は明日になるというのだ。

この辺がタイの田舎の病院の実態なのだろう。後遺症が無ければ良いのだが、まだ予断を許さない。命に別状が無いということが分かりホッとしている。サッコーン!



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2014年10月29日

「マイ・サバイ」は魔法の言葉

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   「マイサバイ」でこの通り

昨日はジェイクの二人の息子が保育園を休んだ。奥さんのトムが言うには風邪気味らしい。「マイ・サバイ」と言っていた。

この「マイ・サバイ」という言葉、実に便利にできている。ほとんどのタイ人が子供の頃から「マイ・サバイ」に毒されていると言ってよいだろう。

少しでも具合が悪いと「マイ・サバイ」と言えばお休みできるのだ。うちの子供も同じように、ちょっと調子が悪いと「マイ・サバイ」と言えば家内も義母も無理強いはしない。

私からみると「マイ・サバイ」という言葉が特権を持っていると思われてならない。まるで御上がお墨付きを与えているような言葉で、まず、「マイ・サバイ」と聞いてそれ以上突っ込む人はいない。

しかし、実態はと言えばマイ・サバイどころかサバイ・サバイな連中なのだ。学校をよく休む娘と甥であるが、調子が悪そうにしているのは朝のうちだけで、すぐに元気にサバイモードとなる。ずる休みとしか思えない。

近所の駄菓子屋の倅アーチーもよく学校を休むが「マイ・サバイ」が理由である。このように子供が育つのであるから、大きくなってもその癖が抜けないのは自明の理。

「マイ・サバイ」は麻薬のような物で多用していると、徐々に「怠け者」となって蝕まれていく。魔法の言葉「マイ・サバイ」は超便利なだけに使い方には十分な注意が必要なのである。サッコーン!



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2014年10月28日

田舎の所得は半分で当たり前

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   祝日には祝いの祭壇ができる

長兄は地方公務員である。私は彼が越してきてから、彼の勤務に興味を持っている。だいたい此処はタイランド。金持ちと役人天国だというのは最初から分かっている。

さて、約一カ月、長兄ジェイクの出勤・退勤を見ているが、だいたい10時から4時くらいが勤務時間としてあるようだ。もっとも、時間の概念がいい加減なので、実質、何時から何時までという決まりはあったとしても、ただの「規則」ということになろう。

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   村の中心部は役所と学校で占められる

週末土日が休みということにはなっているが、どうも適当に他の日も休んでいるようだ。その他に国民の祝日と仏教の祝日がある。

大目に見ても週4日勤務ということになろうか。下手をすれば3.5日という計算でも甘いかも知れない。

田舎では当然、農家も多いので、勤務時間もすべて自由。都会の会社勤めに比べるとどう見てもその半分以下、である。つまり、田舎の所得が低いのは当然の結果で、所得格差があるのが当たり前。

皆が皆、このような環境で満足しているのであるから、政府がそれ以上に「お金をばら撒く」のはポピュリズムの何物でもない。サッコーン!



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2014年10月27日

天国に一番近い田舎

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   これがリゾートの入口

甥のフェッチにせがまれて隣村にあるというプールに出掛けることになった。我が家では情報が無く、フェッチも行ったことがない。

私は自分で情報収集をすることになった。村人に聞いても答えはマチマチ。当然であろう。何しろ行ったことが無いのだから。

近所のカントリーストアに友人のディーンが飲みに来ていた。私はディーンに聞いてみた。彼はこの村在住4年である。

すると、私が聞いていた通り、隣村のパンコンにリゾートがあり、そこにプールがあるとの事だった。私がすでに集めた情報の通り、227号線を左折することは確かだった。

問題は左折してからプールまでどの位の距離で、どうやって行くか、である。すると、翌日、ディーンは朝方用事でパンコンへ行き、ついでにこのリゾートを視察してきてくれた。その帰りに私の家に立ち寄り、詳しい情報を知らせてくれた。左折してから2.5kmだから私は歩けるが甥のフェッチには無理である。

フェッチと約束した通り、土曜日の午前、10時前に家を出た。すぐにバスがやってきて、空いているエアコンバスで快適な旅15分。すぐにパンコンに着いた。信号の所でバスを降り、227号線を左折した所にあるレストランでリゾートの場所を確認する。

道路を走っているソンテオは無いというので、サムローを使うしか方法は無かった。しかし、一台のサムローを呼ぶと40バーツで行ってくれるというので、即、出発した。

私はその路を行くのは初めての体験なので、周囲にある店とかチェックしながらリゾートへ向かった。約5分程度で到着したが、歩いたら結構距離はあると分かった。

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   何も無い田舎では想像できない素晴らしさ

リゾートは別世界だった。ど田舎のパンナニコンや、この村パンコンでは想像もできないユートピアである。

30m級のプールに可愛いドルフィンの滑り台も付いていた。早速、フロントで料金を確認する。大人がB70で子供はB40、二人でB110。と、ここまでは良かった。

しかし、ディーンから聞いていたことだが、水泳帽をかぶらないとならない規則で、持ってないので購入することになった。一つB60、二人でB120。この出費が無ければ最高だったが、いずれにせよ、このプールなら何度もお世話になるだろう。

リゾートの名前の通り、プールの周りには10軒以上のバンガローが建ち、田舎では考えられない光景に驚いてしまった。

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   甥のフェッチと私二人の貸し切りプールだった

早速、着替えてフェッチと二人、プールに飛び込んだ。水の冷たさが適度で最高な気分である。

私が住んでいたヴュータレイホテルのプールより、こちらのプールの方が遥かに素晴らしい。私はプールサイドのチェアーに腰掛け、プールを眺めながら高笑いしていた。プールには他の客はおらず、私とフェッチ二人だけの貸し切り状態だったのである。まさしく、此処は「天国に一番近いど田舎」であった。サッコーン!



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2014年10月26日

ガキはモーラムに不向きかも?

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   近所のタンブンでご馳走に肖る我がファミリー


昨日の続きである。近所(すぐ隣の道路)で開かれた積徳の集会で食事が振る舞われ、コンサートが開かれた。食事の内容については昨日すでに書いたが、コンサートも「近所の親父のカラオケ大会」のようで詰まらないのですぐに帰ってきた。

しかし、家内の話しによると村の別の場所でもタンブンがあり、モーラムのショーがあると言うのだ。帰宅した家内と私は甥のフェッチを連れてバイクで出掛けることにした。

場所は月2で開かれる村の大市がある広場を奥に入った広場であった。すでに、道路沿いには夜店が何軒も連ね、モーラムの音楽が聞こえてきた。

バイクを止めて、そこから夜店を見ながら歩いて会場に入った。警備員もいるくらいなので、大がかりな積徳のようだ。

午後8時になると、司会者が出てきてMCを担当し、今日の主人公らしき人物のスピーチが終わった。そして、女性歌手が登場。モーラムを唄い始めるとバックダンサーが6人現れた。6人というのはじっくり鑑賞するには丁度良い人数である。

モーラムを聞いていると自然に体が動き出す。ダンス・ミュージックなのだ。モーラムはじっと椅子に座って聞く音楽ではない。しかし、ステージの前に30mくらい空き地があってダンスにはもって来いの広場に誰も出て行かない。

   
   勇気ある村人が一人でステージ前で踊り始めた
(二度見てね。二回目はスムーズに見られます)

多くの若者たちは恥ずかしいようだ。しばらくして(酔っ払っているのか)一人の男が前の広場で出て行った。すると、誰もいない広場で一人で踊りだしたのである。それだけ見てると余りの寂しさに笑ってしまった。

恐らく、小さな田舎村なので、互いに顔見知りというのがあるのかも知れない。時が大分経ってやっと左右の片隅に小さなグループが躍り始めた。私はこと時を待って一挙にステージ前に押しかけた。勿論、ダンスもしたが、ダンサーの写真を撮るためである。

徐々に人が増えて、やっとコンサートらしくなった時には甥が飽きてしまった。11歳の子供には「早過ぎる」のだ。甥を連れてきた家内が馬鹿なのだ。飽きてしまった甥を無視する始末。私は甥を連れて帰り、また戻ってくるように言うのだが、従う姿勢は見せず完全に無視している。

   
   モーラムダンサーの腰突き出しは最高!最高!
   (二度目はスムーズに見られます)

家内を踊りに誘ったが、彼女も恥ずかしいようでステージの前に出ていかない。私は遠慮せずにダンスを踊りまくっていた。前列の右から二番目の娘が可愛いので、ビデオを撮りながら、腰振りをエンジョイした。サッコーン!



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2014年10月22日

子供の声は「騒音」か?

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   子守りをする娘だが、一緒に遊んでいる感じである

今朝はネットのニュース記事に面白いトピックが出ていた。それは子供の声である。「騒音」か否かは意見が分かれるところだが、個人的には「騒音」と感じるようになってきた。

人間であるから、これは両方の意見があって然り。騒音かそうでないかはその人の置かれた立場で変わってくるのだろう。

当然のことであるが、子供の黄色い声は子供に責任のあることではない。100%、それだけは譲れない。従って、子供に問題があるのではなく、対処法を巡る問題なのだと考える。

記事にあるように、夜勤明けで帰宅した人が眠れないとなるとその人にとっては重大な問題である。これも然りであろう、理解の範疇である。

「定年後、静かに暮らそうと思ったのに台無しだ」の御仁は私の気持ちを代弁してくださっている。

長兄が4、5歳の年子の息子を連れて越してきてから、私も調子が悪くて仕方がない。やっと慣れた田舎の実家暮らしも、すべて狂ってしまった。

冒頭でも言ったように、これは子供の責任ではない。そんなことは百も承知。騒音だけではない。長兄が越して来て以来、私は自室に常に鍵を掛けるようになった。

私の書斎は敷地の一番手前にあるので、一番奥に建てた長兄の出入り口に相当する。子供たちが奥で遊んでいるとは限らず、母屋から前に出てきて騒ぐことは当然ある。

静かに暮らせていた生活は一変してしまった。土日は最悪である。私の唯一の居場所「書斎」にいても、煩くて敵わない。最近は行くあても無いのに外出するようになっている。即ち、これが私の対処法なのである。不便であり、不都合であり、不合理である。できるものなら、すぐにでも出ていきたい。それが私の心情である。サッコーン!


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141018-00000529-san-soci
「夜勤明けで帰ってきても、子供の声がうるさくて眠れない」
 都内の保育所近くのアパートに住む30代の男性はそうこぼす。「自分も子供だったことを考えれば、無理はいえないが…」というものの、寝不足は深刻で引っ越しも検討しているという。
 保育所や学校、公園で遊ぶ子供の声をめぐり、近隣トラブルに発展する例が相次いでいる。東京都が今年3〜9月、都内62区市町村にアンケートをした結果、平成20年度以降、住民から苦情を受けたことがある自治体は計42団体で、全体の約7割を占めた。
 夜勤明けで眠れない▽定年後を静かにすごそうと思ったのに台無しだ−といった意見が多いといい、子供の声のほか、太鼓をたたく音や野球ボールの打音など多岐にわたる。
 ついには逮捕者も出た。東京都国分寺市では今月1日、認可保育所近くの路上で、園児を迎えに来た保護者に手斧を見せ、地面に数回振り下ろすなどして脅迫したとして、近所の無職の男(43)が暴力行為処罰法違反の疑いで逮捕された。
 国分寺市によると、男は犯行の前日、同市保育課に電話をかけ、「園児の声がうるさい」「帰り道に近所のアパートに入り込んでいた」「対応しないなら、園児の首を切るぞ」などと職員を脅した。



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2014年10月21日

アメリカに移住しないで良かったと思う



1970年代、日本の高校を卒業せずに、シアトル郊外にあるボッセル高校に転校した私は最高な時期をアメリカで暮らせたと思っている。

しかし、学生ビザの終了と共に日本へ帰国せざるをえず、仕方無しに戻ってきたが、当時はまだ会社から海外へ派遣される社員などはほとんどいなくて、従って帰国子女なる言葉も無い時代。

ほとんどの日本の企業はアメリカの大学を卒業しても、国の風土に合わないと受け入れてもらえなかった。今から見ると信じられないだろう。

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   1970〜80年代のアメリカは「古き良き時代」だった

日本という国は昭和50年代になっても閉鎖的だったのだ。永住する夢を断たれた私は失意の中にいたが、縁があって米国企業のユニツアーズ(ロス本社の旅行会社)の専属ツアーコンダクターの仕事を得た。

当時、今の中国が旅行者に対し門戸を開けたばかりで、米国中からユダヤ人の客が中国を目指してやって来た。

ツアコン時代の話はそのカテゴリーで読んでいただくとして、昨今のアメリカ事情を知ると、あのままアメリカに残らないで良かったとも思えるのである。

何故なら、これは日本についても同じであるが、巨大企業が経済のみならず政治と行政を支配するシステムにおいては国民(それが日本国民だろうが米国国民だろうが)が犠牲者であるということだ。

私の専門は社会学なので、システムがどのような動きをするのかは理解しているつもりである。しかし、普通の一般の人間にはそのような理解力を求めるのが難しい世の中になってきている。

マスメディアは遥かに強力になっており、自分の知識と信念でガードを固め、しっかり身を守って生きていかないと、システムに飲み込まれてしまう。

このブログに掲載したユーチューブをご覧になると、アメリカの国民がどのような暮らしをしているかお分かりいただけるだろう。



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2014年10月20日

タイの男は「アッシー」君

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   サコンナコンで一番のデパートのロビンソン

私の家内は度々、タラート(市場)へ私を誘うことがある。最初は家に居て退屈だろうと誘ってくれているのだと勘違いしていた。

こちらもタラートには用は無いが前にあるセブンイレブンは私のご用達の店だ。バイクの後ろに乗るだけなので、一緒に買い物に行く。

ところが、どうもこのジェスチャーが「好意」でしているとも思えなくなった。だいたい、買い物というと基本的に私の立場は「荷物運び」なのである。

先日もサコンにあるロビンソンに行った時、目についたことがある。それは、同じように買い物袋をぶら下げているのがほとんどタイ人男だということ。私の家内はよく「半分っこ」と言って二人で半々にして荷物を持つことが多いが、デパートから出てくるカップルを見ていたら(その時は)ほとんどの男が荷物を持たされていた。

長く住んでいると、何故タイ人男が浮気に走るのか、その気持ちが分かってきたような気がする。サッコーン!



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2014年10月19日

処分に踏み切った冷蔵庫

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   カビと悪臭の籠った古い冷蔵庫

いつもは義母に対し、辛口の私だが、今日のテーマは特に義母だけに当てはまらない。誰にでも多少の違いはあるだろうけど、経験のあることである。

それは「捨てられない症候群」とでも呼べばよいのだろうか。兎に角、物の処分ができないのだ。来年、還暦を迎える私でもそうなのだから、約一周り違う義母なら尚更そうであろう。

古くて壊れて使い物にならない物でも後生大事にとってある。母屋の裏手の土間の奥に納屋のようなものがあり、そこにはありとあらゆる物がとってある。

壊れた物がほとんどである。そして、その納屋だけでは足りないのか、母屋の脇の隙間にも多くの物がとってある。

壊れたパソコン、扇風機、炊飯器、などなどなど・・・・。

私越してきて、汚くて散らかっているので「どうして使い物にならない壊れた物をとってあるのか?」と家内と娘に聞いたことがある。

「お母さん(娘からするとお婆さん)が捨てないでとっておけ」と言うから採ってあるの。どちらの答えも同じであった。

実は私の母も同じように物を大事にとってあり、倉庫まで借りて仕舞っておいたりした。昔、その倉庫に仕舞う時、手伝ったのだが、御歳暮や御中元にいただいた化粧石鹸などもとってあった。すでに油が抜けて使い物にならないはずである。

その石鹸が牛乳石鹸(今でもあるのかしら?)だったので「まるで昭和のミュージアムだね」と私は母に言った。

同じように家内と娘にタイ語で「博物館」だと言うと娘は笑っていた。家内の方は真面目な顔で「あなた、どんなに母さんに言っても言うことを聞いてくれないのよ。」

なるほど家内は何度もトライしたようだった。タイの伝統では、若い者の言葉など絶対というほど聞かない。言えば言うほど頑なになる。それでなくても義母は頑固者なのだ。

義母が出家して留守にしている間に、壊れたパソコンが姿を消した。それに続いて自転車、扇風機とどんどん姿を消している。

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   義母似の長男が直して使うのだろうか?

そして、母屋の風呂場前の大事なスペースを30年近く塞いでいた壊れた冷蔵庫がやっと処理されようと母屋の外に出された。

前に一度だけ間違って開けてしまったことがあるが、カビと悪臭で反吐が出そうになった。その冷蔵庫が遂に処分されようとしている。サッコーン!



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2014年10月18日

バスの車掌も顔見知り

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   何度も利用して勝手を知ったローカルバス

昨日は所用でサコンナコンのロビンソンに行くことになった。ビザ申請の準備のため、口座を開設したバンコク銀行に用事があったのである。

学校が二週間ほど休みで、家で退屈している甥のフェッチを連れて行くことにした。

田舎村パンナから県都サコンまでは僅か35km。ロビンソンは県都の西郊外にあるので約30km程度であろう。バスで行くと30分程度で到着する。このバスについての曰くは面白いので後述するとしよう。

さて、昨日はすでにバスの来る時間がだいたい予測できるので、11時少し前に家を出た。ドンピシャのタイミングでバス停にバスがやってきた。

このバスの車掌は髭を生やした若いお兄ちゃんだった。バスの座席に運賃を徴収に来たので、黙って50バーツを渡すと、20バーツ紙幣をお釣りをくれながら「ロビンソンまでか?」と聞いてきた。

以前乗ったバスの車掌だったのだ。私の顔を覚えていたのだろう。

????・・・??。いったい何だろう??私は手にした20バーツ紙幣を見ながら考えた。

前に乗った時は大人30バーツ、子供20バーツを払ったこともあるし、二人で60バーツ取られた時もあった。

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   市内と郊外を結ぶソンテオは今は利用しない

すでに、途中下車してソンテオに乗り変えなくてもロビンソンまで行けることを学習しているので、行きは節約できる。

問題は帰りである。ロビンソンからパンナに戻る時はバスに乗れないのだ。何故なら道路が2レーンになっており、バスなどはロビンソン前に止まらないからである。

ソンテオでバスターミナルまで(20バーツ)で行くと、丁度、前のバスが出発してしまった。

だが、甥のフェッチが別の車庫に居た丁度出発するバスを見つけ、そちらに乗ることにした。こっちはエアコン付きのバスでベターだった。その上、帰りのバスも50バーツ紙幣を黙って渡すと20バーツ紙幣でお釣りをくれた。こちらの車掌も顔見知りのようだった。サッコーン!



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2014年10月17日

夕食崩壊の日々

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   村にセブンイレブンが無かったらパニックだったろう

長兄家族が越して来る前までは我が家の夕食の時間は割と遅かった。家内が店を閉めてから帰宅し、それから夕食の支度をするからである。

自慢する訳ではないが家内は料理が美味い。味付けは昨日も書いたように砂糖をふんだんに使い甘味であるが、彼女はしょっぱい、酸っぱい、辛いを混ぜるのを得意としている。上手に味付けしているが、私の好みはしょっぱい味付けなので、私のおかずだけはなるべく好みに合うように作ってくれる。

さて、腹っ減らしの甥だが、どうしても待てない時は自分で即席麺を作って食べてしまうが、それは「間に合わせ」だけで、家内の料理が出てくるとまた食べる。一番、食欲が旺盛な時期なのだろう。

私はすでにこの実家に越して五カ月であるから、この夕食の時間に体が慣れてしまった。夕食のメンバーもメニューにも慣れていた。

ところが、それらが全部狂ってしまったのだ。勿論、長兄ジェイクの家族が越してきたからである。

今度は二世帯の食事となる訳である。何度も書いているが、長兄は「激辛」が好きで、一皿は必ず激辛料理となる。それは私が手を出せない料理である。

問題はもう一皿である。味付けは薄味で砂糖が入り甘味となっている。それでも仕方が無いので食べるのだが、美味しいとも感じない。だが、それを急いで食べないと8人の大所帯である。

のんびり食べていたらおかずが無くなってしまう。まあ、このような食事風景なので、夕飯を美味しくいただくということは完全に無くなった。

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   25バーツのチャーシュー麺は私の「指定」夜食

毎晩のように自分の書斎(今晩から自分の「小屋」を書斎と呼ぶことにした)で、ネットに興じながらセブンイレブンで調達したパンやラーメン、バーガーを食べる日々である。こっちの方がよっぽど美味しくいただける。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:40| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月16日

糖尿病になるための食事

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   村の料理屋の飯も砂糖が入った甘味

義母はまだ出家したままである。彼女はお寺に籠り修業しているのだろうか?読経しているのだろう。

私は実家で修業の身である。以前、温シャワーが使えず水シャワーで二カ月暮らした修業は終わったのだが、心地よい生活も長兄ジェイク家族が越してきてから変わってしまった。

彼たちが来る前までは婆さん抜きで家内と娘、それに甥の四人で食事も美味しくいただいていた。たまにおかずが無い時もあったが、それでも家内が夕食を作ると私の好みも知っているので、それらしいおかずが出てきた。

長男が来てからはそれは完全に無くなりつつある。長男の好みは兎に角「激辛」。以上。味も糞もない。

次に家内と娘の味付け。やたら砂糖を使って甘くする。この家の食事の味付けは恐ろしいほど砂糖を使うのだ。ほとんど全部に砂糖を入れる。こんなもん食べていたら完全に糖尿病になるだろうね。保証付きだろう。それをご飯(糖分)と一緒に食べるんだよ。そして、飲むのはコーク。糖尿になる完全無欠の食事といっても過言ではあるまい。

私が醤油を使うと「塩分控えめにしろ」と家内は言うが、塩分は体に必要であり、糖分の方が必要ないのではないか。ご飯や果物からでも十分過ぎる糖分は摂取しているのだ。


みかりんのささやき」より抜粋

病気について調べていても、最初は物事の本質がまったくわかりません。
しかし積み重ねていくと、様々な共通点が見つかって来ます。
私もそうでした。
なぜビタミンB1でガンが治るのか?
なぜジクロロ酢酸(ビタミンB15)でガンが治るのか?
なぜビタミンCの点滴でガンが治るのか?
なぜ重曹水の点滴(メイロン点滴)でガンが治るのか?
これが乳酸アシドーシスを治しているとわかった時の衝撃。
これがミトコンドリア病を治しているとわかった時の喜び。
ガンの原因が、ミトコンドリア機能不全細胞の増加による乳酸アシドーシスと知った時は、本当に嬉しかった。

そしてガンだけではなく、ミトコンドリア機能不全による乳酸の蓄積で、様々な病気が引き起こされている事実もわかってきました。
そしてその事実を伝えようと、他の人のブログに勝手にお邪魔したりしていたのですが、イマイチ伝わりませんでした。
その時は、かなり落胆しました。
せっかちな私は、事を急ぎ過ぎていました。
長年かけて洗脳されているのだから、簡単には洗脳が解けないのです。
それでブログを始めて、様々な角度からミトコンドリア病による乳酸蓄積の害を訴えてきました。
元々の知識の有る方々は、比較的に早く理解してくれました。


私はバンコク病院で膵臓に胞嚢が見つかり、それが巨大化しておりショックを受けていた。だが、パタヤ・エキスパット・クラブで偶然出会った米国人医者から重曹を溶かして飲むようにアドバイスを受けた。重曹により酸性化した体をアルカリ体質に変えるというものである。

この時、この医者に言われたことは「みかりんのささやき」のブログでも指摘されている通りである。

田舎のダイエットを変えることは無理でも、自分のダイエットは何とかしないといけない。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:49| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月15日

安倍総理を支持しない理由 by小林よしのり

    

中々、正論を述べている小林よしのりのインタヴューです。

短絡的なショートサイトな政治、メディアの中で貴重な意見ですね。

本当に国民が真剣に考えないと、とんでもない方向に誘導されてしまいますね。

米国追随だけの政府と政権、官僚に注意を払いつつ、自我を見つめ直すよい機会になることを

祈ります。



posted by ラッキー at 14:59| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本が危ない! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

44歳で初めてのバースデーケーキ

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   突然のケーキに驚くジェイク

一昨日は義兄の44回目の誕生日だった。家内は実の兄の誕生日ということで娘や甥をけしかけ、BBQの会食の約束を取り付けてあった。

県都サコンとは反対の隣村パンコンまで出掛けた。ジェイクのピックアップトラックの後ろには我が家族全員とジェイクの二人の息子が乗った。まだ、暗くなる(6時前)前で、15分のドライブは快適だった。

向かった先はパンコンにあるBBQレストラン。大昔、挙式で実家を訪れた時、行ったことがある店だった。すっかり忘れていたが、行ってみると思い出した。

俺らの村のBBQとは違い30バーツほど高いがネタはしっかりしていた。私は最近持参するようになった特別ソースで美味しくいただくことができた。

娘と甥とはすでに打ち合わせしてあった通り、帰宅してから誕生祝いのケーキを贈ることになっていた。

特注したケーキを受け取りに行ったのは、会食前の午後3時。村にあるカフェに頼むと美味しい生クリームのケーキだと娘の勧めで注文してあったのだが、何とキャンセルされていた。

店の女主人が困った顔で「生憎、ケーキの調理人が入院してしまい、作れなくなってしまったのだけど、(電話番号も知らなくて)連絡できなかったの」と詫びるので、「気にしなくて大丈夫」と言い残しセブンイレブンに向かった。

村の市場にあるパン屋は高いし、今日の今日では注文は間に合わない。セブンに行って、店員に聞くと小さな物で良いならあると言う。十分な大きさで値段も59バーツと申し分無い。私はケーキ二つあれば家族全員に周ると思い即購入した。


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   ジェイクの息子たちがケーキに大喜び

食事が終わり、実家に戻るとジェイクは車を駐車してから自宅に引っ込んでしまった。私はジェイクを呼びに行こうとすると家内と娘がキャンドルに火を点け、母屋の裏に建てたジェイクの家に持ってきた。

ドアを開けるジェイクにバースデーソングで祝福。娘曰く「(44歳で)生まれて初めてのバースデーケーキなのよ、お父さん」と話してくれた。こういうファミリーイベントは何度あっても良い。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:05| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月14日

弁当箱の子守唄

今日は父の誕生日であるが5年前に他界した。

私は戦後10年の生まれで、実家は戦災に遭った市内に割烹料亭をいち早く再開させた。地元の県庁前という利点もあり、手腕のある祖母と母により商売は繁盛していた。

戦後、まだまだ復興の過程であり、多くの先輩日本人がそうであったように昔の日本人はとてもよく働いたと思う。

焼け野原からの復興ということを考えると、その必死さが理解できるだろう。父母ともに料亭の仕事に携わっており、私には専属の子守りはいなかった。

いつも、一番奥の料理場で包丁を取る父の前掛けを手にして、じっとしていた記憶がある。

邪魔になったり、飽きてくると、四畳半と繋がっている8畳の部屋で弟と遊ぶのだが、この弟のちょっかいに翻弄され、制しすると泣きだし、それが原因で母からは毎晩のように押入れに閉じ込められた。親から見ると単なる兄弟喧嘩と映ったようだ。

当時は分からなかったが、弟は私にちょっかいを出すことによって、私の怒りを買い、私が手を出すと泣きだし、泣くと母がやってくる、という条件反射を実行していたのだ。つまり目的は母親の愛情だったのだ。

私は子供心にも何故、一緒に遊んでいる弟がちょっかいを出すのか必死で考えたが分からないでいた。自分の落ち度を考えていたからである。

全容を解明できたのはアメリカ留学で心理学を学んだお陰である。弟のそういう心理的事情を知らない母は「小さくて弱い弟が兄に手を出すことはない」という理論で全てを片付けていた。

弟が母の愛情(関心)を引くために起こしている行動など、毎日の忙しさに構っておられず、私がどんなに抗議しても聞き入れてはもらえず、毎晩のように「悪役」をさせられ押入れで泣き叫ぶのだった。まったくの「冤罪」である。

この頃からすでに「世の中の不条理」を思い知らされたわけだ。今となっては良い教訓だったのかも知れない。まだ、年齢にして4、5歳くらいである。

忙しい母はどんなに泣き叫んでも押入れに入れた私を忘れてしまい、暗い押入れで泣き疲れて眠ってしまった私が起こされる頃は遅い時間となっていた。

四畳半のすぐ隣が洗い場となっていて、会津塗の弁当箱を洗う音が子守唄のようだった。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:07| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 少年時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月13日

「三宅裕司」の誕生日

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   村にある小さなコーヒーショップ

今日は義兄ジェイクの誕生日である。家内と娘がジェイクの奢りで誕生祝いの食事会に行く予定だと勝手に決め込んでいる。そうなのだ、タイでは子供は別として年長者や当人がご馳走を振る舞う習わしなのである。

私はどちらでも構わないが、兎に角、バースデーケーキだけはオーダーしておいた。家内の誕生日と同じように娘と甥と三人で打ち合わせは済んでいる。食事に出掛けても出掛けなくても「びっくりパーティー」の手筈は整っている。

そのケーキはすでに昨日注文しておいた。9月の家内の誕生祝いのケーキもそこで買うつもりであったが、甥が案内してくれた時には店が締まっていてオーダーできなかった。その時は仕方なく村の市場内のパン屋に注文した。

今回は甥に教えてもらったそのコーヒーショップでオーダーした。実はそこのコーヒーショップは非常にローカルなのだが、村人に人気がありいつも客が入っていた。

タイのインチキコーヒーショップというとインスタントコーヒーのネスカフェにお湯を注いで出される恐れがある。私はケーキを注文した後、コーヒー豆から作るのか確認した。

店のオーナーは30歳過ぎくらいの年齢で小奇麗な女性である。以前にも店の前を通りかかった時観たことがあった。普段はエスプレッソシェイクというと22号線沿いのセブンイレブン裏手にあるアマゾンコーヒーまで出掛けるのだが、55バーツという値段にタバコを買うと100バーツを超えてしまうので、そうそう行ってもいられない。

ところが、このローカルコーヒーショップではボンカフェの豆を使っていて35バーツと安い。コーヒーも安くて美味いし、オーナーも美人で店も寛げるので、私の憩いの場がもう一つできた。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:09| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月12日

家内の同窓会

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   20年ぶりの再会だとか

父親が公務員で転勤が多かったことで、家内は子供の頃、転校生だったらしい。転校生と言っても幸運だったのは地域が県内に留まっていたためだ。恐らく父親は地方公務員だったのだろう。

ずっと付き合いは無かったが、フェイスブックのお陰で連絡が取れるようになったらしい。昔だったら、なかなかこうはいかなかっただろう。

家内の転校は県内だったので、友達の多くはまだ県内に住んでいる。

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   タイ式の食事は見慣れた光景

先日、家内の旧友が実家に集まることになった。三人の女友達は家内と同い年だろうから皆四十路ということになる。約20年ぶりの再会らしい。高校卒業後、専門学校(テクニカル・カレッジ)時代の友人と聞いた。

やっぱり歳相応にオバサンである。洋の東西を問わずにオバサンパワーは凄いと改めて感じる。

しかし、普段仏頂面の家内もこの日は旧友たちと笑顔で歓談していた。本当に友達とは良いものである。サッコーン!



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posted by ラッキー at 10:06| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月11日

イカサマ不正-スコットランド独立選挙

   
   スコットランド独立の選挙で目を疑う映像(後半部分に注目)

この映像を見て、目を疑った。これが事実だとすると、もの凄いペテンが世の中で起きていることになる。

が、ブッシュの二度のイカサマ選挙疑惑、日本における民主党代表選における疑惑等々、最近、私は民主主義の選挙自体、管理・ねつ造されているという印象をずっと持ってきた。

HAARPが東日本大震災で利用されたかどうかは不明(可能性はあると思う)だが、御嶽山の噴火、インドネシアの火山爆発、何やら不穏な雰囲気が漂っている昨今である。

曰く付きの人間らしいが、私が評価している増田俊男氏は「世界はまった無し」の状態に突入したとある。何が「待った無し」なのかは月5万もするメルマガを取ってないので分からないが、今月、或いは来月中にはとんでも無いことが起きそうである。

世の中の動きを見ていると、やはり、大動乱が仕組まれていると思えてならない。すでに9.11は自作自演というのはバレている。
posted by ラッキー at 12:14| バンコク ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | パタヤから発信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キッコーマンを知らない男

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   大学出の割には教養がない「うちの三宅裕司」

家内と長男ジェイクは確か5歳くらい離れているので、現在44歳、若しくは45歳となるだろう。

7年前、家内の父が脳梗塞で倒れ入院した時、見舞いに病院で会ったのが最初である。その後、ジェイクが家族を連れて二度ほどパタヤを訪問し、私も実家で挙式を挙げるなど引っ越して来る前から数回に渡りジェイクとは一緒になることがあった。

家内とは違い結構ニコニコしていて気さくな感じであった。距離があれば十分付き合えると思っていたが、実家に私の後、越してきてしまったので距離が無さ過ぎる。

長男に比べ亡くなった次男のトムとは余り縁が無かったが、とっつき難い感じであまり好印象を持っていなかった。だが、良く知り合える前にバイク自爆事故で亡くなってしまった。

一方のジェイクは長男らしく、家族の中では優遇されて育ち(特に母親から)、長男の甚六を絵に描いたような性格だった。私のイメージではコメディアンの三宅裕司である。そのジェイクとは英語ができないのでタイ語での会話となる。

彼は地元サコンナコンのテクニカル・カレッジを卒業して役所に勤めている。多分、県庁職員といった立場だと思うが、後輩たちが英会話ができるのに自分はできなくて恥ずかしいと言っていた。英語を教えてくれと懇願する割には、習おうとする気概を感じさせないのは流石にタイ人だと思わされる。(笑い)

少しずつ、ジェイクの本当の姿を知ってくると私は興味を失ってしまった。何しろ田舎者で、高等教育を受けた割にはそんな風にも思えない。

私はホームステイを数多く体験しており、いろんな国で色んな家族と接してきた。ところが、この家ほど外国の文化風習に興味を示さない家族は珍しく思える。

日本に旅行に行きたいと情報を求めてきたりしたことがあったが、恐らく食文化などからするととても楽しい旅行になるようにも思えない。

第一、 この時代なのに日本食に対する知識も無ければ、自国文化の深層も知
らない。義母譲りなのだろう、冷えたカオニャオが美味いと思っているのだから、情けなくなるくらいである。その点、専門学校を中退されられた私の家内の方がバンコクやプーケットでいろんな経験があり、本人も料理に興味があっていろんな食事を楽しむことができる。

この前、食事の時、醤油を持ってきて使っていたら「俺にも味見させてくれ」というので、家内が「日本人が何処でも使う調味料よ」と説明しながら、味を試してみたが、開口一番「うっ、美味くない」であった。

これを聞いて呆れてしまった。味が好みで無くても構わないが全世界が知っている「キッコーマン」の醤油ですぞ。キッコーマンが嫌いでどうして和食を楽しむことができるであろうか?

私は(冷や飯喰らいが)と思いながら、「馬鹿、醤油は世界で知られて愛されているのに、お前知らないのか」と思わず言ってしまった。それぐらいの知識は身に付けておけ、という意味である。英語よりももっと大事な情報だろうが。

と、いうことで私は義兄弟ながら完全に興味を失ってしまった。サッコーン!



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posted by ラッキー at 00:24| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サコン田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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